第24話 返事

「いいよ」


「え?」


「うん。いいよ」


「本当ですか!?」


ここで断れる男はいるのだろうか。ほら、お試しって言ってたし。付き合わないとお互いのこと分からないし。学校も違うし。なんだかんだ自分に理由をつけて自分の返事を肯定する。詩乃ちゃんは言葉にならない、といった感じでマンガ本を開いたまま口に当てている。ええと。次になんて言えば良いんだろう。よろしくお願いします?うーん……それくらいしか思いつかないぞ。


「詩乃ちゃん、これからよろしくね」


「はい!」


これはやられるな。でもこれも安西と同じように「この勘違い野郎」なんて言われたら……いや、今回はそれは無いな。


「と言っても、聞いていると思うけど、俺も安西とごっこしかしたこと無いから、何をすれば良いのかよくわからないんだよね」


「私もです。なにをすれば良いんでしょうかね」


お互い顔を見合わせて笑ってしまった。


とりあえず、翌日の日曜日も会う約束をして帰ってきたけど。どこに何をしに行けばいいんだ。あの時と同じように買い物が無難なのか?


「なあ、楓」


「なに?また相談?1分100円」


「それだけの価値ある回答が得られるんだな?」


「じゃあ、今日は無料お試しで」


自信ないのかコイツ。


「あのさ。楓は彼氏が出来たらどこに遊びに行く?」


「は?」


「いや、だからさ。仮に、の話だよ」


「もしかしてまた……。まぁいいや。そうね、お互いの趣味が分からないなら、無難なところに行くんじゃない?映画とか趣味が合わなかったら最悪だし」


「その無難なところとは?1分100円の価値があるんだろ?」


「だから今日は無料お試しって……」


「なんだ価値なしか」


「じゃあ、買い物!そう、買い物!服装の趣味とか分かった方が良いじゃない?」


「それは既出だな」


「既出って。私はまだ買い物になんて行っていないわよ。あ、お兄ちゃん、また誰かと行くの?安西さんと?」


「違うな」


「はぁ……。ちょっと節操なくない?あー、もうやめやめ。この話はお終い。映画でも買い物でもどこでも行けば?」


へそを曲げてしまったらしい。お前、モテるんじゃなかったのか。でも確かに映画は趣味が合わないとヤバげだしな。漫画とかアニメが好きみたいだけど、向こうが逆に遠慮してしまいそうだ。ネットでデートって調べたら夜景がきれいなところ10選!とかそんなのばかりだった。変わり種ラブホ、なんてもあって見てしまったが、普通のラブホなんて知らないし、どこが変わっているのかよく分からないし。いや、分かってもいきなり……いや、そこまでまだ……。


「はぁ。思いつかん」


やっぱり買い物かな。とりあえず、メッセージ送って買い物ってどうなのか聞いてみるか。メッセージを送るとすぐに帰ってきた。


『行きたいです!』


正直、なにを送っても同じ返事が来た気がしないでもない。でもまぁ、行き先は決まったから良しとするか。


ピンポーン


なんだ?こんな時間に。もう22:00だぞ。


「おにーちゃーん。お客さ~ん」


俺に?まさか詩乃ちゃん?玄関に行ってみたらそこには安西が立っていた。


「ちょっと」


「なんだよ」


安西がドアの外に来いと手招きしている。嫌な予感しか無いけど。


「なんだよ。こんな時間に」


「今日は何していたの?」


腕を組んで若干俺を睨みつけながらそんなことを聞いてきた。


「なんで?」


「いいから」


詩乃ちゃんと出かけたことを知っている?いや。流石に知らないでしょ。


「六本木に行ってた」


嘘はついていない。


「なにしに?」


「美術館?」


「誰と?」


「なんでそんなこと安西に言わなきゃいけないのさ」


「あ、やっぱり誰かと行ったのね。千石さんでしょ」


やたらと断定的に言ってくるな。


「なんでそう思うの?」


「だってケーキ屋で話してたじゃない」


もしかして。いつもの席に居たのかな?それで話を聞いていた、と。


「だとしたらどうするの?」


「別に……ちょっと気になっただけよ」


勘違いしないでね!って言ったら完璧だったんだが。


「詩乃ちゃんと」


「え?」


「千石さんが詩乃ちゃんに頼まれたらしくて。美術館には詩乃ちゃんと一緒に行った」


「それで?」


何かを感じ取ったようだ。どうせバレるしここで言っておいたほうがいいか。


「付き合うことになった」


「ふーん」


「なんだよ」


「べつに。今回はお試しじゃないと良いわね。それじゃ、おやすみ」


それだけ言って自分の家に帰っていった。なんだあいつ。なんだかんだ言って気にしてたんじゃん。素直じゃないな。でも、俺はどうしていたかな。先に安西に言われていたら。受け入れたのかな。断ったのかな。なんて付き合い始めた当日に考えることじゃないよな。マンションの廊下から住宅街の夜景を見ながらそんなことを考えていた。



流石に買い物は無難な選択だった。可もなく不可もなく、とった結果で終わった。


「で?どうだったのかしら?」


「なにが?」


「昨日も出かけてたんでしょ?詩乃ちゃんと!」


なんで“詩乃ちゃんと”が強めのアクセントなんだよ。ってかなんで知っているんだよ。


「え?なんですか?詩乃ちゃんってあの西京女子学院の?確か私と同じ一年生でしたよね?」


「なぁにぃ?桐生くん、詩乃ちゃん、捕まえたのぉ?」


稲嶺がねっとりとした感じで言いながら安西を見ている。わかり易すぎるからやめろ。


「なんかね、桐生くん、詩乃ちゃんとお付き合いし始めたみたいよ」


安西、機嫌悪すぎでしょ。


「へぇ。そうなんですか」


メッセージ着信音。みんな一斉に鳴っている。


七海『詩乃ちゃんと桐生先輩がお付き合い始めたって知ってます?』


七海ちゃん、塩を塗り込むなぁ。なにもグループメッセージで送らなくても。


千石『おめでとう!』


ともえ『え?そうなの!?』


稲嶺『私も今聞いた』


星野『詩乃ちゃんすごい』


この会話に参加すべきか。詩乃ちゃんはなにしてるんだろ?生徒会室でみんな一緒なのかな。


詩乃『そんなわけで、皆さんよろしくお願いします』


桐生『お願いします』


安西だけトークに参加していない。


「安西先輩?」


安西がスマホを触りだした。


安西『私は一昨日聞いた。本人から。夜に私の自宅の前で』


「うわぁ。あかね……」


超絶な爆弾が投下された。詩乃ちゃんには安西と同じマンションで2軒隣だなんて話していない。


七海『あ!安西先輩、桐生先輩と同じマンションでしたよね!』


千石『そうだったんですか!?』


どうする。どうすればいい?安西を見たけど相変わらず機嫌が悪い顔をしている。何を言ってもなにか投下しそうな顔だ。


桐生『あれ?言ってなかったっけ?』


暫し、誰も書き込まない。七海ちゃんはどうしよう、って顔をしている。稲嶺は安西を見てため息をついている。


詩乃『聞いてないです。私、聞いてないです』


あ、あ、あ、なんかこれ、ヤバイやつだ。俺にでも分かるぞ。


千石『桐生くん、どういうことなの?』


千石さんから個別メッセージが来た。えーっと?夜に安西が訪ねて来て、ケーキ屋で話を聞いてて、美術館も知ってて、いや、それは俺が言ったのか。そうだ。詩乃ちゃん出かけて、付き合い始めたって言った。を、まとめると!?


桐生『土曜日の夜に安西が家に来たから詩乃ちゃんと付き合い始めたって伝えた』


千石『桐生さん、安西さんと付き合ってないって言ってましたよね?』


桐生『付き合ってないって』


千石『じゃあなんで』


桐生『なんでって』


千石『なにもない二人が夜に自宅で会ったりしないでしょう?』


ダメだ。思いっきり勘違いされている。


「あの……なんか、すみませんでした」


七海ちゃんがおずおずと謝ってきた。


「いいよ。俺がちゃんとみんなに言ってなかっただけだから」


詩乃『今日会えますか?』


グループメッセージで送ってきた。これは俺宛だよな?安西宛てじゃないよね?


桐生『いいよ』


詩乃『それでは、例のケーキ屋さんで』


桐生『了解』


完全なる修羅場の完成である。

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