第8話 ほどかれた三つ編み

随分と慣れた感じになってきたようだ。早い気がするけど。順応性抜群だ。ますますなんで虐められているのか分からない。準備が終わって出てきた安西に事情を話すと、七海ちゃんもこっちに来てもらうのが良いんじゃないか、って事になったので僕が迎えに行くことにした。

しかし、最近の展開の速さは自分でも驚く。ただ英語の教科書を忘れた安西から次々に仲間が集まって築き上げた究極のボッチポジションが一瞬で瓦解したのだ。加えて下級生まで仲間になった。


「いや、信じられんな。全く。お、七海ちゃんだ」


自転車は置いてきたようで、駅前に制服姿の七海ちゃんを発見して軽く手を挙げる。最初は怪訝な顔をされたけど、僕だと分かると近寄ってきてくれた。


「最初、へんなジャージ着てたので誰かと思って。すみません」


「変なジャージ……」


確かに楓にブルース・リーなんて言われたけども。


「あ、すみません。てっきり制服でいらっしゃると思っていたもので」


一度口にした言葉は戻せないんだぞ七海ちゃん。


「いいよいいよ。妹にも同じようなこと言われてるし。それじゃ行こうか」


道すがら、鍵は学校で無くした、というより隠された、ということはないかも確認したけど、それはないとのことでチョット安心した。そこまでエスカレートはしていないようだ。他にも面倒なことに突き合わせちゃって申し訳ないとか、テンプレートな返事を貰ったりとか、いわゆる"さしさわりのない会話"をしていたらマンションに到着した。


「ここ。603号室が安西の家で、向こうの601号室が僕の家。つい最近までお隣さんって知らなかったんだ」


「そんなことってあり得るんですか?」


「帰宅部と吹奏楽部の生活時間が違いすぎたからみたいだな。お。安西、到着したぞ」


ドアが開き安西が出てきた。今日はキュロットを履いている。スカートは危険だと学んだようだ。でも長さ的に隙間が無謀な気もしたけど。指摘したら余計なことになりそうだから言わなかったけど。


「お邪魔します」


先に七海ちゃんが上がって僕がそれに続く。安西の部屋に入ってとりあえずカバンを置いて床のクッションに腰掛ける。数が増えているのはリビングから持ってきたのだろう。


「七海ちゃんは何時頃まで時間かかりそうなの?」


「22:00くらいでしょうか」


「ああ、それならウチも同じくらいの時間だからいいよ。あ、帰りは桐生くん、送っていって上げてね。女の夜道は危ないから」


言われなくてもそのつもりだったが。なんか頼まれると、俺がそんなこと思っていなかった風味が出てしまったのでちょっと悔しくなるものだ。


「じゃあ、折角集まったんだし、例の件、ちょっと考えておきましょうか」


「あの。その前にこれ、窮屈なんで解いてもいいですか」


七海ちゃんが三つ編みをほどきたいとのご要望。別に構わないよ、と伝えると、結んだゴムを外して手ぐしを通すだけで解ける髪の毛。キューティクル満点のストレートヘア。癖もつくことなくキレイに解けた。ついでに眼鏡まで外した。


「あれ?眼鏡……」


「あ、これ伊達眼鏡なんです。つけていると自分を防御できるような気がして」


一通りの作業を終えた俺の目の前には当初思ったとおりの黒髪美少女が姿を現した。虐められる意味がわかった気がする。妬みだなこれ。


「七海ちゃん、ソッチのほうがずっといいよ!可愛い!!」


「そうですか?でも私は"学校に行くときは"さっきの格好の方が良いと思うんですよね」


自覚があるみたいだ。試しに聞いてみると、それとなく僕が考えいたようなことを教えてくれた。陰気なやってどこにでも居るんだな。あらかた自分の好きなやつが七海ちゃんに惹かれて、それが気に入らないとかそういう理由だろう。


「さて、話題がそれたけど、どうしようか。あまりになにも考えてなくて完全にノーアイディアなのよね。桐生くん、なにか考えた?」


「いや。まだ。七海ちゃんは?」


「サークルみたいなものでも良いのでしょうか?」


「うーん……どうなんだろう。そもそも部活とサークルってなにが違うんだ?」


安西がスマホで検索している。こういうの早いやつだよな。


「安西、何だって?」


「なんか、学校に公式に認められて顧問とかがつくのが、部活、自由気ままにやるのがサークル、って感じみたい」


「ってことは今回は"部活"だな。顧問の先生も作ってことはその人が誰かによっても活動内容の許可範囲が変わりそうな気がするな」


今、顧問やってないフリーな教師って誰だ?


「あの。検討するのは文化部系なんですよね?」


七海ちゃんが確認してくる。これは基本条件。運動部は絶対に勘弁だ。あと、何らかの大会に出場するとかも勘弁願いたい。


「そそ。思いっきり文化部系。大会とかも無いほうがいいかな。安西は……安西?」


安西がウンウン唸っている。なにか難産なようだ。


「ケーキ。ってかスイーツ。私はケーキが食べたい」


甘いものを補給して頭の回転を良くする作戦か。悪くない。


「いいぞ。この前のケーキ屋のやつでいいか?なにがいいかな?指定ある?


「ケーキも食べたいんだけど、ケーキよ。スイーツよ。部活、部活!」


イマイチ安西の言いたいことが解らない。


「ケーキ食べながら部活するのか?放課後にティータイムする部活って何部って言うんだ?そもそもそれ、部活なのか?」


「ちょっと違って。うーん……なんて言えば良いのかななぁ」


「スイーツ研究会、ですか?」


「そう!それ!!それよ七海ちゃん!」


どうやら各地のスイーツを食べ歩いて評論、自分たちでも作ってみる、という部活のようだ。それでなにか発表するのだろうか。


「そうと決まったら早速行くわよ!」


決まったんだ。行くんだ。財布取ってこないとな。七海ちゃんもいいのかな。意見を言うなら今のうちだぞ。そうだ稲嶺にも連絡しておかないと。


稲嶺『そうなったら今更無理だと思うよ。それにスイーツなら私も嫌いじゃない』


稲嶺からの返事は肯定的だったので問題はなさそうだ。七海ちゃんは良いのだろうか。なんて考えいるうちに安西が準備万端!って感じで部屋のドアの前に立っている。なるほど、有無を言わせないってこういうことか。


「ここ!ここなのよ!今日の私が目指すスイーツのお店!」


慣れた様子で店内に入ると店員のおねえさんに「あら、今日は人数が多いのね」なんて言われる常連っぷりである。3人ならいつもの席に座っても問題はなかろう。

席につくと安西は僕のときと同じ様に七海ちゃんにはシュークリームを勧めている。あれ、最初の一品に決めているのだろうか。僕と同じく七海ちゃんも勢いに負けてシュークリームに決めた、というより決められたようだ。今日の僕はモンブランにした。秋じゃないけど、ケーキの定番のような気がして。安西はプレーンなチーズケーキ。なんでもプレーンなものはお店の技量が問われるからお店選びの判断材料になるらしい。


「わぁ。生クリームがすごい」


概ね同じような感想の七海ちゃん。少し気にしているのは多分カロリー。そういえばそうだよな。スイーツ研究会ってスイーツ食べ歩きとかするんだろ?そのうちデブの集いになるんじゃないのか?


「なぁ、安西、こうやって四六時中ケーキを食べるって太らないか?今まではそれなりにハードな部活やってたから大丈夫だったとか」


「そうね。吹奏楽部は大変だったわ」


だめだ。ケーキに夢中で全然聞いてないぞコイツ。


「安西さんって吹奏楽部だったんですか」


「放課後に一緒に居た稲嶺も元吹奏楽部だったらしいぞ。なんか相当厳しいらしくて」


正直、厳しい吹奏楽部って想像が出来ないんだが。同じ楽器のライバルと熾烈な争いでもあるのだろうか。それにしても運動が嫌でなにか部活を作ろうって話なのに、このままでは運動もしないといけない部活になりそうなんだが……。

一通りケーキを堪能した僕たちは、再び安西の部屋に戻り、さっき食べたケーキ談義に花を咲かせたわけだけど、最後に僕がカロリー消費方法について話を出すと、安西がお腹を摘んで「あっ」という顔をしたのを見逃さなかった。今まで気にしていなかったのかよ……。


「ああ、もうこんな時間か。そろそろ戻ってるんじゃないか?」


「そうですね。連絡してみます」


スマホでメッセージを送る七海ちゃん。僕と同じ機種だ。ケースは違うから見分けはつくだろうけど。


「帰ってるみたいです。あ、事前に連絡してあったので問題は無いです」


「そか。それじゃ、帰ろうか」


当初の予定通り、女の子の一人夜道は危険ってことで僕が付きそうって言ったんだけど、拒否されたのが悲しかったので、いいから、と半ば強制的に付き添うことにした。こんなところで意地にならなくても、というより、以前の僕なら面倒なことには関わりたくなくて絶対にスルーしていたと思うんだよね。僕も自宅に追加連絡を入れてから七海ちゃんの家を目指してマンションを後にした。


「七海ちゃん、無理してない?大丈夫?安西、あんな性格だからさ。嫌なら嫌って言ってくれても大丈夫だよ?」


「大丈夫です。なんだかんだでこういうの、楽しいですし。それにみんな優しいですし」


"みんな"の中に俺も入っているのだろうか。入っていなかたら流石に悲しいけど、確認するのも恥ずかしい。「おれも、優しい?」無理無理。


「そういえばさ、なんで学校では今の格好してないの?」


これは気になったこと。安西は「絶対に可愛いからそっちで行ったほうが良い」って言って収拾がつかなくなるだろうから聞かなかった話題だ。


「桐生先輩、察しが良いので分かるかと思いますけど、その……」


「妬み的なやつか。男子が勝手に寄ってきて何様?みたいな」


「はい。それが嫌で」


分かる。この容姿ならあり得る話だ。だから目立たないように。湿った空気を出して回避する。身を守る方法としては最適解な気がする。


「折角なのにもったいない、って思うのは状況を知らない立場だから言える言葉だよね。なんかスマン」


「桐生先輩、なにもそんなこと言ってないじゃないですか。でも分かってくれて少しうれしかったです。本当はこのほうが好きなんですよね」


そう言って髪に手ぐしを通す七海ちゃんはとても女性的だった。


「そういえば眼鏡は?」


「あ……」


どうやら安西の家に忘れてきたようだ。


「明日持っていくから。教室に持っていけばいい?」


「いや、あの……できれば今から取りに帰りたいのですが、よろしいですか?」


「僕は別に構わないけど。いいの?ちょっと遅くなるよ?」


「先輩が一緒なら大丈夫です」


なんか頼られてる先輩。かっこいい。悪くない響きだ。安西の家に到着したら、安西はお風呂に入っているとのことで母親が出てきてくれた。何気に会うのは初めてだったりする。軽く挨拶と経緯を話して安西の部屋から目的の黒縁めがねを取ってきてもらった。安西の母親からも夜道は危ないから云々言われたけど、俺が一緒なんで、というとなら安心ね、ねんて言われて俺ってそんなに信頼感高いのかなんて思ったりした。


「先輩って信用あるんですね」


「そうみたいだな。なんで?」


「先輩がトイレに行ってる時に安西先輩から桐生先輩はちょっとエッチだから気をつけてね、って言われてたんですよ」


「あの野郎……まぁ、一応男子高校生だからゼロとは言わないけど、状況と常識はわきまえますよ。なにかあったら大声出してくれ」


「なにかするんですか?あっちに丁度人気のない公園がありますけど」


「しないから」


七海ちゃん、結構冗談も言うんだな。こんな子がなんで虐められなきゃならんのだ。ますます気に入らない。

駅まで到着したところで「ここまでで」って言われたけど、折角なんで家まで送るよ、と言ってついていったわけで。で。驚いた。

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