第6話 帰宅部長
「桐生くん!」
家を出ると後ろから聞き覚えのある声で呼ばれた。振り向いたら案の定、安西で自宅のドアに鍵を掛けている最中だった。
「いつもこんな時間なの?ギリギリじゃない。間に合うの?」
「計算し尽くした結果の時間だ。大丈夫。予鈴5分前には着席できる」
昨日、一緒に登下校とか言ってたけど、正直お世辞かと思っていた。まさか待ってるとは。ってか、なんでわかったのか。不思議そうにしていたら安西の方から種明かしをしてくれた。
「玄関横の部屋から見てた。前を通ったのが見えたから。あ、先に走っていったのが妹さん?楓ちゃんだっけ?」
「そう。アイツもいつもギリギリだな」
「兄妹似てるね」
楓と似ているなんて不本意だが、その通りなので否定は出来ない。それにしても何時から監視していたのだろうか。吹奏楽部は朝練があるって言っていたから、遅くとも学校には7:30には到着していたのだろう。今は8:15だ。1時間近く待っていたのだろうか。それともギリギリって言ってたから8:00くらいから見ていたのだろうか。気になったけど「いつから待ってたの?」って聞くのは、俺を待っていたんでしょ?とかそういう感じになるし確認はしないでおこう。
「あれ?今日は自転車じゃないの?」
「私もウォーキング。美容と健康のために」
「そうか。それは良い心掛けだ。こう、背筋を伸ばして……」
本で読んだウォーキングの方法を伝授する。自分が出来ているのか怪しいけども。
「結構疲れるのね。これは運動になりそう」
「そうそう。お尻に力が入るからリフトアップ効果もあるらしいぞ」
「リフトアップ……」
安西がお尻をカバンを持っていないもう片方の手で押さえる。昨日、あんな事があったので、この程度の仕草すらなんか気になる。
「うん、まだ大丈夫。だと思うけど、頑張っておくね!」
安西はスタイルも良いし、頑張らなくてもそのままで行けそうな気がしたけど、磨けば更に、って感じもする。
「本当だ。5分前」
「な、間に合っただろ?」
定刻通りの到着だ。
「どこに行くの?」
カバンを机に横にかけて教室後方にそのまま歩きだすと安西が不思議そうに訪ねてついてきた。
「ロッカー。教科書とかノートとか。今日って国語だっけ?古文だっけ?」
「古文。なんかすごいねぇ。秘密基地みたい。全部置いていってるの?」
「ああ」
重たいし。家で勉強なんてしないし。安西はあの様子だと、真面目に自宅で時間割を確認して持ってきている様子だ。
「自宅で勉強してないのに赤点取らないなんてすごいなぁ。私、この前、数学赤点で補習あったし」
意外。なんか勝手に成績良さそう、って思ってたのに。吹奏楽部の練習がきつくて勉強できなかったのかな。しかし、教室に入ってからも同じ様に話しかけてくるんだ。このクラスのボッチ代表に話しかける姿はさぞかし珍しく見えるものだろう。それは授業中になっても続いた。
「(ねぇねぇ)」
隣の席から呼ばれる。なにかと思って左を向くと、「んーん(笑)」みたいな感じ笑うだけ。わけがわからないので「うんうん」とうなずき返す。何回かこんなやり取りがあったけど、なんなのか本当に分からなかったのでお昼休みに聞いてみた。
「授業中のあれ、何だったんだ?」
「ん?なんでもないよ?呼んで、返事をしてくれて、それで満足」
なるほど。異次元の戯れだ。
「あれ?お弁当なんだ」
「ウチはね。安西は?」
「ウチは両親ともに早いから。学食かな。ね、一緒に食べない?」
学食で。一緒に。お弁当を持って。学食で。想像しただけで視線を集めそうだ。学食で弁当なんて女の子同士とかでしか見たことがない。男女でなんて完全にカップルじゃないか。
「ちょっとそれは恥ずかしいかなーって」
「うーん。分かった。じゃあ、購買でパン買ってくる。先に食べてていいよ!」
ホント、嵐のようなやつだな。廊下は走っちゃいけないんだぞ。
「なぁ、おまえ、安西とあんなに仲、良かったっけ?」
前の席の名も知らぬ野球部員が話しかけてくる。
「一方的にな。昨日、英語の教科書を忘れて見せてから」
「へぇ。やるじゃん」
なにもやってねぇけどな。どちらかというとやられたほうだ。
「お待たせ!あれ?先に食べてていいって言ったのに」
「まぁ、礼儀と言うかな」
本当は名も知らぬ野球部員に話しかけられていただけなんだが。
「みて!焼きそばパン!購買の一番人気!買えたんだ~♪」
おめでとうございます。何にでも幸せを感じるこの性格、ちょっと羨ましい。そして。2人で食べるお弁当は思っていたよりも楽しかった。おかずの話題とか、好き嫌いの話題とか。安西だからなのかも知れないが話題は結構尽きないものだ。
「なぁに?あかね、桐生と付き合い始めたの?いがーい」
意外とは失礼な。確かに意外だけど。もし付き合っていたのなら。
「ちがうよ。昨日教科書を見せてもらってから仲良くなっちゃって。桐生くん、結構楽しいよ?」
おもしろ存在なんだ。
「へぇ。私も仲間に混ぜてよ」
「いいよー」
俺の許可は求めないんだ。別にいいけど。
名も知らぬ野球部員が去った椅子を反対に向けて僕の机の上に乗せられる小さなお弁当箱。よくそんなのでお腹減らないものだ。安西も焼きそばパン1個だし。
「あ、はじめまして。じゃないか。クラスメイトだし。私、稲嶺千佳いなみねちか。ちょっと前まで同じ吹奏楽部だったんだけど、キツくてやめちゃったんだー。だからあかねと同じ帰宅部。桐生くんって帰宅部の部長さん何でしょ?よろしくね」
いつのまにか部長になっていたらしい。なぜなのかは想像に難くないけど、なんか微妙な気がする。
「私ね、昨日知ったんだけど、桐生くんの2つ隣の部屋だったんだよぉ。すごいでしょー。こんな偶然ってないよねー」
「うっそ!?マジで?それ、運命の出会いってやつじゃん」
そう。マジです。俺も驚いてます。でも運命の出会いには間違いないけど、恋愛沙汰にはなってませんね。
「でさ、桐生くんは、あかねのこと、どう思ってるの?」
いきなりそこに飛ぶんだ。流石に考えてないぞ。どうもこうも昨日から仲良くなったクラスメイト。それ以上でも以下でもない。あ、でも自宅が近いという奇跡はあったか。
「うーん。昨日から仲良くなった"らしい"友達かな?賑やかなんで退屈しないかな」
「あーわかるぅ。あかね、すっごいでしょ。喋り始めたら止まらないというか」
はいその通りです。俺に対してだけじゃなかったのね。なんか焦ってて喋り倒してるわけでも無かったのね。アレが普段の安西なのね。
「でも退屈しないから」
これは本心。つまらない灰色の世界に色が塗られたというか。なんか明るくなったのは事実。
「そうなんだ。良かった。うるさいって思われてたらどうしようって思ってた」
あ、自覚あるんだ。
「ねぇ、あかね、あの件、どうする?部活の」
「あー……、あれね。放課後に桐生くんと先生のところに行こうと思って」
マジで行くんだ。ってか友達部とか絶対に無理でしょ。
「え?なに?新しい部活作るの?どんなの??」
「まだ名前とか決まってないんだけど、帰宅部が集まって、その日にやりたいことをやって親交を深めて脱ボッチ!みたいな」
なるほど。俺による俺のための部活、なのね。ありがとうございました。ほんとうにありがとうございました。
「なにそれ。楽しそう。私達も部活やめて孤独な身だからねー。ね、私も一緒に行っていいかな??」
仲間が増えた。このままではボッチなんて言えなくなるんじゃなかろうか。
放課後に先生のところに行って簡単な概要を説明する。
「うーん……。さながら友達部、だな。桐生、お前、帰宅部部長だったよな?」
だから、なんでそのポジション、先生まで知ってるんだ。俺もさっき知ったばかりだけど。俺って有名人だったのか?
「ええと?そうなんですか?」
「全校部活参加の職員会でも帰宅部のエースって言われていたぞ」
ものすごい期待を込めたれた背番号1だな。とても一人で投げ抜く自信はないぞ。
「へぇ、桐生くん、すごい人だったんだね」
安西、そこは……、あ、この部活を作るのには最適なのか。ここは俺が……。
「はい。そんなわけで、僕みたいな人たちが集まって人付き合いというかそういうのが出来るようになれたらなって。社会人になってからそういうのって出来ないですし」
よし、最もなことを言えたぞ。
「うーむ。そういう着眼点は先生にも無かったな。確かに、今まで一人を貫いてきたような生徒にいきなり集団行動を求めるのは難しいかも知れないな。だが、なにをやるのかっていうのは明確にしてもらわないと部活、って言えないから、なにか考えてきてくれ」
職員室を後にして、自分の発言にちょっとびっくりしている。雰囲気に乗せられただけなのか、本当は俺はそう思っているのか。
「ねぇ、なんか楽しそうになってきた。あかね、どんなのにするの?」
「そこは部長さんに聞いてみたほうがいいかもね」
二人共俺を見てくる。あ、やっぱりそうなるんだ。俺が部長なのね。
「それじゃ、今週末からゴールデンウィークだから、そこでなにか考えようか」
「きゃー。お休みの日に女の子二人を誘うなんて、桐生くん、積極的な人だったんだね。知らなかった」
そうだな。俺も今知ったよ。そういえば、ボッチといえば、例の革靴の女の子、部活とかやっているのかな。誘ったら来るのかな?
「なぁ、安西、俺さ、ちょっと気になる子がいてさ」
「なになに恋愛相談?あかねに相談するってことは、あかねのことじゃないの?もしかして私?」
この稲嶺ってやつも大概だな。安西と友達なだけあって同じような空気感だ。
「そんなんじゃなくてさ」
僕は今までの経緯をはなす。
「なるほど……。その子、誘おう。駄目だよ、そういうのは。一人だと標的にされがちだから」
安西、正義感が強いのか。言い換えると面倒事を連れてくるのが好きなのか。
「それじゃ、早速行ってみようよ」
「どこに?」
「その子のクラス」
「1年生なのは分かってるけど、何組なのか知らないよ?」
「私達のクラスの反対側の下駄箱なら4組」
そんなのよく覚えてるな。というわけで階段を一つ上がって1年生の教室が並ぶエリアへ。学年が違う場所はなんだか異国に来たような錯覚を覚える。1年4組は一番奥だ。異国の最深部まで侵入して後ろのドアから教室を覗く。
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