第20話 練習台

「だーるーいー」


忘れ去られていた中間試験。部活設立ですっかり忘れていた。今月末。


「なんでこんなテストがあるの?人生の代表的な理不尽だわ」


部室の机に突っ伏してゴロゴロしている安西あかね。なんだかんだでコイツが一番無精者というかなんというか。しっかりしていない。それを稲嶺千佳がフォローして、後輩の伊藤七海が生暖かい目で眺める、というのが規定のポジションになりつつある。俺は一応部長なので、ダラダラするのをできるだけ管理しようとするけど、自分もそういう人種ではないので、一緒にダラダラしてしまう。

ちなみに活動日は全員が集まった日。特に何曜日とか何時とか決めていない。今のところ、みんな居心地が良いと感じていいるのか、数日ではあるが皆勤開催である。


「お菓子でも食べないとやってられないから部長~、なんか買ってきて。できれば幾つかのコンビニで比較できるやつ」


だるそうに安西に言われる部長。なんでそういうのはいつも俺なんだ。まぁ、買いに行った人間の食べたい者を独断と偏見で選べる特権は与えられるので、正直嫌いではない。運良く、学校から駅までの間に4種類のコンビニがあるのも手間が余りかからなくて助かっている。


「今日の活動対象はチョコクッキーだ」


コンビニオリジナル、いわゆるPB商品ってやつだ。これを買ってきて味の違いを調べる。という言い訳をつけた午後のお茶会。


「お前らまだウダウダしているのか。何を言っても中間試験はなくならないんだから勉強すんぞ。それまでチョコクッキーはおあずけだ。


「えー、部長厳しぃ~。ね?お願い。元カノの言うことなんだからさ?」


「誰が元カノだ。この女狐め」


「本気にしちゃった先輩が悪いんだんと思いますよ?」


「いや、あれは誰だって本気にするでしょ。無理でしょあんなの」


なんか女だらけだと、なんだかんだで俺が不利になることが多い。こういう時、稲嶺に助けを求めるのだけれど、最近は「諦めなさい」という投げやりな反応しか返ってこなくて頭を抱えている。


「なんにしても、中間試験の勉強はするぞ。これは部長命令だ。部活から半分以上の赤点生徒が出たら、面倒くさい奉仕活動が待ってるんだぞ。そんなの勘弁だ。この部活は4人しか居ないんだ。2人赤点を一つでも取れば、めでたく奉仕活動確定だ」


赤点。そんなもの普通に勉強していれば取らない。が、以外にも七海ちゃんと稲嶺が危ないらしい。七海ちゃんは実家である和菓子屋のお手伝いがあって勉強ができないとのことで。稲嶺は単なるサボりらしい。一番赤点っぽい安西は成績上位者と聞いて、理由もなく腹が立ったものだ。ちなみに俺は可もなく不可もない平凡な成績。目立たないにはコツが一番。今までのぼっち生活を維持する最低条件だったわけだけど。


「ねぇ、元カレの桐生くん。どうしても、っていうなら勉強、教えてあげてもいいわよ?元カレだし。と・く・べ・つ」


元カレ。騙されたというより、落とされた俺は事ある事に安西にからかわれる。くっそ。いつか仕返ししてやるとか思うのだけれど、この場合の仕返しって、俺が安西を落としてから、残念でしたウッソで~す、みたいなことをするわけで。


「これは悩むな。男として、いや人間としての行動として。いやいや、そんなことよりも、あのおっぱいを捨てることになるなんて!」


「ちょっと。心の声がダダ漏れているんだけど。なによおっぱいって」


なんということだ。理性を超えるものを目の前にして、つい言葉に出てしまったようだ。


「おっぱいは万物の源、戦争すらも止める神の御業を成す存在……」


「先輩……、ちょっと気持ち悪いです」


取り繕うのを失敗したようだ。まぁ、取り繕いのない単語を口にしてしまったので仕方がない。一番軽蔑の目線を送ってきたのは稲嶺だが、理由は……まぁ、そういうことだろう。

それにしても、俺が本当に安西を落とす、なんて未来はあり得るのだろうか。なんにしても出会いのなかったぼっち君の俺が万が一にも彼女が出来るのなら、このメンバーの誰か、というのが濃厚だが、今のところ、そんな気配は微塵も感じない。あ、嘘です。安西にはなんとなくの名残惜しさはあります。


「ほら、いい加減、勉強始めるぞ。安西は稲嶺に英語を教えるんだろ?七海ちゃんは何が苦手なの?」


「数学ですけど、先輩、変なこと言わないで下さいよ」


前科一犯。信用がなくなっている。


「そんなことしないって」


目線をそらすので精一杯。俺の高校は5月15日から月末までが移行期間、6月1日から夏服になるんだが、七海ちゃんは一足先に夏服に変わっている。良くないんだよ。年頃の男に夏服は。薄い。透ける。


「先輩……どこみてるんですか……」


「いや、いい天気だなって」


「そんなに意識されるとこっちが困るんですけど」


「ダイジョウブダカラキニシナイデ」


変な口調になる。一度意識するとそらすのが難しい。主張が強い安西とは違って、普通サイズというか、個人的には好みのサイズ感というか。形というか。そんなことを考えてしまってもうダメ。気をそらすために稲嶺を見たら睨みつけられた。

勉強を始めるという何でもない作業だけでこの調子だから進みが遅い。


「やっと今日の予定分は終わったかな。どうだ?七海ちゃん」


「一応……なんとかなりそうな感じです」


家庭教師的なものはなんとか形になりそうだ。普通の成績だけども。向こうのペアもうまくいっているのかを確認したら、安西がなんで稲嶺が問題を解けないのがが分からないらしくて難航している様子だ。レベルが違いすぎるのも問題なのかもしれない。明日は逆になってみるか。


「さて。それじゃ、チョコチップクッキーの試食会を行いますか。俺は買ってきたから、誰か紅茶を頼む」


見回すけれども、誰も動こうとしない。なんで?


「先輩、さっきのセクハラ発言、お詫びをしてもらってませんよね?」


なるほど、そういうことですか。まぁ、悪いのは俺であって、おっぱいではない。素直に謝ろう。


「さっきは済まなかった。つい心の声が漏れてしまった。だが、信じて欲しい、行動には移さないと。それは約束しよう」


「流石に行動に移したら警察呼ぶわよ……。まぁ、分かったから紅茶、お願い」


なんとか許されたようだ。紅茶くらいで許してもらえるのなら安いものだ。今日はチョコチップクッキーだからレモンティーだろうか。そういえば、紅茶風味のチョコチップクッキーもあったような。

食べ比べしたチョコチップクッキーも各お店ごとに違いがわかった。結構違うものなのだな。比べるのは楽しい。一応この堕落した部活の隠れ蓑としてお菓子比較をするわけで。一応、内容をまとめるわけで。誰がノートに書くのかは、さっきまでの流れ的に俺になるわけで。部長としての権威などどこにもないわけで。


「ちょっと相談があるんだけど、今日このあと桐生くんの家に行ってもいいかしら?」


「なんで?安西の家のほうが誰もいないんじゃないの?」


「だからよ。女の子一人の家に上がり込みたいわけ?」


今まで何も言わなかたくせに。そんなに俺が危険な男に見えるのか。心外だ。ただ勇気がないだけだ。


「別にいいけど、相談ってなんだ?」


「部屋についてからにしてもらえると助かる」


安西からの相談なんてなんだろうか。予想もつかない。


「で?なんだ?」


家に帰ったら、玄関で出かけるところの楓に会ってしまって騒がれた。内容はまぁ、想像の通りだ。本人を目の前にしてそれはどうなんだ。一番ひどかったのは「何かあったら大声出してね」だからな。


「あのね。ちょっとみんなと話したんだけど、この前、恋人ごっこみたいなのしたじゃない?あれ、もう一度出来ないかしら?」


「!?」


もう一度?何故?みんなと話したってどういうこと??


「いや、勘違いしないでほしいんだけど、私が本気で桐生くんとお付き合いしたいということじゃないの。みんな男の子と会話とか、その……遊びに行ったりとかしたことがないって話になって。桐生くんで練習出来ないかって」


練習。俺は練習台。いや、しかし。ここで何かあれば彼女が出来るかもしれない!断ってしまっては勿体無い!


「なるほど。そういうことか。別にいいけど、この前みたいに本気でやるのが条件だ。そこで俺が惚れても文句はなしだ」


「え?そうなったら単純にお断りするだけになると思うけど」


そんなに冷静に言われると流石に凹む。


「安西は俺に対して、そんなに脈なし?」


「ない」


そんなにキッパリ言わなくても。


「そ、そうか」


「なんで?まだあれ、本気にしてて私を諦められないの?」


どこまで自意識過剰なのか。否定は出来ないけど。


「大丈夫だ。俺も覚えているのは腕に当たった感触程度だ」


「忘れてよそんなの!ったく、あそこまでやるんじゃなかったわ……」


ブツブツ言っているが、なんか勝った気分だ。悪くない。


「で?いつから誰とだ?順番にやるんだろ?」


「それなんだけど、最初は全員でお願い出来る?」


なにそれ、ハーレムじゃん。全員俺の彼女(仮)なんでしょ?


「いいけど、それって恋人ごっこじゃなくて、単純に部活のメンバーで遊びに行く、ってだけなんじゃないの?」


「そうなんだけど。私が何をしたのか説明したら、無理無理って話になっちゃって。最初は全員でって」


「まぁ、別にいいけどそれでも。にしても、なんでこんないきなりな話になったんだ?誰かに告白でもするのか?」


気になるよね。普通。練習台にされるんだから、そのくらいの知る権利はあるよね。


「それは秘密。言えないでしょ普通」


権利消失。ここで問い詰めたらハーレムな未来もなくなってしまうので我慢するしか無いか。

結局、時期は中間試験の後のどこかの週末、ということだけ決まったわけだけど。なんでこんなことで俺の部屋にわざわざ来たのか。帰り道で話してくれても良かったじゃないか。そうすれば楓に余計なことを言われずに済んだのに。

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