第18話 埋め合わせ

今日は運命の15日。放課後の職員会議で我がスイーツ研究会発足可否が決まる。気になって仕方がなかったので、教室で待っていると先生に伝えておいたので、安西と稲嶺の3人で待っていた。七海ちゃんは流石に上級生の教室に行くのはちょっと……ということで図書室で待っているとのことだった。


「あ。先生が戻ってきたぞ」


果たして。


「おう。結果が出たぞ。OKだ。スイーツ研究会発足の許可が出た。で、部室なんだが。流石に大きなところは準備できなくってな。食べる研究会ってことで、家庭科準備室の利用許可を貰っておいたぞ。家政部のサブみたいになって悪いが、そこは許容してくれ」


問題ない。確か家庭科準備室にもコンロとかあったはずだ。出入り口も家庭科室とは別に廊下側にあったと思う。部室としては上出来だ。早速鍵を貰って家庭科準備室と言う名の部室に、七海ちゃんも一緒に行ってみる。


「お~~~」


結構まともな部屋だった。8畳くらいはあるだろうか。備品もそんなに置いてないし、机も椅子もある。十分じゃないか。あそこにあるロッカーは使ってもいいのだろうか。


「いいねいいね。なんか部活してる感じがする。今日はなんかお祝いでもしたくなるな」


「そうね」


というわけでいつものケーキ屋さんに。オーナーにスイーツ研究会発足のことを安西が伝えるとショーウィンドウに入っていたホールケーキをごちそうしてくれるとのことだ。安西、どれだけ常連なんだ。


「これはプレーンなショートケーキ。一応、ショートケーキはこのお店のこれを基準に考えましょう」


安西って仕事基質なのかな。お祝いのときくらい、そういうのを考えずに純粋にケーキを楽しめばいいのに。しかし、ここのケーキはどれをとってもハズレがないな。スイーツ研究家の安西がホームにするわけが解った気がする。


「まぁ、なんにしても部活として認められてよかったよ。NGで既存の部活に入る羽目にならなくてさ。安西、ゆるーく頼むぞ。そういうための部活だからな。自分でもそう言っていただろ?


「分かってるわよ。でも部費で食べるスイーツ最っ高!」


部費は学校からは毎月5,000円。それに加えて部員一人2,500円の計15,000円が部費になる。毎回割り勘とか面倒だしな。15,000で4人、一人頭3,750円。十分じゃないか。大きめのホールケーキが買えるくらいある。


「あの。桐生くん。ちょっといい?」


「なんだ?」


「この前のお試し恋人の件なんだけど」


まだえぐるのか。俺のHPはもう0よ!


「あの時に食べに行った珈琲屋、この近くにもあるみたいなの。今度一緒に行かない?」


それは2人でですか?みんなでですか?部活としてですか?


「あかね……桐生くん困ってるでしょ?ちゃんと説明しなさいよ」


「ああ、ごめんなさい。この前の埋め合わせとしてご馳走するわ」


なるほど。そういうことか。


「そういうことなら、ご馳走されようかな」


「それじゃ、今週の土曜日にいいかしら。私からあなたの家に行くわ」


「了解した」


ー土曜日ー


起きた。例の和菓子屋バイトの日から最近は早起きが習慣になってきた。良いことだ。朝ごはんもゆっくり食べられる。楓よりも早く起きる優越感。最高だ。

ご飯を食べ終えて、歯磨きもした。準備は整えた。あとは着替えるだけ。


「ところで何時に迎えに来るんだ?」


メッセージを送る。帰ってこない。とりあえずインターホンを押してみる。いる気配がない。


「まさか。これも演技的な?」


そうだとしたら流石に回復不能に陥りそうだ。


「はぁ。とにかく家でゴロゴロしよ」


そうするしかないじゃないか。


「さすがにこの時間だとは思わなかったぞ」


「言ってなかったっけ?」


「聞いてないし、連絡しても返事がないし」


「あら。そうだったの?」


今スマホ見てるし。


「あら」


「あらって……。ってかなにしてたの」


「ゴロゴロしてたわ。桐生くんがゴロゴロするのは至福の時って言っていたから。確かに悪いものではないわね。さ、行こうかしら」


この時間から出かけるなら晩ご飯になるだろうから、母さんにはその旨を伝えて出かける。時間は17:00だ。


「おお。本当だ。こんなところにも。結構あるの?このお店」


「そこそこあるみたいね。ボリュームがある喫茶店で有名みたいよ。で、今日はここでスイーツではなく、食事を楽しみます」


「だからこの時間?」


「そう」


だったら最初から言ってくれればいいのに。いつも言葉が足りないんだよ。


席に通されてメニュー表を見る。確かにこの前食べたのはホットケーキじゃないし。全然違うし。思いこみって怖いなぁ。


「おすすめはこのカツサンドかビーフシチュー」


珈琲店でカツサンドにビーフシチューってスゴいな。軽食の域を越えている気がする。


「それじゃ、ビーフシチューで」


「いいわ。高い方を選ぶのね」


「あ、いや。そういうわけでは」


なんとなく。昔はこんな感じじゃなかったのに。しゃべり始めたら止まらないというか。最近は言葉がいやに短い。ここの場面ならメニューについて聞いてもいないのに全部解説するくらいの勢いがあったと思うんだけども。


「なんか最近の安西、大人しくなったな」


「そう?私は私のままだと思うけれど?」


本人は自覚がないようだ。タイミング的には例の一件があってからの気がする。


「もしかして、気にしてる?」


「なにを?」


ほら、短い。


「いや、この前のお試し恋人みたいなあれ」


「今日はそれのお詫びだし、気にしてるわよ。千佳にもこっぴどく叱られたし」


稲嶺……、ありがとうな。ちょっと救われた気がした。


「ちょっと聞きたいんだが、安西が実際に恋人が出来たらあんな感じだと思ったのか?」


「そうね。たぶん。自分にとってイメージした恋人っていうのがアレだったんだけど、どうだったかしら?」


いや、言うまでもなく。たいていの男なら落ちる気がする。


「つかみとしては最高だと思うけど、ずっと続けるにはテンション高いかな。途中でガス欠しそうだ」


「勉強になるわ」


「ちょっと疑問なんだけど。二つほど。一つ目はあのマシンガントーク安西と、今の安西はどっちが素なんだ?あと、その服装は少しはを使ってくれている、ってことか?」


素朴な疑問。


「そうね。どっちが素か、と言われると難しいのだけれど、人として慣れてくると今の私が素、なにかしら。あと、この服装は気に入ったからよ。選んでくれてありがとう」


天性の男落としスキルを持っているのか安西は。


「ところで、桐生くんはどっちの私が好みなのかしら?」


どっちの。やかましい安西と、落ち着いた安西。正直迷う。明るい破天荒な感じも悪くないし。落ち着いた雰囲気の安西も悪くない。強いて言うなら後者はなにか見透かされているようで身構えることがあるくらいか。


「今の安西かな。話をちゃんと聞いてくれそうだ」


「あら、まるで私がお話を聞かない女みたいじゃない」


いや、聞かなかったじゃん。って、もしかして静かな安西は話を聞いてくれるのか?


「ああ、すまん。本心が出てしまった」


「酷いわね。聞くわよなんでも」


「それじゃ。安西、おまえ本当は恋人いたことあるだろ。あと。稲嶺もお前も吹奏楽部で浮いた存在だっただろ」


「言うじゃない。根拠は?」


今までの安西ならこういう話題は嫌っていただろうし、はぐらかしていたと思う。有無を言わさない行動でもって。


「恋人がいたって言うのは、この前の買い物の時に影を感じた。物理的に誰かついて来ていたというわけじゃなくてな。端々で懐かしいという目をしていたぞ」


安西は静かに聞いている。


「吹奏楽部で浮いてたという話。これは結構簡単だ。部活、そもそも出ていなかっただろ。稲嶺もお前も。帰宅部の俺が放課後の学校で見たことがあるていうのはそういうことだろ?おおかた、あのケーキ屋か公園で時間つぶしをしていた、というところだろう。どうだ?」


「ぼっちのくせによく見ているのね」


正解のようだ。予想するに、部活に入らなくちゃいけないってなったときに、既にスイーツ研究会の構想はあったのだろう。ただ状況的に誘える相手が居なかったから俺を誘ったのだろう。七海ちゃんを誘った理由だけは分からないけど。俺が誘ったのは偶然だったとは思えないんだよな。


「今、桐生くんが考えている事で概ね正解だと思うわよ。ちなみに七海ちゃんは……」


まさかとは思うけど。


「安西と稲嶺だったのか」


黙ってうなずく。まったく。不器用にもほどがあるだろ。普通に誘えよ。


「でもまぁ、話してくれてありがとうな。正直、七海ちゃんの件は良くないと思う。ちゃんと謝れ。それが筋ってモノだ。それでこの集まりが解散しても俺は仕方がないと思う」


黙ってうなずく。話を聞いてくれる、というより、これは懺悔だな。それを打ち明けるほどに仲良くなったと思ってくれたのだろうか。

そんな話をしているタイミングで頼んだ品物が運ばれてきた。正直重い雰囲気だ。店員さんも空気を察してくれたようだった。


「来てもらおうか」


「今?」


「そ。今」


こういうのは時間を開けてはダメだ。有無を言わさず、七海ちゃんと稲嶺に連絡を入れる。

30分ほどして七海ちゃん、それに遅れて稲嶺が到着。

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