第9話 予想外

「ここ?」


「はい」


「これ、家なの?」


「はい。玄関が遠くて面倒なんですけどね」


森じゃん。森のなかに家があるの?入り口は京都の嵐山よろしく竹やぶがキレイに並んでるし。照明がすごくきれいだし。


「ここまでありがとうございました。帰り道、気をつけてくださいね」


「お、おう。ご両親によろしくな……」


あまりの事に気のない返事なってしまった。七海ちゃんは玄関というか、庭の門扉?和風なやつも門扉って言うのか?分からんけど大扉の横の小扉から入っていった。


「すげぇなこれ。大名屋敷かよ」


絶対に中に庭園がある。絶対にある。そんでもってバカでかいお座敷があって縁側だって存在しちゃう。そんなのを想像しながら帰宅の途についたのだが。


「あれ。楓、こんな時間まで何してるんだ」


駅で楓にばったり会った。電車から降りてきたところのようだった。


「何って……塾でしょ」


「こんな時間まで?」


「そうよ。私今年受験なのよ?分かる?」


知ってるけど、そんなに難関校受けるのか?


「おにーちゃんに言われると腹が立つわね。難関校生徒のくせに」


そう。俺が通う学校は一応、難関校と言われる高校の一つだ。


「で、楓はどこを受けるんだ?俺と同じ高校、受験するのか?それなら勉強見てやれるぞ」


「その余裕が更にムカつく」


そんな理不尽な。兄からの愛の手はことごとく叩き落とすのが年頃の妹というやつなのか。


「ただいま~」


「あら、一緒だったの?」


「どっちか先にお風呂に入ってきなさい」


こういうときは兄は順番を譲るものだ。楓に先に入ってもいいよ、と譲ると、またしても「絶対に覗かないでよね」と言われた。妹のお風呂を覗く兄貴って存在するのかな。学校でそういう話でも聞いてきたのかな?今度聞いてみるか。


「出てこないな」


かれこれもう1時間を過ぎている。湯船で寝ているんじゃいだろうか。両親は先に寝てしまったし、起こしに行ってやるか……。


コンコン


「楓~開けるぞ~」


返事がない。脱衣所の扉を恐る恐る開ける。居ない。


「おかしいな。お風呂からも気配がしない」


コンコン


「楓?居るのか?」


気配がしない。まさか溺れてるとか?強めにドアを叩くが反応が無いので、仕方なしにドアを開く。


「楓?おーい」


誰もいない。


「アイツ、風呂に入らずに部屋に行って寝ちゃったとかか?」


頭を掻きながら楓の部屋に向かってノックをするがまたしても返事がない。大きめにノックしても返事がないので開けてみたが、ここにも居なかった。


「どこに行ったんだ?まったく」


後ろでで楓の部屋のドアを閉めて脱衣所の方にも行ってみたがやはり気配がないので、ソッチのほうを見ながらトイレのドアを開ける。


「どわぁぁっ!!!」


速攻でドアを閉めた。


「お風呂を覗くよりも気まずいものを見てしまったぞ。気が付かれたかな。流石に口を聞いてくれなくなりそうだ」


生唾を飲み込んでトイレのドアをノックする。


「おーい。楓?ここに居るのか?」


何も見ていない、という感じで声を掛ける。


「おにーちゃん?ねぇ、ちょっと聞きたいんだけど、さっきドア、開けたよね?」


冷や汗が背中を流れる。なんて答えるのが正解だ?誰かに聞くか?いや、そんな時間はないし、聞く勇気もない。妹が入っていたトイレのドアを開けてしまったんだけど、どうすればいい?変態じゃないか。聞けるわけない。早く!早く答えないと!


「いや、お風呂も部屋もノックして探したんだけど、どこにも居なかったから……」


「開けたのね?」


「スマン……」


何の返事もない。怒りを蓄積しているのだろうか。


「ねぇ、まだそこにいるの?ちょっとあっちに行ってて欲しいんだけど」


「ああ、スマン。部屋に行ってる」


「ありがと」


ああああああ!!!妹のトイレ姿を見てしまった!脳裏に焼き付いて離れない!そうだ。ケーキだモンブランだ。アレを……ああああああ!!!!!


コンコン


楓だな。なんて反応すればいいんかわからないが、謝るのが一番だろうな。一番恥ずかしいのは楓だろうし。


「はい」


静かに開くドア。ため息を付きながら入ってくる楓。


「その……スマン。反省してる。もっと確認すればよかった」


無言。


「おにーちゃん」


「なに?」


「どこまで見たの?」


あ、確認するんだ。答える方も恥ずかしいんだが。


「どこまでって……えっと。このへん?」


ジェスチャーで指し示すと楓の顔が真っ赤に染まるのが分かった。


「ううううう……」


「本当にスマンって」


「分かった。おにーちゃん悪くないし。あんなところで寝てた楓が悪いし。でも、その、さ。全部は無理だろうけど、忘れる努力はして欲しい、かな」


「了解した」


「それじゃ。先にお風呂入ってくる」


静かに閉まるドア。冷静に考えて、あの時、誰かに相談なんてしなくて良かった。楓の辱めを拡散させるところだった。しかしまぁ、人生で一番気まずい事案になったな。これは墓まで持っていこう。

ドアがノックされてお風呂を上がったと言われて入れ替わりでお風呂に向かう。


「ああ。あいつ、相当動揺してるな。下着が思いっきり置きっぱなしだ」


これもいったほうがいいのか、いつもの蓋付きランドリーケースに入れておいてあげるのが親心なのか。呼びに行ったら見たのが確定するし、入れて気が付かれても見たのが確定するし。駄目じゃん。両方駄目じゃん。後から気が付かれる方が恥ずかしいか?


コンコン


「楓、ちょっといいか?」


「さっきのことはもういいって」


「あ、いや、そのことじゃなくて、俺は自分の部屋に行ってるから脱衣所行ってきてくれ」


「なんで?」


「あ、いや、行けば分かるから。それじゃ部屋に行ってるから用事が終わったら呼んでくれ」


コンコン


「あの……ゴメン。なんか色々と迷惑かけちゃって」


「いいよ。誰にも言わないし言うようなことでもないし。心配するな」


「わかった……」


楓が自分の部屋に戻る音がしたので再び脱衣所に向かうと、さっきの下着は消えていた。さっきのトイレといい、この下着といい、凹んだだろうなぁ。俺自身も気にするレベルだし。トイレなんて反対だったらヤバみを感じる。目を合わせるのがキツイと思う。


「ホント、悪い事したなぁ……」


そのころ、七海もお風呂の中で今日のことを考えていた。


「スイーツかぁ。お父さん、なんていうかな。和菓子だったら許してくれるのかな。って、問題はお母さんのほうか。部活で遅くなるとか、休みの日に出かけるとかうるさそう」


お風呂から上がると、案の定、両親はもう寝ている。お店が休みの時は出掛けて遅く帰ってきてすぐに寝ちゃう。おかげでご飯も何もかも自分でやらなきゃいけないし。そのくせ、私のやることには口出しをしてくるし。正直なところうんざりしていたから、あのお誘いは嬉しかった。息抜きできるような気がする。

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