第15話 買い物

桐生『ゴールデンウィーク、明日からなにか予定はあるのか?』


安西『特にない』


桐生『よし。どこかに出かけよう』


安西『二人で?』


桐生『二人で』


しばしの時間を待つ。マンガの単行本を半分くらい読んだところで返信が来た。


安西『いいよ』


桐生『それじゃ、明日の10:00に迎えに行く』


安西『分かった』


なんて事のないデートのお誘い。結構緊張するものだな。これ、面と向かって言ったらって思うと難しいかも知れない。メールは本当に偉大だな。


ピンポーン


出てこない。


ピンポーン


メールが来た。


『ちょっと待ってて』


10分、20分。帰っていいですか。


「ごめん!お待たせ!」


やあ、本当に待ったぞ。


「大丈夫だ。20分程度待っただけだ。問題ない。服とか選んでたんだろ?」


「うん……」


なんだこれ、可愛いじゃない。デートの服を選ぶ。きっと部屋にはあれやこれやの服が出されていることだろう。自分のために迷ってくれていたのだと思うと、少し嬉しい。


「で。どこに行く?」


「え?考えてないの?」


行き当たりばったり。折角のロマンチックな雰囲気が台無しである。結構おしゃれしてくれているので近所っていうより電車に乗ってお出かけという雰囲気だ。ここは無難に……。


「買い物にでも行くか。俺も部屋着はジャージだけですってのもアレだし」


「いいけど」


あ、ちょっとすねてる。乙女なデートを想像していたのだろうか。しかし、乙女なデートってどこに行くんだ。


「そういえば、最近、大型ショッピングモールがオープンしたの知ってる?そこに行ってみないか?」


「いいけど」


あ、やっぱりすねてる。これはフォローが必要だ。


「その服似合ってる」


「今更?」


ダメだ効果がない。


「その服、帽子があればもっと可愛い」


「そう?」


お。


「絶対に似合うと思う」


「選んでくれる?」


おお。


「いいよ。一緒に選ぼう」


「うん!」


達成。


恋人同士ってのはこういうやりとりを越えて親交を深めてゆくのだろうか。一抹の不安がよぎるが、なんだかんだで安西となら上手くやっていける気がしないではない。今のところ。


「すんげぇ混雑だな。はぐれないようにな」


ここで手を繋ぐのが王道なのだろうが、この人混みで手を繋ぐのは、ちと恥ずかしい。なんて思っていたら、腕を組まれた。というより、左腕に抱きつかれた。


おおおおおおおおっ!?


想定外である。全くの想定外である。俺はどうしたらいいんだ!?このまま歩けばいいのか?一歩踏み出す。ついてくる。もう一歩踏み出す。付いてくる。歩けばいいんだな?理解した。


「で、最初は……って、帽子屋だな」


案内板の横のショーウィンドウに俺たちの姿が映り込む。完全にカップルのそれだ。くっそ。今度はこっちが恥ずかしくなってきた。やるな、安西。


「ここ」


「みたいだな」


今日の安西はピンクのブラウスで首元に蝶々結びされた赤い紐、スカートは濃紺のロングスカートだった。ブラウスはちょっと攻撃力が高い。行き交うヒトの目線を感じる。特に男から。くっそ。見るんじゃねぇよ。


「いらっしゃいませ」


いらっしゃいました。帽子屋なんて初めてです。何となく帽子が似合う、なんて勢いで言ったけど、どんなのが似合うのか正直わからない。助けて!店員さん!


「彼女さんにですか?」


「はい」


店員さんは良い人だ。俺のSOSを受け取ってくれた。


「こういうのはどうだ?」


目の前にあった紺色のカンカン帽。スカートの色と合ってて似合う気がする。


「お客様、そちらもお似合いかと思いますが、これからの春に向けてでしたら、こちらの方が使い勝手が良いかと思いますよ」


持ってきてくれたのは麦藁のカンカン帽子。確かにこれなら白いブラウスにも合うだろう。シンプル故の万能デザインだ。


「いいじゃないか」


「うん」


ん?なんか微妙な反応。お好みじゃなかったのかな?ちょっと上目遣いで裾を引っ張られた。


「ん?」


そうか、そういうことか。俺に選んでほしいって事か。それなら俺の性癖全開で行くぞ。


「これだな」


手に取ったのは薄い朱色のベレー帽。そのまま安西のアタマに乗せる。これだよこれ。ロングスカートにはベレー帽!異論は認めない。


「どうよ」


「あ、とってもお似合いですよ。素敵です。彼氏さん、センスいいですね」


「うん」


うん、の反応がさっきと全然違う。どうやら正解だったようだ。ぼっち時代とは違うスキルが要求されるな。空気を読む。大変だけど、なかなか楽しいじゃないか。

早速その帽子をレジに持って行き、値段を見てちょっと考えてしまったが、七海ちゃんの和菓子屋でのバイト代がある。問題ない。


「すぐに使われますか?」


「はい。お願いします」


店員さんがタグを外して手渡してくれた。そしてすぐに安西に被せる。うん。いい感じだ。さすが俺。しかし、何かが足りない。


「うーん……」


「どうしたの?」


「いや、何かが足りない。こう……なにかが……」


「もしかして、これ?」


安西がめがねを両手で位置を直すような仕草をする。


「正解。行こうか」


上機嫌を絵に描いたような表情で再び腕に絡みついてくる。こういうのもいいじゃないか。さっき感じた目線が今度は「どうだ、羨ましいか」という感情に変わった。あとでカーディガンも買ってやろう。ちょっと隠したい。

めがね屋に到着して俺は他のデザインには目もくれず、黒縁めがねを選んだ。


「これ。掛けてみて」


最高。これだよこれ。異論なんて絶対に認めない。


「いいねこれ」


「だろ?絶対に似合うと思ったんだよ」


即決。安西は視力は悪くないので、普通のガラス。いわゆる伊達眼鏡だ。これも買ってあげちゃう。なんだか俺も楽しくなってきた。さぁ、次はカーディガンだ。


「ねぇ、道彦はいいの?買い物」


名前で呼ばれてこそばゆい。感じたことのない感覚だ。


「俺も買うけど、その前に。カーディガンって持ってる?」


「あるけど、ちょと小さくなっちゃって……」


理由は分かっているぞ安西。それを隠すためのカーディガンだ。


「いやさ。さっきから目線を感じててさ。他の人には見せたくないというかなんというか」


「~~~!!」


思いっきり顔を伏せているけど、恥ずかしがっているんだろうな。なんか最高だ。


「それじゃ、あかね、行くぞ」


「~~~~!!」


なんか楽しくなってきたぞ。今までの安西が嘘のようだ。恋はヒトを変えるのかな。お試しなんて言っててこれは本気なのかな?稲嶺、お前の勘はハズレたぞ。


「個人的にはこういうロングカーディガンが好みなんだが、これからの季節じゃ暑いよなぁ。それにロングスカートにしか合わないし」


「そんなことないよ。パンツスタイルでも使える」


そういうものなのか。ファッションセンスというよりも、俺の性癖の赴くままに選んだからな。そういうコーディネートというやつは一切分からん。


「でも、あついでしょ?これからだと」


「そんなことないよ?こういうやつなら夏でも着れるよ。日焼け止めにもなるし」


「なるほど……」


奥が深いなファッション。ジャージが親友の俺とは無縁の世界だ。


「これにする」


選ばれたのは薄いグレーのロングカーディガンでした。一番俺の反応が良かったものを選んだ気がするのは自意識過剰だろうか。レジでカーディガンの代金を支払っているとき「一緒に選ぶとは言ったけど、買って上げるとは言っていないような」とか思ったけど、あの反応を見てたらそんなのどうでも良くなった。


「次は道彦の番。欲しいのは部屋着だっけ?」


「そうですね。よく分からないので選んでくれると助かるかな」


「分かった。それじゃあ……」


お返し、ということで俺の分は安西が買ってくれた。ジーンズと上着2枚。最後にスポーツ系の7分丈パンツ。なるほど。今日のチノパンは微妙なようだ。おとなしく指示に従おう。


「そういえば、お昼、食べてなくない?」


「あ」


食事も忘れて買い物。楽しかったから良いけど、ご飯もしっかり食べましょう。時間が3時ということもあって、パンケーキと珈琲ジェリーという健康的なメニューを選んだ。


「ほら、一応、スイーツ研究会だっけ?だから問題ない。これは活動の一環だ」


入ったのは居心地が良いと有名なログハウス風のデザインな珈琲店。うちの挽きたて珈琲と比べてくれるわ!


「お?パンケーキだと思って注文したこれ、デニッシュパンだ。上に乗ってるのは生クリームじゃなくてアイスだ」


メニューのなにを見ていたのか。でもまぁ、美味しそうだし問題はない。それと珈琲は専門店に敵うわけもなく。完敗のうちに昼食という名のおやつは終わった。


帰りの電車でも安西の上機嫌は収まらず、引っ付きすぎて周りからの目線が痛かったけど、これは妬みだ、と言い聞かせてやり過ごした。


「それじゃ、今日は楽しかったよ」


「うん。ありがと」


後ろを楓が通り過ぎたけど、気にすることなく別れの挨拶。いやー、恋人っていいな。

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