第26話 鍵

「稲嶺、安西は今日休むとか言っていたか?」


「いや。なにも聞いていないけど?」


結局、授業が開始されても安西は現れず放課後になった。稲嶺と七海ちゃんに状況を話そうと部室に行ったら、そこには安西がいた。


「安西、お前……」


「なに?ああ、昨日のことね。あれは私が悪かったわ。ごめんなさい。それで、今日は詩乃ちゃんに謝りに行こうと思うのだけれど、一人だと喧嘩になっちゃいそうだから、みんな一緒に来てもらえると嬉しいかなって」


めちゃくちゃ悩んでいたのが嘘みたいにあっさりと解決するのかよ。


「で?連絡取ったのか?」


「これから」


そんなこんなで、例のケーキ屋。俺を含めたディズニーシーに行った8人全員が集まった。なんか尋問を受ける前のような気分だ。


「まず。私から詩乃ちゃんに。昨日は本当にごめんなさい。ちょっと取り乱してた」


それに対して詩乃ちゃん


「分かってくれたのなら、それでいいです。あとは桐生先輩にはっきりと言ってもらえれば」


ですよね。そうなりますよね。みんなが俺のことを見ている。ケーキ屋の店主も俺のことを見ている。外野から見れば修羅場って楽しいからな。


「ええと。それじゃあ。俺は詩乃ちゃんとお付き合いしたいし、安西からの気持ちも受け取った。でも安西の気持ちには応えることは出来ない。だから諦めてくれ」


これでいいか?稲嶺を見ると軽く頷いてくれた。しかし、空気はまだ重たい。


「さ!これで全部解決!」


七海ちゃんが元気よくそう言ったけど、事の発端はお前だろ、みたいな言葉は飲み込んだわけで。


「そうね。詩乃、これでいいかしら。大丈夫?」


千石さんが詩乃ちゃんに言うと、詩乃ちゃんは「はい」とだけ返事をした。笹森さんと未来ちゃんはそんな言葉のやり取りにテニスを観戦するように首で追っていただけで、特になにも意見はしなかったけど、詩乃ちゃんの味方なのはよくわかった。


「それでなんですけど、安西さん。安西の気持ち、まだ整理できていないですよね?なのでこの後、桐生先輩と二人でちゃんと話してきて下さい」


詩乃ちゃんから意外な言葉が出た。安西もちょっと驚いた顔をしている。


「ちょ、ちょっと詩乃」


そうですよね。止めますよね普通。千石さんがそういいながら俺の方を見ている。やめさせろ、なのか、分かっているわね、なのか。でも本人がそうしろって言っているのなら、これは俺自身で決着をつけるべきだ。


「分かった。それじゃ、俺と安西は閂公園に行ってくる」


自分がそう言ってお代を置いて席を立つ。続いて安西が席を立つ。店を出る時に店主に「すみません」と一言謝ってから閂公園に向かった。


「安西さ」


「分かってる。でもね正直なところ私、全然諦めきれないの。だから待ってることにしたの」


「……。」


言葉の続きがあるように思えたので無言でうなずいて待つことにした


「それでね。安西くんにはこれだけは言いたくて。あのね。私ね。あのデートのとき、本当に楽しかったの。幸せだったの。でもなんか恥ずかしくてちゃんと言えなかった。詩乃ちゃんはちゃんと言えたんだよね。すごいや」


池を見ながらそう言って一筋の涙を流れるのを俺は静かに眺めていた。女の子の涙ずるいな。


「桐生くん。手」


俺の方に向いて急にそんなことを言った。思わず手を出したら両手で差し出した手を両手で握られた。


「はい!これで私は満足。私、待っているから」


そう言って安西は去っていった。静かに。そして俺の右手には1本の鍵が握られていた。




「どうすんだよこれ……。なんですぐに帰さなかったんだよこれ……」


家に帰ってから手渡された鍵を机の上に置いて頭を抱える。流石にこれは誰にも相談はできない。楓に言ったら殺されそうだ。


それからの生活は至って普通。学校に行って、詩乃ちゃんと待ち合わせてケーキ屋に行ったり、閂公園に行ったり。休日にはデートもしてるし普通のカップル。あれから安西は気を使ってかケーキ屋には行かなくなったらしい。


「桐生先輩。もう大丈夫なんですよね?」


「多分な」


「でもいいなぁ」


「何が?」


「彼氏ですよ彼氏。詩乃ちゃんが羨ましいなぁ」


「ちょっとお前までなにを言い出すんだ」


「あ、自意識過剰。私、なにも先輩のことが好きだなんて一言も言ってませんよ。彼氏が欲しいなって言っただけです」


「紛らわしい言い方するなよ」


これ以上のこじれは御免被りたい。


「あれ?あかねは?」


部室に稲嶺が来たのだが、安西だけは居なかった。今日の活動はお休みかな。全員揃っていないし。


「それにしても6月は嵐だったなぁ」


「それ、先輩が悪いんじゃないですか。はっきりしないから」


「俺!?今回のはちょっと違うだろ。あれは七海ちゃんが……」


「私が?」


「あ、いや……」


思わず、あの鍵のことを思い出してしまった。結局、返せずに家に置いてある。


「それより。買ってきたわよ。今日はチョコレート」


普通の活動。何も問題はない。あれから、たまに西京女子学園の他の人とも会うことが会った。と言ってもなんだか定期検査みたいな感じだったけど。今日は未来ちゃん。


「すみません。こんなに遅くに」


部活が終わった後でも構わないとのことで、ちょっと遅い時間にケーキ屋で待ち合わせ。甘いものを食べ過ぎな気がするから、今度からファミレスとかにしよう。


「構わないよ。それでなんだけどさ。チョット聞いていい?」


「あ、はい」


「こうしてたまに千石さんとか笹森さんとか未来ちゃんに会うのは、俺にやましいところが無いか確認してる感じ?」


「え?いえ、そういうわけじゃ」


ストレートに聞きすぎたかな。


「あ、ちょっと言い方が悪かったかな。心配してる、ってことかな?」


「そんな感じです。詩乃、やっぱり少し不安みたいで。でも千石先輩とか笹森先輩とも会っているんですか?」


あれ?意思疎通されていないのか?


「そう。こうやってたまに連絡が来て、会えないかって」


「そうなんですか。だとしたらお願いなんですけど、千石先輩にはあまり優しくしてあげないで下さい」


なんか嫌な予感がする。まさか?


「もしかして?」


「はい」


それで一番回数が多いのか。てっきり、一番厳しいお目付け役を買って出ているのかと思ってた。


「あー……、でもそれ、俺に言っちゃっても良かったの?」


「はい。詩乃から言われてまして。詩乃、千石先輩が桐生先輩を気にしていると気がついて焦っていたみたいで。今も気にしているようでして」


ん?でもそうすると、例の美術館に遊びに行くってケーキ屋で約束をしたは千石さんだよな。で、それは詩乃ちゃんが千石さんに頼んだはずじゃ……。思わずつばを飲み込む。


「それっていつのこと?」


「いつ気がついていたってことですか?」


「そう」


「ディズニーシーに行ったときだと思います。桐生先輩が千石先輩と話しているのをしきりに見ていましたから」


まじかー。まじかー。詩乃ちゃん、けっこうえげつないことするな。女の子、怖すぎるでしょ。この流れを鑑みるに、未来ちゃんは詩乃の味方、笹森さんは千石さんの味方、って可能性がある。こっちも稲嶺は安西の味方っぽいし。七海ちゃんは……正直分からん。なんにしてもこれ以上こじれるのは勘弁だ。

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