第3話 601と603
「ね?桐生くんの家ってどっちの方?」
「ああ。ここから歩いて20分くらいのとこだ」
「どっちに?」
「隣駅の方向。電車に乗っても同じ時間だから歩いてきてる」
「なんで自転車じゃないの?」
「帰宅部唯一の運動を兼ねて、かな」
「おお。なるほど。私もそうしようかな」
私もそうするって、歩いてんじゃん。
「安西はどっちの方なの?私も同じ方向。自転車で……あ。自転車。学校に忘れてきた」
忘れるものなのか、そんなもん。
「ねぇ、取りに行くから一緒に帰ろうよ!乗せてあげるから!」
「ちょ!まっ!」
思いっきり手を引かれて走られた。つまずきながらもなんとか体勢を持ち直して一緒に走り出した。スローモーションで「あははは、あははは」って手をつないでスキップするカップルが頭に思い浮かんだけど、完全に手を引かれている俺は最高に格好悪く見えたことだろう。
「はい!自転車!」
「そうだな。自転車だな。で?どうやって乗るんだ?」
荷台がない。砲弾型のライトに可愛い前カゴ。銀色に輝く泥除けには荷台がない。
「そーのよ!乗れないの!忘れてた」
だから、そんなことって忘れることなのかよ。
「まぁ、いいや。俺は歩いて帰るよ」
「だめ!乗せるって言ったんだから」
いや、だから乗れないだろ。どこに乗るんだよ。安西が立ち漕ぎして、俺がサドルにでも座るのか?想像して引きつってしまった。
「あ!あれやって帰ろうよ!」
安西が指さした方向には、後輪車軸の上に無理やり乗って肩に手を置いて乗るカップルの姿があった。あ、怒られた。二人乗りは道交法違反だし、当然のことだ。
「いや、今思いっきり怒られてたじゃん」
「学校から少し離れれば大丈夫だって!」
どうしても二人乗りで帰るらしい。さっきのケーキ屋といい、拒絶は許されないっぽいので「じゃ、行こうか」と諦めの返事をして学校を後にした。
「この辺からなら大丈夫かな~」
自転車にまたがって、「さ!早く後ろに!」みたいな顔をしているが、普通ここは男が漕ぐのでは。
「俺が漕ごうか?」
「いいのいいの!乗せるって言ったんだし」
引っ込みがつかなくなったのか、決意表明丸出しの顔で気合を入れている。前カゴには俺のカバンは入りそうにないので肩に掛けて後ろに乗る。当然、手は安西の肩を掴むわけで。
「うわ……」
「え?なに?私の肩、なんかついてた??」
「いや、そうじゃなくて……」
あまりの細さにびっくりしたのだ。女の子ってこんなに細いのか。楓の肩なんて掴んだことないからな。この前も肩こりが酷くて、なんて言うものだから「揉もうか?」って言ったら烈火のごとく変態扱いされたし。
「それじゃ、出発します!振り落とされないようにご注意下さい!」
とても振り落とされない速度でよたよたと走り出す。
「やっぱり、俺が漕ごうか?」
「大……丈夫……!」
いや、この坂は無理だろ。俺は自転車の後ろからヒョイと降りたら安西はバランスを崩して転けそうになってしまった。
「あー、びっくりした~。できれば降りる前に行って欲しかったな」
「スマン」
サドルの前に降りる時にスカートがサドルに引っかかって水色のパンツが見えてしまったのも一緒に心の中で謝った。
「やっぱり無理だったねぇ。吹奏楽部は肺活量が命!でも運動部じゃないから無理だった」
「運動部でも無理だろこれ」
相当疲れてそうだったので、自転車は俺が押して、安西は手を組んで上に伸ばしながら横を歩く。端から見たらカップルのように見えるのだろうか。
「あ。俺、このマンション」
「うそ!私もここなんだけど」
「マジ?」
「うん!マジ。なんで?会ったことないよね?」
「ないな。俺はギリギリの登校だし、そっちは部活で遅い帰りだっただろうし。生活時間が違ったからじゃないか?」
「なるほど~。でも偶然だね!これからは一緒に登下校出来るよ!」
なるほど。一緒に。するのか。マジで?
「ねぇ、桐生くん何階?」
「6階」
「え?私も6階なんだけど。何号室?」
「601」
「私は603ってええ!?会ったことないよ!?なんで!?」
これが引きこもりとリア充の生活時間の違いってやつか。休日はベッドの上が定位置だし。でもまぁ、これで今日の嵐から開放されるのか。僕のほうが奥の部屋なのに、安西は僕が家に入るのを眺めている。変わったやつだ。
「うん??」
ドアが開かない。鍵が閉まっているんだから当然のことだ。カバンを探すが目的のものが見つからない。あ、そうか。今朝は鍵を忘れてんだった。呼び鈴を鳴らしても何の反応もない。母さん、またお茶会か。楓も多分遊びに行ってしまったのだろう。おおよそ2~3時間、どうするかな。
「入らないの?」
「いや、鍵がなくてさ」
「入る?こっち」
安西が自宅のドアを開いて誘っている。流石に出来すぎているのであら手の美人局何じゃないかって思うほどの展開だ。
「いや、いきなり自宅に上がらせてもらうってのは……」
「大丈夫大丈夫。両親、今日も22:00くらいまで帰ってこないから」
いや、そこを一番心配したんだけど。でもこれも拒否出来ないんだろうな。諦めるか。これがバレたら楓になんて言われるのか想像に難くないけど。
「そうか。悪いな。多分2~3時間くらいで帰ってくると思うから」
「うんうん。わかったよ~」
なんでこんなに嬉しそうなのか。今日の運命の出会いはそういうものなのだろうか。ちょっと期待してしまう。
「おじゃましまーす」
なにもない部屋。必要最低限の物しか置かれていない部屋。ここはマンションのモデルルームか。同じ間取りだってのに別世界すぎる。
「ちょっとそこに座ってて。着替えてからお茶入れるから」
案内された高そうなソファ。なるほど座り心地も高そうだ。眼の前には観葉植物が添えられた壁掛け大型テレビ。うちはあそこに棚が置いてあって、棚の上はごちゃごちゃものに溢れている。それに何だあのデカイ縦長のスピーカー。あまりの違いに悪いと思いながらも周囲を見回してしまう。
「お待たせ。って、なにかあったの?」
「ああ。すまん。間取りの部屋なのにウチと全然違うなって思って。こっちのほうが綺麗でいいや」
「あー……これ、パパの趣味なんだよね。このカウンターの上になにか置こうとするだけで怒るの。ちょっと面倒くさいけど、私パパが大好きだから仕方ないかなって」
娘に大好きと言わしめるパパ。あなたは偉大だ。うちの父さんは楓に臭いとか邪魔だとか罵られまくっている。俺から見てもちょっと可哀想だ。
「落ち着かないなら私の部屋に行こうか。ここより一般的な部屋だし」
安西はそう言って入れた紅茶を持って部屋の方に歩いていってしまった。これは付いていく……べきなんだろうな。
「おじゃましまーす……」
「なんでそんなに改まってるの(笑)。別に普通でいいよ」
普通。普通とはなんなのか。女の子の部屋に入る普通とは。「へぇ、綺麗な部屋だね」とか「可愛い部屋だね」とかなんかお世辞を言うものなのか。そんなものどうでも良くて、女の子の部屋なんて入るのが初めてだ。楓の部屋ですら中学校に上がってからは入っていない。もとい入らせてくれないからな。
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