第12話 試される椅子

「おい、安西、なにしてるんだ」


「あ。残ってる餡が美味しくて」


餡を作ったあとのボウルに残った餡を食べていたらしい。虫かよ。七海ちゃんも困った顔してるじゃないか。


「あの……安西さん。多分、売れ残りが出ると思いますので、それで……」


ほら。こうなった。俺たちは手を休めることなく、言われた作業をこなしていった。というより休んだら動けなくなりそうだった。結構な重労働だ。一通り終わったら、七海ちゃんの両親が裏にやってきてお礼とお団子を持ってきてくれた。草だんごと餡の乗った団子。そういえば、この団子はなんて名前なんだろう。聞いてみたらそのまんま「餡団子」だった。

本当に和菓子にはお茶がよく似合う。口の中に広がった甘みが少し苦いお茶で中和されて、次の一口も最初の感動を味わえるというかなんというか。


「それじゃあ、これでお店は閉めるので、皆さんはお部屋で休憩してて下さいな」


作業着を脱いで最初に案内された客間に戻る。ゴロゴロするのがもっぱらの仕事だった俺に取ってこんな作業は久しぶりというか、高校生になってからは初めての経験だ。悪くない。なんて思うのは最初のウチだけなんだろうな。その後、七海ちゃんのお母さんにがやってきて、先にお風呂をどうぞ、とのことだったので、お言葉に甘えることにした、のだが。


「流石にお風呂は一つだよね?」


「はい。それは流石に」


ですよねー。全員入ったら結構時間がかかりそう。


「でも女の子3人なら一緒に入れるとおもいますよ。シャワーは2つあるので」


おお。広い。


「それじゃ、女の子連中が先に入ってきなよ」


「まぁ、女の子ですって奥様」


安西がおばさん的な感じで稲嶺に話しかけているが、慣れた様子でいなしていた。俺も稲嶺の行動を見習おう。

そんなことを考えながら畳でゴロゴロしている間、お風呂ではこんな会話が展開されていた。


「ねぇ、あかね。ちょっと聞いていい?」


「なに?」


「あかね。桐生くんのこと、好きでしょ」


「んー。好き、だけどなんで?」


「安西さん、それってと友達としてですか?恋人としてですか?」


「あ、七海ちゃんもそういうの好きなの?」


「まぁ。人並みには」


「んー……友達としては好き。恋人としてかぁ。ねぇ、千佳、恋人として、ってさ。そもそも恋人って何をしたら恋人なの?」


「何をしたら?うーん……七海ちゃん、分かる?」


「私、恋人とか以前に男友達がいたことがなかったので……」


「そっかぁ。そうだなぁ。一緒にいたい!とか手をつなぎたい!とか?あとはその人のことを考えちゃうとか?」


「なるほど。考えたことが無かった。お風呂から上がったら確認してみよう」


あ、そっちの方向に行くんだ。桐生くん、頑張って。そしてごめんなさい。七海ちゃんも同じような顔をしているので、あかねの性格が大体分かってきたようだ。


「それにしても檜風呂っていい匂いだよねぇ。自宅に檜風呂って贅沢よねぇ」


「これ、お爺ちゃんの趣味なんです。和菓子は香りも大事!普段から良い香りに包まれておくべきだ!とかもっともらしいことを言ってましたけど、単純に個人的に好きなだけだと思います。ちょっと安西さんに似ているのかも知れません」


あ。七海ちゃんもいうようになってきたのね。その意気よ。そして無駄と知りなさい。


「お。出てきたか。なんか女の子の濡れた髪って艷やかでいいものだな」


なんて妹には絶対に感じない感想が出た。


「やっぱり桐生くんってエッチなの?バスタオル巻いて出てきたほうが良かった?」


想像してしまったじゃないか。巻いたバスタオルから覗く谷間……スラリと伸びる足……首を傾げて片方に垂れた髪をタオルで挟んで濡れを取る仕草。完全に俺のフェチズムにあふれている想像をしてしまった。


「そういうことをいう安西のほうがエッチなんじゃないのか?」


「そう?」


そうでしょうよ。そういうのを想像させて俺に何をさせようとしているんだ。そんな姿よりも程よい感じでTシャツが何かを主張している七海ちゃんのほうがよっぽど……いや、やめておこう。稲嶺が可哀想だ。


「それじゃ、俺も入ってくるわ」


「どうぞ。私達が座った椅子があるわよ。誰がどれに座ったのかは、ご想像にお任せするけど」


だから、安西は俺に何をさせたいんだ。ほら、七海ちゃんが困ってるじゃないか。

俺は檜風呂に浸かりながらこの一週間を思い出す。長かった。今週が終わればワンダフルゴロゴロウィークの始まりだと思っていたのに。安西が英語の教科書を忘れて。なぜか俺の方に机を引っ付けて。学校が無理やり部活に入るようにいい始めて。それでなんだかんだあって、住み込みでバイトすることになって。給料が出るのか知らないけど。今までの人生で一番アクティブな気がする。おかげてクタクタだ。


「椅子。試される椅子。どこに誰が座ったのか」


あんなことを言われたものだから気になるじゃないか。洗っても気になるじゃないか。考えても仕方がないのでおシャワーでお湯をかけて座ったが、頭から安西の言葉が離れない。しかたないじゃないか!年頃の男の子なんだから!


「はぁ、安西のせいで余計なことを考えてしまったじゃないか」


本来、お風呂は一日の疲れと気分を洗い流すところなのに、余計に疲れたし、妙な気分を植え付けられてしまった。部屋に戻ると、前後どちらの椅子に座ったのか、とか聞かれるし。どうでもいいだろ、とか答えておいたけど。聞いてもいないのに私は奥、とか言い始めるし。そうか。俺は安西とケツ友達になったのか。そうかそうか。知るかそんなもん!


「それでは晩御飯にしましょう」


案内された場所には囲炉裏があって、鍋がぶら下げられていた。炭火の周りにはきりたんぽ。これはきりたんぽ鍋ですね。秋田の伝統料理だっけ?


「美味しい」


そんな単純な感想しか出てこないが、美味しい。炭火で焼くからだろうか。焼き鳥も炭火のほうが美味しくなるって聞くし。

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