第7話 伊藤七海

「どの子?」


「うーん……居ないな。黒髪三つ編みで眼鏡の子なんだけど」


もうまばらだし、帰ってしまったのかも知れない。先に下駄箱を確認すればよかったかな。


「あの……なにか……」


後ろから話しかけらてた。振り向くと目的の人物が居た。


「あ」


何でしょうか?という顔をしている。2年生が3人も押しかけてきているんだから、当然の反応か。


「桐生くん、この子?」


「そう」


「私、ですか?なにかあるんですか?」


真面目そうでなにかくせがあるわけでもなさそう。なのになんで虐められているのか。


「ねぇ。部活、なにか入ってる?私達、部活作ろうと思ってるんだけど、1人人数が足りなくて。ほら、最低4人じゃない?だから……」


「なんで私なんです?」


怪訝な顔になってきた。当然だろう。説明には順序ってものが……あると思うけど、俺もなんて言ったら良いのか分からない。


「こんなとこではなんだし、目立つから別の場所で話さない?あ、いきなりで悪いんだけど。ちょこっとだけ付き合ってくれないかな」


そう、こんな感じだよ。低姿勢で頼む感じ。俺、結構コミュニケーション能力高いんじゃね?


「分かりました。準備しますので、少し待っててください」


廊下で1年生の視線を浴びながら暫し待つ。そして、去年、入学したときの自分を思い出す。友達付き合いが面倒だから、わざと友達を作らないようにしていた自分がいた。話しかけるなオーラを身にまとい、話しかけられても気のない返事。下校は誰よりも早く。登校は計算したギリギリの時間。休み時間は睡眠を取って会話を遮断。半年もすると目的通りの完璧なボッチポジションを獲得した。


「おまたせしました」


「それじゃ、食堂にでも行こうか」


4人でぞろぞろ歩きだして食堂に向かう。そして着席。安西と稲嶺は並んで座って、彼女は僕の隣。そういえば名前まだ聞いていなかった。


「いきなりでごめんね。でさ、名前がわからないと話しにくいから、教えてもらえると助かる」


「伊藤七海いとうななみです」


「七海ちゃんね。あのさ、いきなりでびっくりしただろうけど、俺たちで部活を作れないかなって話てるんだ。今ある部活だとなんか馴染めないというかなんというか。そういう感じない?」


どういう感じなのか分からないけど、"感じ"は万能な言葉だと思う。生み出してくれた人、ありがとう。


「えと……そういうのはあります。正直、入りたいところなんてどこもなくて」


「おお。七海ちゃん。私達が求めていた人材は七海ちゃんのような人なんだよ!」


安西が身を乗り出して話しかける。七海ちゃん、ちょっと引いてる。


「安西、ちゃんと説明しないとわからないって。あのさ、ここに居る俺たち3人もそんな感じでさ。なんか縛られるような感じとかスポコンとか嫌いで。でさ、なんていうか、集まってその日になんかやりたいことをやりましょう、みたいな部活作れないかってさっき、先生に相談してきたところなんだ」


「そんなの許可出たんですか?」


「半分。流石に何をやるのかその日に自由に決めるのは微妙で、なにか目的がアレば、って感じ。だから、その辺も一緒に考えてくれないかって」


「どうかな?七海ちゃん?」


相変わらず安西は身を乗り出したままだ。稲嶺はそれをいつものことだね、というような顔で傍観している。


「別にいいですけど、私、少し面倒なことになってまして」


「例のやつ?」


「はい」


「大丈夫だと思う。そういうのからも逃げれる場所にしたいと思ってる」


これは本心。ああいうのは俺も嫌いだし、見るのも嫌だ。上級生と絡んでる人をターゲットにするなんてことはなくなるような気がするし。


「それじゃ、今週末、早速集まって何をするのか話し合わない?私の家で」


安西の家なんだ。俺は近くて助かるな。稲嶺と七海ちゃんの家はどのへんなんだろう。


「七海ちゃんはどの辺りに住んでるの?」


「隣の駅、北側の方です」


「おー。私の家の反対方面だ。そんなに遠くないかも知れないね」


「そういえば、稲嶺はどの辺なんだ?」


「私?私はあかねの駅の反対方面に2駅」


こちらもそんなに遠くなさそうだ。場所的には丁度良いだろう。


「で、どうかな?」


「別に構いませんけど、本当にどうなっても知りませんよ?」


「大丈夫大丈夫。なんかあっても私達がなんとかするから」


さらっと巻き込まれたな。もう安西からは逃げられない気がする。稲嶺は最初からそれが分かっているようで、俺を見て諦めなさい、というサインを送ってきていた。


「じゃ、まぁ、連絡先も交換したし、今日は帰ろうか」


全員で問題の下駄箱に向かって歩き出す。


「大丈夫?」


「はい。今日は」


「良かった。


「あ、でも今日はこれですね」


画鋲が靴の中に入っている。なんというか子供っぽいというか。画鋲をゴミ箱に捨てて中を再度確認して革靴を履く。僕は周囲の様子を伺っていた。こういうことをするやつは暇人で、どこかから見ていることが多いからだ。僕も不動のボッチポジションを得る過程で少しそういう経験があった。


「いないな」


「誰が?」


「いや、なんでもない」


「見ていないみたいなんですよ。私もそう思ったのですが」


七海ちゃん、冷静だな。なんか慣れているというか。こんなのに慣れるなんて良くないと思うけど。


「七海ちゃんは電車?」


「いえ、自転車です」


「じゃあ、ちょっとバラバラになるね。俺と安西は歩き、稲嶺は電車、七海ちゃんは自転車だし」


「そうですね。でも今日は歩きになると思います」


自転車の前にやってくるとタイヤの空気が全部抜けている。バルブの部品が無くなっている。なんとまぁ子供じみた陰険ないじめか。小学生かよ。


「ねぇ、七海ちゃん、いやに落ち着いてるけど、そのさ……」


「はい。こういうの慣れっこなんです。でも反応しなければこれ以上ひどくなることもなくて。今のところは。」


やはり慣れてしまっているのか。まぁ、派手な反応をするほうがエスカレートするって聞くし、良いのかも知れないけど。それにしても。


「これ、部品が外されてるだけだと思うから、まずは自転車屋かホームセンターに行こうか」


「あ、いや、そこまでしていただかなくても」


「乗りかかった船、みたいな?いいじゃない。私達がそうしたいだけだから」


安西がああ言い始めたってことは有無を言わさずってやつだな。諦めるんだ七海ちゃん。スマホで近所の自転車屋かホームセンターを探すと自転車屋のほうが近かったので、そこに向かうと、目的のものはあっさり見つかった。値段も安いものだったが、精神的苦痛は高くついた気がする。店の主人もなんか気がついたようだが、触れないようにしていたような気もした。


「なんにしても、これで自転車復活だね」


「はい。ありがとうございます」


自転車屋に向かう途中に稲嶺は駅に向かうために解散、僕と安西は隣駅まで七海ちゃんと一緒に歩いて駅で解散した。


「それにしても、七海ちゃん、なんで虐められてるんだろうね。話した感じも普通だし、虐められる要素が見当たらないというか……」


「そうか?虐めなんて理由は何でもいいのさ。集団活動で溜まったストレスの吐き出し先が虐めの本当の姿だって思ってる。もしくは集団のリーダーが皆を主導することでリーダーの地を固めるためとか。なんにしてもくだらない理由がほとんどだと思うよ。僕の場合はクラスの人気者が話しかけても無視してるアイツは生意気だ、見たいのから始まったし」


「無視は良くないんじゃないかな……」


「え?そうか?話したくないんだから。向こうが空気読めって話だろ?」


「うーん?まぁ……そうなのかも知れないけど」


そんな話をしているうちにマンションの玄関までたどり着く。


「おにーちゃん!誰それ!?まさか彼女!?彼女なの!?彼女が出来たの!?ウッソでしょ!?」


「2件お隣さんの安西さんだ。たまたま同じ高校の同じクラスってのが最近わかったものでな。で、彼女は安西に失礼だから訂正しておけよ。スマンな安西。あれが妹の楓だ。騒々しいが、仲良くしてやってくれ」


「楓ちゃん、よろしくね」


「だよねー。おにーちゃんに彼女とかないよねー。安西さん、よろしくおねがいします!それじゃ、私は出掛けますので!」


妹と安西さん、二人共嵐のような性格だから掛け合わせると止まらなくなりそうで怖い。


「可愛い妹さんじゃない。モテるでしょ」


「可愛いかどうかは分からないけど、どうやらモテるようだ。何回か告白されたとか自慢された事がある。知るかそんなもんって思ったけど」


「ちがうよ~。おにーちゃんにやきもち焼いて欲しかったんだよきっと」


「いや、ないでしょそれは流石に。それじゃ明々後日、土曜日の打ち合わせまでになにか候補を考えおかないとな。今日はお疲れ」


そう言って家に入ろうとした時、また部屋に来ないか誘われた。別に断る理由もないので「着替えたら行くよ」と伝えて部屋に戻る。


「なんだかんだで色々と俺に声を掛けてくれるけど……うーん……まさかなあ」


干してあった黄色いジャージに身を包み、安西家のインターホンを鳴らす。「ちょっとまって」の声とドタドタする音が聞こえた。


「しまったな。女の子は時間がかかるものだった。部屋の片付けもあるだろうし。早すぎたなこりゃ。」


そんなことを考えていた時にスマホにメッセージ着信があって、内容を見ると救援依頼だった。差出人は七海ちゃん。


七海『家の鍵をどこかに落としてしまったようで。今日、親は帰ってくるのが遅いので時間つぶしに付き合ってくれませんか?』

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