第25話 修羅場

「どうして安西先輩までいらっしゃるんですか」


「当事者だからかしら?」


ケーキ屋奥の4人がけのテーブル。俺の隣には安西。前には詩乃ちゃん。


「当事者って……。どういうことですか?桐生先輩」


「あ、いや、勝手に付いて来て……」


「お二人はお付き合いしていないって言ってましたよね?」


「ええ。付き合ってないわ」


うん、そうだよね?付き合ってないよね?なのになんで当事者なのかしら?


「詩乃ちゃん、俺は……」


「桐生先輩はちょっと黙ってて下さい」


「あ、はい……」


詩乃ちゃんってこんなに強い子だったのか。あの安西に負けていない。


「付き合ってないのになんで当事者なんですか?」


「あら。私、桐生くんと付き合ってないけど“手放した”なんて一言も言っていないわよ?」


え?


「手放す手放さないって。そんなの私が桐生先輩に告白してOKって返事貰ったんですから、安西先輩が手放してなくても、もう桐生先輩は……」


「桐生先輩は?」


「私の……」


「私の?」


安西は肘をついて拳を顎に当てている。なんでそんなに勝ち誇っているんだ。


「彼氏、なんです……!」


「あら。そうなの。ですって桐生くん」


相変わらす、むちゃくちゃなところで話を振ってくるな。


「まぁ、そういうわけだから」


「ふぅーん。そう。それで?」


それでってなに?これで終わりじゃないの?「私はどうしたらいいの?」ってこと?


「安西はさ。どうしたいのさ」


そう。これだ。安西が何を考えているのかわからないなら聞けばいい。


「私?別に。今の関係で問題ないわ」


どういうことだ?


「意味が分からんのだが」


「意味って。そのままの意味よ。詩乃ちゃんと桐生くんは彼女に彼氏。お付き合い。桐生くんは私のもの」


ここで爆弾ですか。そうですか。“私のもの”と来ましたか。


「意味が分かりません!安西先輩、なんなんですか!?桐生先輩は私のものとか!桐生先輩はモノじゃないんですよ!?」


「そうよ。その通りよ。私は人間として桐生くんは私のものって言っているの。抱き合った仲だし」


「え……」


今のは語弊があるな?確かに抱き合ったけど!それはアレをしたとかそういうのじゃなくてだな。


「あ、えっと!詩乃ちゃん、今のはそういうことじゃなくて……」


「じゃあ、どういうことだって言うんですか!!」


詩乃ちゃんは席を立って走っていってしまった。鞄も持たずに。


「桐生くん、いいの?追いかけなくて。ここのお代は支払っておくから」


あー!もう!!訳分かんねぇよ!!!


詩乃ちゃんが走っていった方向に向かったけけど、すぐに曲がってしまったのか、どこに行ったのか分からない。


「で?これで満足したの?」


「別に」


「あかね、あんたがいつまで経ってもちゃんと言わないからでしょ!?今更になってこんなことしたってどうにもならないわよ」


「別に」


「はぁ……。あかね。あなた、なんであの時、お試し、なんて言ったの?」


「だって……」


詩乃ちゃんは閂公園で見つけた。池の畔で1人立っていた。俺が声をかけると泣きながら抱きついて来た。「私は本当に桐生先輩の彼女なんですよね?」何回も聞かれた。その度に「ああ」と答えてあげたけど、その身体に腕を回すことはできなかった。

後で稲嶺から聞いたのだが、俺と詩乃ちゃんが店を出ていった後に稲嶺が来ていたらしい。その時に話した内容を稲嶺が個別メッセージで教えてくれたんだけど、ホント、今更な内容だった。



「はぁ……。これ、どうするんだよ……」


「なんのよ辛気臭いため息ついて。こっちまで辛気臭くなるからやめてくれない?」


「ああ、楓、相談に乗ってくれよ。1分100円」


「今度は何なのよ」


「いやな。いわゆる修羅場ってやつを体験してさ。そどうすりゃいいか分からなくてさ」


「そりゃあれだけの女の子と遊びに行っていれば修羅場の一つや二つあるでしょ。そういうのを自業自得って言うのよ。で、何又したの?」


「いや、してないんだけどさ。簡単に言うと、あの中のひとりが俺のこと好きって言ってくれてさ。付き合うことになった。詩乃ちゃんっていうんだけどさ。で、この前の夜に安西が来ただろ?あいつに俺はフラれたって言ってただろ?でもアイツの中ではそうじゃなかったみたいで。詩乃ちゃんが俺と付き合うのは構わないけど、俺は私のものとか言い出してさ」


「途中から意味が分からなくなったんだけど、つまり何なの?」


「うーん……俺が他の人と付き合い始めたら、別れたはずの安西から俺は私のもの、とか言われたってことかな」


「なによ。典型的な修羅場みたいだけど、そんなのお兄ちゃんがその詩乃って子が好きなら、徹底的に安西さんに言い返せばいいだけじゃない。それともなに?安西さんに未練でもあるの?」


「いや……」


「あー、もう最悪のやつじゃん。悪いのはお兄ちゃん。以上。はい500円」


「まだ3分くらいだろ」


「500円分くらいのくだらない話だったから」


俺は楓に500円を渡して自分の部屋に戻ったわけだけど。まぁ、そうだよな。俺がはっきりしていれば何の問題もないんだよな。


「あー!もう!なんなんだよ!」


「(おにーちゃんうるさーい!)」


俺の周りには敵しか無いのか。稲嶺に状況の確認をしてみるか。あのあと、安西となにか話しているかも知れないし。


桐生『稲嶺、ちょっといいか』


稲嶺『連絡くると思ってた。さっきあかねと別れたところ』


桐生『で?』


稲嶺『一言で言うわよ。あかねはあなたに依存している』


桐生『依存?』


稲嶺『そう。言い替えると桐生くんなしでは生きていけない、って感じね』


何だそりゃ。だから、俺と詩乃ちゃんは彼氏彼女でもいいけど、俺は私のもの、なんて言っていたのか。


桐生『つまり?』


稲嶺『人格を否定するくらい突き放さないと多分駄目』


そこまでしないと駄目なのか。しかし、こんなに近くに住んでる場合、突き放してどうにかなるようなものなのだろうか。


桐生『それってやっぱり会わないほうがいいってことだよな』


稲嶺『そうなるわね。だからスイーツ研究会は厳しいかもね。形だけは残るかもだけど。まあ、どっちにしても桐生くんがハッキリさせないといけないことだから、そこのところはよく考えて。両方共に円満解決っていうのは考えないで』


なんだか楓と同じようなことを言われたな。そんなメッセージのやり取りとしていたら、今度は千石さんからメッセージが来た。


千石『話、聞いた』


桐生『こっちもなにが起きたのか確認できたところ』


千石『安西さん、なにがあったの?』


桐生『稲嶺から聞いたんだが、安西のやつ、俺に依存しているような感じらしい。だから、詩乃ちゃんと俺が彼氏彼女の関係でも問題ないって言うことらしい』


千石『まるで浮気宣言ね』


なるほど。そういう言い方をするとわかりやすいな。その浮気の誘惑に俺が負けなければ良いわけだ。


桐生『わかりやすく言うとな』


千石『それで、桐生さんはどうするのですか?』


それがはっきり言えれば、こんな気持にはならないんだよな。なんかこう……、なんて言えばいいんだ。


千石『桐生さん?』


桐生『ああ、すまない。ちょっと考えてて。安西が近くに住んでるから、その辺とどうすればいいかなって。同じ学校だし、同じクラスだし』


千石『そうですよね。会わないのが一番でしょうけど、一番近い場所にいらっしゃるんですものね。でも桐生さんが詩乃を思うのであれば安西さんを突き放すしか無いと思います』


みんな同じことを言うな。当然か。それ以外に方法は無いものな。


桐生『それしかないよな。ありがとう』


突き放す。具体的にはどうすればいいのか。無視?話しかけられたら、毎回諭す?そんなことを考えながら翌日の登校時間。


「あいつ、玄関前で待ってたりしないだろうな」


恐る恐る玄関ドアを開けようとした時、後ろから楓に蹴飛ばされた。


「私が見てくるから!邪魔だからどいて」


なんて可愛い妹か。昨日のあの話で意図を汲み取ってくれたのか。


「いないわよ」


「そうか。さんきゅ」


楓と一緒にマンションを出たが安西の姿は無かった。登校して教室に行った時も安西の姿はなかった。

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