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 その強い横風によって、古い祠にある二つのろうそくの火が激しく揺れ動いた。

 瞬間的に、(なぜか)祠を見た久美子は、そのろうそくの火が『今にも消えようとしている』ことに気がついた。

「だめ!!」

 久美子は思わず(自分でもなぜ、それがだめなのか、よくわかっていないにもかかわらず)そう叫んで古い祠に駆け寄り、その冷たい(その風は実際に本当に、身を凍らせるほどに冷たかった。今は夏だというのに、その風の冷たさはまるで真冬の雪の降る山の中に吹く風のようだった)風からろうそくの火を守ろうとした。

 その久美子の必死の行為は『半分成功して、半分失敗した』。

 ろうそくの火は片方の火を守ることに久美子は成功したのだけど、もう一本のほうのろうそくの火は久美子の手が間に合わずに、その冷たい雨を運ぶ風によって、掻き消されてしまったのだった。

 火が消えた瞬間、ぶるっと久美子の体が震えた。

 背筋に悪寒が走って、そして久美子は、今、この瞬間に、『なにかの封印がとかれた』ことを直感した。

 その久美子の直感は正しかった。

 闇闇を封印していた古い祠にあるろうそくの火が(一本)消えたことで、その封印は解かれてしまった。

 世界に対する異変はそれからすぐにあらわれ始めた。

 久美子たちのいる世界は急に真っ暗な夜に変貌した。

 遠くの空から、空と大地の両方が、まるで黒い絵の具で塗りつぶされていくように、夜の訪れと一緒に、悪魔が笛を拭きながら、世界に闇という巨大な布を覆っていくかのように、世界はあっという間に真っ暗になった。


『ただ、一本残った古い祠にあるろうそくの火の照らす明るい場所だけを残して』。


「三島!! 走るんだ! その『火のついたろうそく』を持って、こっちに来い!! そしてこのまま、上に駆け上がって、『長いトンネルのある場所』までいくぞ!!」

 真っ暗闇の中から、信くんの声が聞こえた。

「わかった!!」

 久美子はその信くんの言葉通りに行動をした。

 古い祠にある火のついたろうそくを手に取ると、久美子は信くんとさゆりちゃんがいた場所まで移動をした。

 火が移動をしたことで、世界がそのまま久美子を中心として、動き始めた。このとき、世界は久美子の持っているろうそくの火の照らす小さな円形の空間のみを意味していた。それ以外は、すべてがすべて、(たぶん)……闇闇(やみやみ)だった。

 久美子が移動すると、その明かりの中に信くんの姿が見えた。

 ……でも、その隣に『関谷さゆりちゃん』の姿はなかった。

「さゆりちゃん? さゆりちゃん!! どこ!!」

 久美子は闇に向かって叫んだ。

 すると、その闇の中から「……私はここだよ」とさゆりちゃんの声だけが久美子に向かって、そう返事をした。

 それはとても(まるで闇の中で、泣いているような)悲しい声だった。

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