第23話 お試し再び

今日は雨だ。部室は久しぶりに俺だけだ。なんだかんだいって、みんな集まるものだから、学校で一人の時間になるのは久しぶりかもしれない。


「以前はこうしてなにも考えないでボーっとしていたんだが。今とどっちが良かったのかな」


雨の日は似合わないセンチメンタルな気持ちになる。みんなでお金を出し合って買った小型の冷蔵庫からお茶を取り出してグラスに注ぐ。そういえば、千石さんたち生徒会はこんな日は何をしているのだろうか。公園のゴミ拾いは、この天気じゃ無理だろうし。メッセージでも送ってみようかな。なんだかんだで西京女子学院の4人とは連絡先を交換していた。例の8人でグループを作ったものの、最初の数回は盛り上がっていたけど、最近は誰も使わなくなってしまった。時間を空けるとダメなものなんだな。こうして一人の時間を増やせば安西たちとも距離が出来るのだろうか。


桐生『最近どう?雨の日は生徒会、どんな活動してるの?』


差し障りのないメッセージ。


千石『生徒会室で勉強してます』


すぐに返信があった。勉強か。真面目だな。俺なんて部室でボーっとしてるだけなのに。


「ん?個別?」


千石『これから例のケーキ屋さんに行きませんか?』


個別メッセージが来たってことは個人的なお誘いなのだろうか。個人的な?なんて聞くのも恥ずかしいし、行けば分かるでしょ。


「お待たせ」


「あ、はい。大丈夫です。私もさっき来たところです」


テンプレートのような回答だ。まだ他人行儀だなぁ。今日で三回目だしそんなもんか。


「あの、突然で申し訳ないのですが」


「なんだい?」


若干身を乗り出して話を切り出してきた。


「あの……!この前の、お試し、いいですか?」


お試し、お試しね。なるほど?って、お試し!?


「ええと……?この前のって彼氏彼女のお試し的な?」


「あ、いや、その。彼氏彼女というか、2人で出かけたいというか……」


あ、ですよね。


「いいよ」


なんて余裕のある態度で返事をしたけど、ドッキドキだったりする。


「本当ですか!?ありがとうございます!それじゃ、今週末、良いですか?」


いきなりですね。心の準備、間に合うかな。あと、他の連中にバレたらどうしよう。ま、なるようにしかならないか。

地元の駅だと誰かに会うかもしれないので、ちょっと出たところの駅で待ち合わせ。


「桐生さん、お待たせしました」


「あれ?詩乃ちゃん?」


「すみません!千石先輩に……その……」


なるほど。そういうことか。自分で誘うのが恥ずかしいとかなんとかで千石さんに頼んだのかな。


「大丈夫。それで、今日はどこに行こうか」


こういう時は男が行く場所を決めているものなのだろうか。でも、ガチガチにデートコースを決めるっていうのも、お試しにしてはやり過ぎのような気もしたし。


「それじゃ、雨なので室内でもいいですか?」


お?詩乃ちゃんは行きたいところがあるのかな?


「いいよ。どこに行くの?」


「六本木の林美術館っていうところなんですけど、いいですか?」


美術館。なんか自分にとっては縁遠い場所だ。こういう機会でもないと行かないと思う。


「いいね。美術館って行ったことがないからちょっと楽しみ」


「実は私も初めてなんです。今は漫画家の特別展をやってまして」


漫画家。詩乃ちゃん、そういうのが好きなのか。もしかしたら気が合うかも知れないな。


ドドドドドドドドドドドドドド


「詩乃ちゃん、漫画家ってもしかして」


「はい。荒木飛呂彦です。ジョジョの奇妙な冒険が大好きでして」


おお。気が合うな。


「ほんとに?俺も好き。って言っても全部は読んでなくてDioが出て来るところしか読んでないんだけどね」


「あっ!第三部ですね!私も一番好きです!イギーが可愛くて!」


詩乃ちゃんも好きなことになると、結構おしゃべりになるようだ。その後も展示を見ながら終始ハイテンションな詩乃ちゃん。なんか意外な側面を見た気がする。


「ホントJoJoが好きなんだね」


「はい!もしよろしかったら最初からお貸ししましょうか??」


コレが布教活動ってやつか。


「あ、でも沢山あるので持って帰るのも大変ですよね。あ!それじゃあ、私の家に来ませんか?」


布教活動に夢中になると男の子を家に呼んでしまうのか。詩乃ちゃん、それはちょっと危ないと思うぞ。


「大丈夫なの?いきなり俺なんかが行って。ほら、お兄さんが居るって言ってたし」


俺の妹に手を出すな!とか言われたら怖いし。ってか、何歳くらいなんだろう。


「大丈夫です。兄は関西の大学に行ってて向こうで一人暮らしなんです」


ますます大丈夫じゃない気がする。親御さんはいるのだろうか。


「親御さんは大丈夫なの?娘に手を出すな!とか怒られない?」


「大丈夫ですよ。そんなことにはならないと思います。多分」


多分。なるほどね。でもここまで来て断るのは難しいし、覚悟を決めますか。


「いつなら大丈夫なの?あ、なんか質問ばかりでごめん」


「いいですよ、そんなの。それじゃ、この後どうですか?」


この後。布教活動は時間を空けるなってやつなのかな。鉄は熱いうちに打て。


「いいよ。そういえば詩乃ちゃんはどこの駅に住んでるの?」


「萩ノ宮です」


「あ、俺の家とはそんなに離れてないね。そっちの学校にも電車一本でしょ」


「はい。それもあって今の学校にしたのもあります」


結構計画的な子なのかも知れないな。だとしたら今日のコレも計画的な?いや、考えすぎでしょ。

萩ノ宮駅はなにげに降りたことがない。南口に出たら川、八幡様、住宅街!駅前的な要素が何もなかった。


「へぇ、萩ノ宮って初めて降りたんだけど、静かなところだね」


「なにもないんですよ、ここ」


詩乃ちゃんは苦笑しながら道を進む。本当に住宅街だ。マンションがほとんど無くて戸建てばかりだ。


「ここです」


詩乃ちゃんの家も一戸建てだった。大きく小さくもない普通の家。お嬢様的な雰囲気があったからちょっと意外だった。


「おじゃましまーす……」


怖いお父さんとか出てこないかな……。


「大丈夫ですよ。今日は誰もいませんから」


詩乃ちゃん?一番ダメですよ?誰もいない家にどこの馬の骨とも分からない男を上げちゃ。


「あ!ちょっと待っててください!」


部屋のドアを少し開けた時にそう言われて、詩乃ちゃんだけ部屋に飛び込んだ。お片付けですね。わかります。扉には「詩乃」なんてプレートがかかっているし、女の子って感じだ。楓の部屋のドアには「ノック!」とか書いてあるし、安西の部屋なんて閉まってもいなかったし。


「すみません。お待たせしました」


お片付けが終わったのか、ドアが開いて詩乃ちゃんが出てきた。女の子の部屋に入るのは緊張する。詩乃ちゃんの部屋は想像していた感じの女の子女の子した部屋だった。そんなに広くないので、テーブルとかは無かったけど、きれいに片付いていた。


「ええと……」


「あ。すみません。座るものが何もなくて」


「いいよいいよ。適当に座るから」


と言ってみたものの。この部屋で座れる場所は


①ベッド

②勉強机の椅子

③床


なわけだけど。①は論外として②だと詩乃ちゃんの座るところがなくなるし。順当なのは③?あ、でも詩乃ちゃんが②に座ると目線がマズイな。あ、①に座られてもマズイな。一緒に③?それはそれでマズイな。安西の部屋に行った時のようになる。どうする俺!


選ばれたのは①でした。ってか「ここにどうぞ」って言われてしまった。詩乃ちゃんは②に座っている。なんだこの気まずさは。


“女の子のベッドに座る=良からぬ想像”


俺だけがそうなのか!?いやきっと健全な男子高校生であれば!


「それで……」


「あ、すみません。今、出しますね」


部屋を見回したけど、マンガ本なんて置いている気配はない。あのクローゼットかな?なんて思っていたら詩乃ちゃんが立ち上がって、おもむろに俺の方にやってくる。そしてしゃがんだ!俺の少し横に。両膝をついてベッド下の引き出しを空けるとそこにはマンガ本がずらりと並んでした。


「ここに並んでますので、自由にどうぞ」


両膝をついたまま俺を見上げてそんなことを言うから顔を見てしまったら、少し下に見てはいけないものが見えてしまった。女の子の前かがみって良くないよね。俺が前かがみになってしまう。ジーンズ履いてて良かったよ。チノパンとかだったら死亡確定していた気がする。

詩乃ちゃんは第三部を読み始めたので、俺は第一巻から読み始める。俺の知っている絵柄と違ってなんか新鮮だ。


時が流れる。2人でいるのに1人で居るようだ。詩乃ちゃんも静かに読みふけっている。ピッタリと閉じた膝の少し上くらいなスカートで、ベッドから見るとちょっと危険な視界だ。


「あの」


ふいに詩乃ちゃんに話しかけられた。


「ん?」


「桐生さんって本当に安西さんとお付き合いしていないんですか?」


え?そういう展開になるの?


「していないよ」


こういう時は優しく、だ。


「じゃあ、もしよかったら……いえ、もしも、でいいんですが、私と……その……」


思わず生唾を飲み込んでしまった。この状況だし。どうする!どうする俺!


①即答OK

②ちょっと待って時間を頂戴

③お断り


③はない、ってか勿体無い。①か②だ。詩乃ちゃん、勇気を出したんだから、あまり時間をかけるのも可哀想だ。ええい、ままよ!!

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