第19話 敗北

「どうしたんですか。なんか重い空気ですけど」


七海ちゃんの当然の反応。稲嶺は何となく事情を察しているようだった。


「どうする?自分から話すか?俺から話すか?稲嶺も分かってるな?」


頷く稲嶺。

俺たちの顔を見回す七海ちゃん。

「返事がないなら俺から話すぞ。いいな」


返事を聞かずに俺は横に座った七海ちゃんに切り出す。


「あー、落ち着いて聞いて欲しいのだけれど、例の革靴の件なんだけど……」


「あ、知ってますよ?」


おっと?これは予想外の展開。


「えと、念のため聞くけど、誰だって思ってるの?」


「え?安西先輩と稲嶺先輩ですよね?」


ちょっとびっくり。いや、かなりびっくり。それを知っててこの部活に参加したのか。


「七海ちゃん、いいのそれで?」


「だって。私を助けるためにやってくれたんだと思いますので。そうですよね?」


「いや、まぁ、そうなんだけど、やり方が……ね。ごめんなさい」


「いいですよ!頭を上げて下さい!こっちからお礼を言いたい位なんです!」


ダメだ。俺だけ取り残されている。


「えーっと。申し訳ないんですけど。どゆこと??」


「あ、私から説明しますね。私、クラスでいじめられそうになっていたんですよ。メインメンバーは分かっていたんですけど、その人たちは吹奏楽部で。それを安西先輩と稲嶺先輩が気がついてくれて、先輩である自分たちがイジメのターゲットにしてる相手に手を出すなってやってくれたんです」


えええええええ!?


「だから、私のクラスに先輩たちが来たとき、スゴい変な雰囲気になったのはそういうことだからです。とうとう呼び出されたんだって。でも靴に牛乳を入れられたのは予想外だったかなぁ」


スミマセン、スミマセン、スミマセン!


「気がついていたんだ」


「わかりますよぉ。だって靴の中に片方を置いている場所を書いた紙とか入っているんですもの」


ソウダッタノカ。知らなかったのは俺だけだったのか。


「だから、スイーツ研究会にも親の反対を押し切って入りましたし」


「反対されてたの?」


「はい。和菓子屋の娘がなんで洋菓子を、って。和菓子も食べるし、こういうことしてくれる先輩だから安心してって説得して」


「でも、やり方が悪かったと思うのよ。本当にごめんなさい」


「だから頭を上げて下さい。本当に感謝してるんです。でもその様子だと、桐生先輩は気がついていなかったみたいですね」


そりゃそうでしょ!分かるわけ無いでしょ!!


「あと、桐生くんもごめんなさい!」


「ん?あの恋人もどきの件?それはこのビーフシチューで帳消しでしょ」


「そうじゃなくて……」


ソウジャナイ??ダッタラナニ??


「ああ、それも桐生先輩、分かっていなかったんですね。安西先輩、稲嶺先輩、私から話した方がいいですよね?」


二人が首を縦に振る。今度は俺がみんなを見回す番だ。


「あのですね。早い話、言い方は最悪ですけど、桐生先輩、利用されたんですよ。こんな適当な部活、キーマンがいないと絶対に許可されないですし。帰宅部長をその気にさせれば可能性がある、というわけで」


ナンダッテ。あれもこれも全部仕組まれたモノだったのか!?衝撃的。あのハイテンションな安西はそれがバレないように勢いで押してきた訳か。だから有無を言わせなかったのか。


「桐生くん、ほんっとうにごめんなさい!」


安西と稲嶺に頭を下げられた。ここはどう反応したものか。結果的にではあるけど、俺の望んだ環境に近いモノにはなったし。自分一人では絶対に成し得なかった環境であり。


「いいよ。真相が分かれば。それにしても、そうならそうって最初から言ってくれれば良かったのに」


「だって先輩、最初から言ったら絶対に面倒くさいって言ってましたよね?」


反論できないな。目的をもって活動する部活なんて絶対に受け入れられなかっただろう。


「何だかなぁ。女の子って怖いなぁ」


「男のヒトが騙されやすいんですよ。安西先輩のアレだって本気にしちゃうし」


「ええ!?だって七海ちゃん、あれは本気だって言ってたよね!?」


「言いましたけど、まさか本気にするとは思ってなかったですよ。なんのステップも踏まずに恋人同士になれるわけないじゃないですか」


童貞ぼっちには分からない世界だよ。


「ま、まぁなんにしても、すべての霧は晴れて、隠し事のないメンバーになったわけだ。これからが本当のスイーツ研究会、ってことかな」


なんか七海ちゃんに笑われてる気がする。まだ何かあるのだろうか。考えても分からないから、そのままにしておこう。聞くのも恥ずかしいし。

そのあとは俺が騙されやすいとか、空気を読めているように思ってるのに、実は全然出来ていないとか、ダメだしの嵐だった。


帰り道では安西から例の恋人ごっこについて色々と話した。


「恋人になるかどうかは別として、あの日は本当に楽しかったんだから。これは本当。ありがとね」


そんな言葉を残して自宅に入っていった安西。ホント安西は男を落とすのが上手いと思う。落ちそう。ってか、この前は完全に落ちた。


翌週月曜日の放課後、スイーツ研究会が毎週何曜日の活動とか重要なことをなにも決めていないことに気がついたけど、細かいことは気にしないでおこう、ということで、何の用事もないけど、部室に行ってみた。


「誰もいないな」


まあ、予想はしていたけども。まぁ、こんな時間に独りで学校にいることは自分にとって初めてのことだし。今までは安西とかが居たし。

グラウンドからは野球部の金属バットの打球音、サッカー部のかけ声、中庭の方からは件の吹奏楽部が練習する音。放課後の学校は授業中と違って音がこんなにも溢れているんだな。なかなか心地よい。


「あら。桐生くんじゃない。部室に来るなんて熱心なのねって。寝てるの?」


「おはようございまーす」


「放課後になんでおはようなのよ」


「何となくです。ほら、芸能界とかもそうだって言うじゃないですか」


「七海ちゃん、いつから芸能人になったの?って寝てるの?」


「そうみたい。でもこんなに静かに放課後を過ごすなんて久しぶりかも知れないわね。曲がりなりに部活とかやってたし」


「私も帰宅部だったので、こういうのは初めてです。いいですね。なんかこういう雰囲気」


七海はそういってコンビニで買ってきた4種類のじゃがりこが入ったビニール袋を持ち上げた。


「利きじゃがりこやりましょう。目隠しして味を当てるやつです。私は何味か知ってますので、安西先輩と稲嶺先輩で勝負です。負けた方が桐生先輩を起こして下さい」


二人とも気合いを入れてやったが、負けたのは稲嶺。


「で?どうやって起こして欲しいの?」


「そうですね。耳元で『朝だよ道彦、起きて』で、お願いします。手を使うのは反則です」


「七海ちゃんも言うようになったじゃない。でも面白そうだから千佳よろしく」


「ええ……本当にそれやるの?」


「はい。出来るだけセクシーにお願いします」


諦めのため息をついて熟睡する桐生の耳元まで来たけど。結構恥ずかしい。


「ねぇ、道彦?いつまで寝てるの?朝よ?起きて」


「うーん……」


「ねぇ、今ので起きないのって敗北を感じるんだけど」


「それじゃあ、今度は私」


やる気満々の安西。


「おきて……ふぅーっ……」


耳に向かって息を吹きかける。


「んん……」


耳がかゆいといった感じで耳に手をやったが起きない。


「確かにこれ、敗北を感じるわね」


「それじゃあ、最後に私、やりますね」


七海は意気揚々と熟睡する男の背後に後ろ手を組んで回り……


「せーんぱい。おきてくださーい。ほーらぁ。あっ!」


なんか柔らかいものに頭が。あと、可愛い声が呼んでいたような。


「ん?なんだ?なんだ二人して変な顔して」


視線を追うと、俺の後ろを見ている。振り向くと胸を押さえてしゃがみ込んだ七海ちゃん。


「ん?」


七海ちゃんと安西と稲嶺を交互に見る。


「先輩のエッチ!」


「ん?何が起きてるの?ん?ん?」


「桐生くん、やっぱりエッチだったのね。まさか七海ちゃんのおっぱい触るなんて」


「え?え?」


「せんぱい、ひどいです……」


「えっと。七海ちゃん?俺、寝ている間になにかしちゃっったの??」


「ひどいです。覚えていないなんて」


「ぷくくく……」


「なになに?稲嶺、なんか知ってるだろ」


「だって……もう無理……」


稲嶺が必死に笑いを我慢している。これはろくな事じゃないな。七海ちゃんと安西のいたずら的ななにかだ。じゃないとしたら、おっぱいの感触を覚えていない俺は損をしたことになる。


「桐生くん、あなた、七海ちゃんのおっぱいに、頭突き、したのよ」


稲嶺が大笑いするのを我慢して教えてくれた。そんな記憶はない。なんか柔らかいものに……。


「はっ!?あれはっ!」


「あ!先輩覚えてるんですか!?」


「桐生くん、やっぱりエッチだ」


ひどいな安西、男はみんなエッチなんだぞ。おぼろげな記憶しかないなんて残念だよ。


「で?なんでこんなことになってるんだ?」


「利きじゃがりこに負けた罰ゲーム」


「七海ちゃんが負けたの?」


「負けたのは私」


稲嶺が手を軽く挙げている。意味が分からない。


「で、千佳がやっても起きないから私がやったの」


なるほど二番手に安西がやったのか。


「それでも起きなかったから、七海ちゃんが」


「そうです。後ろから行った私も悪いんですけど、いきなり起きあがらなくてもいいじゃないですか」


七海ちゃんはまだ胸を押さえている。そんなに強くぶつけてしまったのだろうか。


「すまん。なんか。そんなに強く起きあがってしまったのか。大丈夫か?」


「そうじゃなくてですね……!ちょっとお手洗いに行ってきます」


今度は3人揃って「?」となった。お手洗い?


「はー。びっくりした。フロントホックってこんなので外れることあるのね……。着けるのは楽なんだけど」


部室に帰って安西先輩にブラのことを言ったら大笑いされた。ひどい。


「なんかよく分からないけど、部活、始めるのか?」


「そうねぇ。利きじゃがりこ、桐生くんまだやってなかったわね?」


イヤな予感しかない。


「はい。これ。ケーキ。適当に選んできたからな!文句は言うなよ!」


罰ゲームはいつものケーキ屋でケーキを買ってくること。購入は部費からだから、懐は痛くないけど、なにかを失った気がする。


「桐生先輩、紅茶、まだですか?」


え?それもなの。女の子三人にそう言われたら断れないだろ。ずるいなコイツら。


「学校で楽しむ午後のお茶会。最っ高!」


安西は足を組んで伸びをしなが伸びをする。倒れるぞ。そんなことをしてたら。


「しかし、いいのか?こんなので」


「なんで?一番やる気がなかったの、桐生くんでしょ?発表なんていくつかやればいいし、基本的にこれが本当の活動って思ってたんだけど」


安西、こんなやつだったのか。ついに本性を見た気がする。やっぱり話を聞かない方が素なんじゃねぇか。まぁ、この環境は確かに最高だけども。


かくして5月には最高の部活環境を手に入れたわけだけど。ここからが波乱万丈大騒ぎな青春になるなんて思ってもみなかった。

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