第14話 彼女

「おはよう」


一番ゴロゴロしてるのが得意なはずの俺が一番早く起きるのは何故なのか。自分以外は爆睡である。安西の寝相が一番悪い。この時期にお腹を出して寝ている。風邪を引くぞ、とシャツを下ろした俺がバカだった。


「先輩、なにしてるんですか」


起きてきた七海ちゃん。思いっきり軽蔑の目線。勘違いされた。いや、されるよね。シャツの裾持ってるし。


「いや、お腹が出てたからさ」


「へぇ……」


七海ちゃん、信じて!


「あの、本当に勘違いですからね?」


「へぇ……」


結構意地悪なのかも知れない。そんなことを考えていたら、七海ちゃんが容赦なく稲嶺を起こす。安西も起こす。


「安西先輩、あのですね……」


「七海ちゃん?そのね?さっきのはね?」


「へぇ、へぇ、へぇ……」


あ、ダメだ。本当に疑われているらしいぞ。


「なに?なにかあったの?」


「安西先輩、起きましたか?さっき部屋に来たら桐生先輩が安西先輩のシャツの裾を……」


「直してくれたんでしょ?私、いつも寝相悪くて」


ありがとう。安西。安西は良い人。神様。


「安西先輩がそれで良いなら別に何もないんですけど」


安西は「何が?」という顔をしているが、そっち側にめくり上げたい衝動が無かったかというと嘘になる。だって見たいじゃん。


朝ご飯を食べる前にボイラーに火を入れてきた。最初に暖めておかないとご飯を食べた後にすぐに作業に入れないから、とのことだ。


「さて、やりますか」


作業着に着替えて厨房に入ると既に七海ちゃんの両親が作業に入っていた。餡を作る作業、蒸しの準備。俺たちはなにをやればいいのだろうか。


「先輩は倉庫から材料を持ってきていただけますか。これ、必要分です。荷台はあっちにありますので」


一番重たかったのはもち米。季節的に柏餅を沢山作るのだろう。当然のように砂糖もたくさんあった。和菓子だし和三盆とかいうやつなのだろうか。洋菓子との一番の違いは卵がほとんどない事だ。どらやきを作るときに使うって言ってたけど。そのあとはもち米を蒸したり、なにやらと結構忙しかった。いつもはこれを両親と3人でやっているらしい。だから遅刻しそうになっていたのか。


「はい、ありがとう。一端これで朝の仕事はおしまい。店番とかもあるんだけど、交代でいいかしら?」


といいながら制服を既に用意し始めていた。俺の周りには断る隙を与えない人しかいないのか。


「この制服、可愛い」


確かに可愛い。和服みたいなのかと思っていたら、和洋折衷な感じで。ちょっと胸が強調されるデザインなのは誰の趣味なのか。個人的にはお爺さんの気がしないでもない。きっと意気投合出来る気がする。


「結構疲れた。ってか、すんごい疲れた。七海ちゃん、こんなの毎日やってるんでしょ?すごいな」


「でもちゃんとお小遣い出ますし。結構良い金額になるんですよ?」


2日半の労働を終えて帰りの準備をしていたら、七海ちゃんのお母さんがやってきてバイト代を封筒に入れて手渡してくれた。結構な金額である。まぁ、住み込みでフル勤務だったし。


「それじゃ、今日はこれで失礼するよ。安西は一緒に帰るけど、稲嶺は……」


「心配してくれるなら送ってくれてもいいのよ?」


「何となく大丈夫な気がするから遠慮しておくよ。”彼女”の”あかね”にも悪いし」


わざとらしく、”彼女”だの”あかね”だの言ってみたら、稲嶺は「ハイハイ」という反応だったのに、当の本人はいやに恥ずかしがってて調子が狂う。七海ちゃんにも「本当の恋人同士みたいですね」なんて言われるし。


「それじゃ、帰ろうか」


荷物が重たそうである。ここは彼氏として男を見せなくては。


「そっちの荷物の方が重たそうだから交換しようか」


「いいの?ありがとう……」


恥じる姿が新鮮。ってかいつもの安西の姿はどこに行ったんだ。本当に調子が狂う。荷物を交換して、ちょっと気になったので本人に聞いてみることにした。


「あかねさ、もしかして恥ずかしいのか?」


「いや……うん……」


あ、やっぱりそうなんだ。女の子らしいところもあるんだな。いつもやられっぱなしなので、仕返しをしてやろうなんて思って、軽い気持ちで手を握ってみた。この前も自転車取りに行くときに引っ張られて手を繋いでたし。ケーキ屋に誘われたときも、こんなことになったときも手を握ったし。


「!!」


「どうした?」


「え……だって……これ……」


想定外。恥じらいすぎでしょ。こっちまで恥ずかしくなってきた。なんか安西の顔が見れない。


「いいじゃないか。恋人なんだろ?」


「そうだけど……。心の準備というか……その……」


「あかね、結構可愛いのな」


「~~~~!!」


ちょっと面白い。本当の恋人というものもこうやって相手をからかったりするものなのだろうか。


「ねぇ、道彦」


「なんだ?」


安西の玄関前に到着したときに不意に名前で呼ばれて今度はこっちがドッキリしてしまった。


「えい……」


抱きつかれた。不意打ちすぎる。すぐに離れて「おやすみ!」なんて言いながら玄関を開けて中に入ってしまった。


「なんなんだ……」


正直、めちゃくちゃドキドキしてる。女の子と抱き合った。というか、抱きつかれたのは初めてだ。胸の柔らかさとかそんなの分からないくらいの一瞬の出来事だったけど。


「ホント、なんなんだ……」


自分の部屋に帰ってからも考える。


「ホント、なんなんだ……。これは本気なのかな?だとしたら、俺も本気にならないと安西に失礼だな」


リビングに行くと楓がテレビを見ていたので、一応報告。


「楓。俺な、彼女が出来たぞ」


「は?」


「だから、彼女」


「誰と」


「楓も会ったことあるぞ。2件隣の安西だ」


「うっそ」


「ホント」


「なんで?」


「いや、和菓子屋に住み込みバイトしてただろ?その時に」


「なんか悔しいけど、おめでと」


「あ、や、ありがと」


てっきり、あり得ないとか、こんなやつに彼女とか相手が可哀想とか罵られると思ったのに。こっちも拍子抜けだ。


「楓はどうなんだ?」


「は?なんでお兄ちゃんにそんなこと報告しなきゃいけないのよ」


「なるほど。まだいないのか」


「うるさい!」


図星だったようだ。でもモテるらしい(自称)だから大丈夫なんだろうな。知らんけど。

楓のことよりも自分のことを考えないと。ゴールデンウィークはまだ続く。一応、彼女なんだし、デートにでも誘った方がいいのだろうか。個人的にはベッドでゴロゴロするのが最高に楽しいんだが、その誘いは流石にマズいし、早すぎる。それに、そういうことはお互いの気持ちがだな……。まずは本人に確認だな。

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