第17話 部長

「では、これからいつものケーキ屋に行ってプリンを食べます。この前のコンビニプリンの味、思い出してね!」


唐突すぎる。有無を言わさず家主は玄関に突き進むものだから、ついて行くしか無い。そしてあっという間にケーキ屋に到着。


「店長さん、頼んでおいたやつ、お願い」


なに?頼んでおいたやつって。

いつもの奥の席に座っていたら注文もしていないのに、何も乗っていないプレーンなプリンが出てきた。こんなのメニューにあったかな。


「さ。食べるわよ。これはこのお店のオリジナルプリン。なんの飾りもしていないプレーンなプリン。これで比較がしやすいでしょ」


用意周到すぎるだろ。でもこうして俺もやられたのかなって思うとちょっと悲しくもなった。

お皿に盛られたプリンはコンビニプリンとと違って容器に入っていないのでカラメルが一番上に来ている。まずはカラメルの掛かっていない部分を……。


「おお……」


素人にも違いが分かる。味が濃い。トッピングとかした時に味が殺されないようにしているのかな。カラメルもちょっと苦めで甘ったるくなった口の中を中和してくれるというか。紅茶との相性もいい。コンビニプリンは紅茶というよりジュースと相性が良い気がしたのに。


「ここまで違うとは思わなかった」


七海ちゃんも同じ感想のようだ。これ、本当に同じ材料から出来ているのだろうか。


「安西、これって同じ材料何だよな?」


「基本的にはそのはずよ。でもお店ごとに隠し味とか分量とかが違うと思うわよ。当然ながら。あと、こういう違いってプレーンなものを食べてみないと比較しにくいのよね。ソースとか掛かっていたらわからなくなるし」


それで店の主人に何もかかっていないものを事前に注文していた、ということか。こりゃプリンだけで1学期終わってしまいそうな勢いだな。


「安西、ちょっと聞くけど、部活として認められたら、とりあえずプリンを集中して研究するのか?」


「そのつもりなんだけど、お店に行って、美味しそうなものがあれば、それも食べるわよ。比較できなくても」


それは部活じゃなくてただの食べ歩きだな。ま、適当な感じで嫌いじゃないからいいけど。


「稲嶺はいいのか?」


「何が?」


「太るだろ」


「なによ失礼ね。太ってないわよ。それとも当てつけ?」


いや。胸を太らせるとかそういうのじゃなくてですね。


「ケーキばかり食べていたら運動しないと太るだろ?もちろん俺だって。安西はどうしてるんだ?」


走っているわよ?


「え?いつ?」


「早朝」


あ、そうなんだ。吹奏楽部もの個人練習じゃなかったんだ」


「一緒に走る?岩神井川の川沿いを5kmくらいだけど」


「そうさせてもらおうかな。七海ちゃんも……って、あれか和菓子屋の手伝いがあるか。稲嶺はどうする?」


「そうね。電車通学やめて徒歩通学に変えようかしら。2駅あるからそれなりの運動にはなるでしょ」


七海ちゃん、どうすればいいんだろうか。太った七海ちゃんは見たくないぞ……


「あ、そういえば。この研究会の活動ってどのくらいのペースでやるんだ?流石に、毎日は無いだろうけど」


「そうね。周1回食べに行って、他の日は食べたもののまとめ、みたいな感じかしら?まとめって言っても部室で紅茶飲んでるようなものだと思うけど。あ、遠出するときは週末の活動もあるかも」


安西はメンバーに大丈夫?と顔を見回したが、特に厳しいものでもないし異議は出なかった。


「それじゃ、部長、部活動運営内容をまとめて、明日先生に提出しておいてくれかしら」


「え?俺?」


「だって部長さんでしょ?」


「いや。この流れ、安西が部長でしょ」


「私はアドバザー。運営事項は桐生くん。だから桐生くんが部長」


あ、これは断れないやつだ。稲嶺を見ても同じような表情をしている。七海ちゃんは後輩なので特になにも、って感じだ。


「分かったよ。作っておくから後で見てくれよな。それじゃ、俺は先に帰って作ってるから」


はぁ……面倒くさいことになってしまったな。これならボッチのほうが良かったのか?でも女の子3人で楽しく……。


「お兄ちゃん、安西さんに振られたんだって?」


な!?なんだとぉ!?なんで楓がそんなことを昨日の今日に!


「へへー。聞いちゃった」


誰に聞いたというのか。


「誰に聞いたの」


恐る恐る聞いてみる。


「安西さん本人から。アレはお試しだったんだって。さっきコンビニに行った時に」


Oh……。


「残念だったね~。ねぇ、慰めてあげようか」


嫌な予感しかしないけど、ここは素直に慰めてもらおう。


「頼む。可愛い妹よ」


「うっざ。まぁ、いいわよ。女心ってのはね。壊れるのを怖がるものなの。怖がりなら余計に。だから自分がマウント出来る立場を取ろうとするのよ。安西先輩、多分本当はお兄ちゃんのことが好きなんだ思うよ。自分が振られるのが怖いからあんなことしたんだと思う。何ていうのかな。相手の気持ちを試す?みたいな。だから、少しは期待してもいい気はする。本当に嫌いならあんなことしないでしょ普通」


結構まともに慰めてくれてる。が、それは俺が安西を好きである、という大前提があってのものだな?正直、自分でも分からんぞ。例え楓が言ったようなものだとしたら、余計にたちが悪いじゃないか。何かにつけて試してくることになる。


「さんきゅ。で、楓の方はどうなんだ?」


「うっざ。○ね」


あ、進捗駄目なのね。


部屋に戻って床に大の字になって寝転ぶ。そしてゴールデンウィークのことを思い出す。


「あれが演技なのかぁ。プロフェッショナルすぎるだろ。完全に騙された。恋しちゃったじゃんよ。でもなぁ」


さっき、楓と話していた時に考えていたことを思い出して気持ちがグチャグチャになる。ま、なるようにしかならないし、この状況を楽しむくらいの気概がないとやっていられないか。

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