第27話 状況整理

「それにしても暑くなってきたな」


「もう7月ですからね。私の和菓子屋も夏のお菓子が出始めましたよ。涼し気なのが。今度皆さんで食べに来ませんか?」


「いいね。行こうか」


西京女子学園のみんなも誘おうと持ったけど、千石さんのことが頭をよぎってやめておいた。


七海『私の実家、和菓子屋なんですけど、今度皆さんで夏和菓子を食べに来ませんか?』


おーい。七海ちゃーん。この前の教訓、生きてないよー。

七海ちゃんが思いっきりグループメッセージを送ってしまっていた。


桐生『でもそろそろ期末試験も近いし、夏休みになってからにしないか?』


すかさず書き込む。


千石『そうですね』


よしよし。苦難を先延ばしにしたようなだけな気がするけど、行かないという方向に持っていくのは難しそうだったので、これが精一杯かな。


「そういえば、今回も赤点二人出たら奉仕活動が待っている、らしいけど、またどうせ俺たちにおしつけがくるだろうから、今回はどうでもいいや」


「私がどうでも良くないです」


七海ちゃん、悪いが君は沈め。沈んでしまえ!なんて思いながらも数学を教える。そんな成果もあってか、今回は赤点は誰も出なかった。


「それじゃ、頼んだぞ」


のに。やっぱりこうなるのね。トングにゴミ袋を持って閂公園に集合。西京女子学園の生徒会のメンバーも一緒。つまり例の8人が大集合。


「こうやって全員集まるのって、いつぶりでしたっけ?」


七海ちゃん、天性の火薬庫か。この前に前に集まったのはケーキ屋修羅場事件のときだ。


「?」


だめだ。本当に悪気があるわけではなさそうだ。詩乃ちゃんと安西から視線を感じる。


「さ!始めようか!今回はどっちがたくさん集められるか勝負!負けたほうが七海ちゃんの和菓子屋代金を出すってことで!よーい……スタート!」


こういう時は強引さが必要だ。ぼやぼやしてると俺と詩乃ちゃんのペアでどうぞとか言い始めかねない。


「あかねはさ、このあとどうするの?」


「このあとって?」


「桐生くんのこと」


「何も変わっていないよ。私は待ってるだけ」


「あかねも一途なのねぇ。私だったら速攻で諦めて、他の男探すわ」


「私もそう出来たらいいんだけどなぁ。なんだか出来なくて」


「そっか」


生け垣の向こうで話しているのを聞いてしまった。聞かなきゃよかったなって思いながらゴミ拾いを続けた。


「よおし。集計!どうだ?」


「これは私達の勝ち、ですかね」


西京女子学園の勝ち。大きなゴミたまりでもあったのかってくらいに差があった。


「それじゃ、七海ちゃんのお店に行きますか」


多分、あの門を見たら驚くんだろうな、なんて思いながら伊東家に到着。


「うわぁ。大きな門……ここ、和菓子屋さんなんですか?」


あ。思わずこっちに来たけど、食べに行くなら反対側のお店に行けばよかったのでは?七海ちゃんが小扉を開いて中に入っていってしまったので、みんなでそれを追う。やっぱり竹林の道に西京女子学園のみんなはびっくり。まぁ、そうだよな。個人宅でこれはビビるよな。

俺たちは七海ちゃんが事前に連絡していたのか、縁側のある部屋に通された。昔ながらの日本家屋にはクーラーはない。扇風機が首を左右に振っている。開け放たれた縁側から見える日本庭園の池が風鈴の音と相まって涼し気な雰囲気を醸し出していた。


「今日はようこそいらっしゃいました。大勢でいらっしゃると聞いておりましたので、こちらにご案内を。少し暑いかも知れませんが、もう暫くお待ち下さい」


七海ちゃんも奥に行ったので俺も手伝いに行くと、厨房には宇治金時のかき氷が並んでいた。お盆に乗せてみんなの待つところへ向かう。


「先輩ってもしかしてなんですけど、私のこと、好きだったりします?」


思わずかき氷を落としそうになった。


「なに?突然。びっくりしたわ」


「あ。こぼれた。私、先に行ってますね」


全く訳がわからない。爆撃手健在ということか。


クーラーのない場所で食べるかき氷は最高に美味しい。みんな結局縁側に座って食べた。俺はかき氷を食べながら、さっきの七海ちゃんが言ったことを考えずにはいられなかった。


"先輩ってもしかしてなんですけど、私のこと、好きだったりします?"


どういう意味でしょうか。七海ちゃん。俺、試されてる?

かき氷を食べ終わってしばしの歓談。話題は俺と詩乃ちゃんについて。どこに遊びに行ったのか、どこまで進んだのか、なんてお約束の内容に加えて、俺が詩乃ちゃんのどこに惚れたのか、という質問が出た。こういう質問って結構困る。だってフィーリングじゃん。それにこの状況。はっきりなにか言わないと危険な香りがする。「なんとなく」という回答はNGな気がする。


「ええと……なんか守ってあげたいというかなんというか」


無難な回答。


「安西先輩は守ってあげたいって思ったら惚れちゃうんですか?」


七海ちゃーん!


「いや、そういうわけじゃないよ。誰にでもそういうことにはならないよ?」


流石にそこまでの節操なしじゃないよ!?


「ふぅーん。そうなんですか。それじゃ、詩乃ちゃんは?」


「私ですか?言わなきゃ駄目ですか?」


そりゃ。恥ずかしいでしょ。こんなの。俺もめっちゃ恥ずかしかったし。でも聞いてみたい気もする。俺のどこが好き?なんて聞いたことがないし。聞けないし。


「それ、聞きたい」


安西がブッ込んできた。稲嶺が呆れた顔をしながら詩乃ちゃんに目線で謝っているのが分かった。


「ええと……、桐生先輩、私が好きなものを受け入れてくれたんです。それと、私を選んでくれたから」


詩乃ちゃん強い。こんなに強い子だったのか。安西に選ばれたのは私、って言っているようなものだ。


「おおお……」


笹森さんが音の出ない拍手をしながら詩乃ちゃんを讃えている。千石さんは……。チラッと見たら目が合ってしまった。軽く微笑まれた。軽く笑い返したけど、未来ちゃんに言われたことを思い出して内心かなり焦ってしまった。

食べ終わったかき氷の器を七海ちゃんと一緒に厨房に持って帰る時にさっきの言葉について聞いてみた。


「七海ちゃん、さっきのってどういう意味?」


「え?何のことですか?」


「あ、いや。先輩って私のことが好きなんですか?ってやつ」


「嫌いなんですか?」


「や、そういうわけじゃないんだけど」


「詩乃ちゃんに言いつけちゃいますよぉ」


「ちょっと勘弁してくれよ」


「ふふ。考えすぎですよ。気にしないでください」


七海ちゃんの爆弾は不発弾となって俺の中に横たわったままになってしまった。

帰り道は安西と一緒に帰ったわけだけど。変える前に詩乃ちゃんに「大丈夫だから」と念を押したのは言うまでもない。


「なあ、安西さ」


「なに?」


「あの待ってるっていうやつ、まだ待っているのか?」


「え?うん。そうだけど?」


「諦めるとかそういうのはないの?」


「んー……、今のところはないかな。だって、待ってるのは自由でしょ?私の気持ちは伝えたから」


「ちゃんと言われたことはないけどな」


「あら、そうだっけ」


「そうだよ」


「じゃあ……」


そう言って安西は立ち止まってしまったので、俺が振り返る格好になったわけで。


「すき。桐生くんが好き。待ってる。私待ってるから」


安西はまっすぐに俺を見てそう宣言した。返事が無いのが分かっているのに。


「返事、くれないのね。でもそのほうがいいや。そのまま返事くれないほうがいい。だから言わないで。さ、帰りましょう」


スタスタと先に行ってしまった。俺はしばし呆然としてしまったけど、すぐに追いかけて隣を歩く。それから安西の家の玄関までは無言で歩いた。太陽が沈んで空が焼けている。反対側からは夜が迫ってくる。


「それじゃ」


「ああ」


「あ!」


「なんだ?」


「あの鍵のことなんだけど。持ってて。お願い。それじゃ」


なんでそんなこと分かるのか。俺のポケットの中には例の鍵が入っていた。今返そうとポケットに手を入れる瞬間のことだった。ドアが閉まってしまって返しそびれた。郵便ポストに入れてもいいんだけど、これはちゃんと手渡しで返したかった。


「おにーちゃん、なんで安西さんと一緒に帰ってくるわけ?二股続行中なの?それに鍵ってなに?」


しまったな。楓の部屋、窓が開いていたらしい。会話を全部聞かれたようだ。


「いや。なんでもないよ」


「あれでしょ。私待ってるからー、とか言われて家の鍵でも渡されてるんでしょ」


女の子ってホント怖いな。隠し事なんて出来なそうだ。


「いや、それをさっき返そうと思ったんだけどさ」


「あ。本当に持ってるんだ。あーあ、私、しーらない。あ、このことの相談は1秒100円ね」


「大丈夫だよ。これは自分で考えることだ」


「なによ。分かってるんじゃない」


分かってるさ、そんなこと。


風呂から出るとスマホの通知ランプが付いていたので確認すると七海ちゃんからだった。


七海『今日の件なんですけど、本当に気にしなくてもいいですよ』


桐生『分かった。でも冗談でもみんなの前でああいうことは言うなよ?』


七海『分かってますって』


桐生『わかればよろしい。一応、念の為聞くけど、七海ちゃん、俺のこと好きとかそういうのはないよね?』


七海『先輩、自意識過剰です(笑)。でも私、そんな先輩のこと好きですよ?』


だから、その「好き」はなんなの!


桐生『その「好き」は友達として、だよね?』


七海『だから先輩、自意識過剰ですって(笑)。私は先輩として好きってことですよ。それ以上でも以下でもないです』


先輩として好き。友達として好き。同じこと?


七海『それじゃ、私これからお風呂に入るので。あ、想像しちゃ駄目ですよ?』


桐生『しねぇよ。早く入ってこい』


七海『はーい』


相変わらずだな。しかし、先輩として好きってなんだそれ。この状況で誰かに聞くわけには行かないし、楓は……今日はやめておこう。こういう時、漫画みたいに男の頼れる親友、みたいのが居ればいいのに。これがボッチ計画の弊害か。クラスの何も状況を知らないやつに聞いてみる?でも、最近までボッチだったやつがいきなりハーレム形成して恋の相談とか殺されるよな。やっぱり自分で考えよう。まずは状況整理だ。メモ帳を取り出して書いてゆく


(1)安西あかね

・スイーツ研究会のメンバー、副部長、2年生

・自分のことが好きで、例え梅津詩乃と俺が付き合っていようが待っている


(2)稲嶺千佳

・スイース研究会のメンバー。2年生

・安西寄りのポジション。余計なことは言わないと思われる


(3)伊藤七海

・スイース研究会のメンバー、1年生

・一番厄介

・"先輩"としては好きとか言い残している


(4)千石涼子

・西京女子学園の生徒会長、2年

・星野未来ちゃん曰く、千石さんはどうやら俺のことを気にしているらしい


(5)笹森ともえ

・西京女子学園の副会長、2年

・稲嶺と同じ様に状況を静観している感じ。

・千石寄りのポジション。余計なことは言わないと思われる


(6)星野未来

・西京女子学園の書紀、1年生

・梅津詩乃の親友

・詩乃寄りのポジションで色々と心配をしている様子


(7)梅津詩乃

・西京女子学園の会計、1年生

・俺の彼女

・安西を警戒している。

・千石さんのことは知っているっぽい。


なんだか書き出して見ると、何だこれは、という気分になってくる。7人中2人は確実、玉虫色1人に好意を寄せされているという状況だ。確実にも敵だが、同時に修羅場でもある。

これから長い夏休みがある。基本的には詩乃ちゃんと遊びに行こうと思うが、この8人で遊びに行く機会もあるだろう。なんだかんだで自分の意思力みたいなものが試される感じなるのかな。


そして、運命の夏休み。

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