50 関谷さゆり

 関谷さゆり


 ……ばいばい。今まで本当にありがとう。


「久美子ちゃん。今まで本当にありがとう」

 さゆりちゃんの声が闇の中からそういった。

「なに言っているのさゆりちゃん!! 早くこっちに来て! そんなところにいたら、『闇闇(やみやみ)』に飲み込まれちゃうよ! さゆりちゃんが闇闇になっちゃうよ!!」

 泣き叫びながら久美子はいった。

「いいの。久美子ちゃん。私は最初から、きっと『こうなる運命だったんだと思う』」

 さゆりちゃんは言う。

「……だって私は、『偽物』だから」

 久美子はさゆりちゃんが話していたこの世界の秘密についての話を思い出す。


 さゆりちゃんは自分の考えやこの世界の仕組みについての推理を久美子と信くんの前で話した。

 そのさゆりちゃんの話を久美子は、一部の部分は絶対に納得することはできなかったのだけど(……だってそうすると、さゆりちゃんと信くんの二人が『私(久美子)の作り出した幻想の偽物の存在』ということになってしまうから)ただ、闇闇やこの不思議な世界の仕組みについての話については、ある程度納得がいっていた。

(三人はそのあとしばらくの間、沈黙していた)

 ……信くんはどうだろう? と思い久美子が信くんを見ると、信くんは難しい顔をして、腕組みをしながら、なにかをじっと考えているようだった。

 信くんは久美子の視線に気がついて、顔を上げると、久美子の顔を見ながら、はぁーとため息をついて、それから両手のひらを上にあげて、にっこりと笑いながら、やれやれ、のポーズと顔を久美子にした。

「まあ、一応、今のところは納得してやるよ」

 それから信くんはさゆりちゃんを見て、そう言った。

 さゆりちゃんは無言のままで、とくに言葉を話さなかった。

 さゆりちゃんの体は、どこか全体的に、小さくぷるぷると震えていた。

 そのあとで、久美子と目と目があうと、さゆりちゃんは、また我慢しきれなくなってぽろぽろとその大きな瞳から涙を流した。

「……さゆりちゃん」

 久美子もその透明な涙を見て、自分の目から涙を流した。

「久美子ちゃん。私たち、友達だよね。……ずっと、ずっと友達だよね」

 さゆりちゃんは言った。

「当たり前だよ。私たちはずっと、ずっと友達だよ」

 久美子は泣きながら、泣いているさゆりちゃんの小さな体をぎゅっと抱きしめた。 

 さゆりちゃんも久美子の体に抱きついてきた。それから久美子は、こんなに頼りになるさゆりちゃんって、こんなに小さかったんだ、と改めて小柄なさゆりちゃんの体を抱きしめて、そんなことを思ったりした。それから、こんなにしっかりと『生きている実感』のあるさゆりちゃんが、私の空想で生み出された人物であるとは思えない、とそんなことを思った。

 二人はしばらく抱き合ったあとで、その体をそっと離した。

「ありがとう。久美子ちゃん」さゆりちゃんは言った。

「私が私じゃなくなったとしても、あるいは、私がこの世界から消えてしまったとしても、……私のこと、関谷さゆりって言う名前の女の子がこの世界にいたってことを、覚えていてくれると嬉しいな」

 にっこりと笑ってそんな悲しいことをさゆりちゃんは久美子にいった。


「ばいばい。久美子ちゃん」

 闇の中からさゆりちゃんは言った。

 久美子は闇の中にさゆりちゃんを助けに行こうとしたのだけど、信くんがぎゅっと久美子の手を掴んで離してくれなかったから、久美子はさゆりちゃんを助けに闇の中に飛び込んでいくことができなかった。

 久美子は信くんを見る。

 すると信くんは真剣な顔をしていて、「これはもう事前に、関谷と話し合って決めていたことなんだ。どんなことがあっても、俺たちは『三島。お前のことを守るってな』」そんなことを泣いている久美子にいった。

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