父、還る。

※父親の霊魔戦RPを元に書かせて頂きました

※話の都合上近親相姦ぽい雰囲気があります


夕暮れの図書室。二つ頭の異形が君を見つめている。

ずっと前からその気配を肌で感じていた。

わかっていた。

ソレが夕京に来ていることも。

ソレといつか対峙することになることも。


「ちち…うえ」二つ頭の霊魔の後ろから蔓延る木の根。その中心にソレはいた。

10年経っても忘れぬ顔、そしてその傍らには少年姿の刀霊。「沙羅双樹…何故貴様が堕ちた父の側にいる!?」父の霊魔の近くに漂う刀霊に、怒りで刀を握る手が震える。『彼ら』の能力を持ってすれば父を自害させることもできたのに…。

『ほぉ…可哀想な晃一。愛した筈の娘に刃を向けられるとは』クスクスと笑う少年姿の刀霊に顔が険しくなる。


あの人があれほどまでに感情を昂らせるのも珍しい、巡回で図書館を訪れていた菱千利はそう思いつつ。芳子の背に声をかける。

「梔さん、助力いたしますわ。方針をくださいませ」

「あの霊魔は斬るとして……あの刀霊はどういたします?」

ツイ、と沙羅双樹を指さす。


怒りのあまり千利の気配さえ気づかなかった芳子はハッとして「千利殿…!失礼、取り乱しました…」と呼吸を整える。

「沙羅双樹自体の戦力は大したことありません。しかし、父が刀の能力を使うと厄介です。千利殿は二つ頭と沙羅双樹、この二つをお願いしてもよろしいでしょうか」と愛憎入り混じった目で父の、父であった霊魔を睨む。


「二つ頭はともあくあの刀霊は……。あれはまだ、父君であったあの霊魔と契約がつながっているのですか? あの刀霊を父君から引き離して、今度は梔さんが契約するおつもり?」それから、と一呼吸置き。

「……殺せますか、肉親であった霊魔を」

祓うなどと。生易しい表現では足りない。殺すのだ。


「ええ」


自分の思った以上に優しい声が出た。まるで慈愛に満ちた母のような。「家を捨てた私の最後の孝行です。我が家の刀霊の道を正し、そして父を斬る」

彼に対する憎悪を今は捨てよう。


「ただこの地に生きる花守として己の勤めを全うします」そして駆け出し木の根から斬っていく。


「……。」


結局どんな問答をしても霊魔は斬る以外ないのだし、と菱千利は思いながら、敵を見据える。

まずは二頭霊魔。妨害のために伸びる木の根を斬り裁き、踏み越え、出し惜しみせず霊力を刃に乗せてその正面を斬りつける。

肝要なのは刀霊の方。惑わすように動き、刃が届かいない位置に逃げ、直接の戦闘は避けながら笑う。


『あっはっはっ、小娘がチャンバラの真似事か!』と小馬鹿にしながら沙羅双樹はフラフラと漂う。沙羅双樹の女嫌いは相変わらずのようだ。


『はっはっ!晃一も愛しい娘に会えて泣いて喜んでおるわ!』

思い出すのは幼き日、父に剣の稽古をつけてもらい、花守の知識を教わったこと。母が亡くなり、生まれて初めて父の涙を見たことそして…。


「沙羅双樹、何故父を見放した?」剥離が進んだことを誰よりも理解していた筈なのに。

幼いあの日も、母が死んだ日も、そして夕霧が亡くなった日も父の傍らにいた刀霊なのだから。

『…儂らは可哀想で可愛い晃一が愛おしくて堪らないのじゃ…』


沙羅双樹の言を侮辱と捉え、千利は目を見開き真顔になる。続く言葉にそれの神たる所以、その愛情の表し方が菱家の刀霊と同じ類だと肌で感じ。この手合にはいかな言葉も無駄と理解する。


一方で芳子は木を切り霊魔本体へ近づく。

左右に剣を疾らせ、翻弄させてから正面へ飛び込む、がしかし、霊魔の目から滴る酸の液体が、振り回す頭から飛び散り手を焼かれる。

「…ッ」

一旦間合いを取る。その間にも斬られた木から再び根が生えてくる。


「ぐっ…!」伸びてきた木に足が取られ、芳子は宙吊りになった。


千利は芳子に構わずそれを隙と捉え沙羅双樹に斬りかかる。が、避けられ、木の根に弾き飛ばされる。かわりに芳子の拘束が解ける。


「っ…かたじけない!」足の拘束が抜けて父へと再び間合いを詰める。酸を警戒しながら一太刀を腰に斬り込む。

すると沙羅双樹が髪を掻き分ける。『久方ぶりですのぅ』左目から右目へ人格が変化する。沙羅双樹は所謂二重人格の刀霊。

生意気で口達者な左目と、おっとりしているようで口の悪い右目。

その性格の意地悪さと父を愛する執念だけは変わらない。


『胸の穴は心の空虚。愛を否定された痛みの大きさよ』「違う!父のソレは愛などではない!」身体を弄る父の手を思い出し、背筋にぞくりと冷たいものが走る。


「あのような道ならぬことを…」


『女の身で女を愛するお主はどうなのだ?』その言葉に動揺して剣先がブレる。

そんな時、父が沙羅双樹を抜く。


沙羅双樹の目は芳子ではなく別の方を向いていた。


まずい!!


「千利殿!!」慌てて覆い被さるのと、父が沙羅双樹で自らの腹部を刺すのとほぼ同時であった。沙羅双樹の能力、『相打ち』で芳子の腹部からも鮮血が飛ぶ。


パッと赤くなる視界。梔芳子の存外に細い肩越しに霊魔がのろのろと腹部から刀を抜くのが見える。

千利は自分の腰に結び付けた帯のうち一本を抜ききつく芳子の腹部に巻き付け止血とする。

あの刀が厄介だ。しかし、自分が囮になってて次の刃を受けるのは愚策だろう…千利はそう考えながら「まだ動けますね」感謝は後で良いと己を叱咤する。


芳子は「…ッはい」と傷に顔を顰めつつも起き上がり「策が」と千利に耳打ちする。


「菩提樹の、能力、で…動きを止めます。しかし、2体同時に技をかけると…1分しか持ちません…時間が勝負です、できます…か?」思うように体が動かないとなると千利の負担が大きい。


「能力の発動を接敵直前で行えば、ええ。腕を切るのに1分もいりませんもの」

あの沙羅双樹を手放させれば無防備な霊魔が残る。勝算はあるはずだと、気の強い若い娘は強がりを言う。


「そのあとは、お願いします」


頷くが早いか芳子は千利と共に駆け出す。

地を這うように木の根が2人を襲う。


「菩提樹!根を張れ!」


その瞬間霊魔と沙羅双樹の時は止まる。1分。1秒でも無駄にできない。邪魔な木を斬り裂き、霊魔の前へ到達。千利が左腕を一刀で断ち切り、芳子も右腕を下から斬り払う。


長いようで短い1分が終わるー。


「霊魔堕ち風情が切腹など片腹痛い!浅いわ!」再び動き始めた父にその叫びは届いただろうか?芳子は何の迷いも躊躇いもなく、哀れな霊魔の首を一突き。


刀を刺してそのまま父を抱きしめる。

「なぁ沙羅双樹…一方通行の想いは愛じゃないんだ。もう、父を離してやってくれないか?」徐々にチリとなっていく父と共に崩れ落ちる。血を失い過ぎたか。

幼い頃可愛がってくれた父も、道ならぬ想いから夕霧を殺した父も同じ人なのだ。

消えゆく父に対し、不思議と憎悪は感じなかった。ただ漠然と私は父の娘なのだと真摯に受け止めていた。

そして私の中にも存在していると思うと、恐ろしくなる。父のような醜い嫉妬も、沙羅双樹のよいな酷い執着もみんな。


崩れ落ちそうになる芳子を後ろから不格好に受け止める。

さらに止血のための布を増やし、朦朧とする芳子の肩を支える。どうしたものかな……と俄かに戸惑いながら外へ出て、大通りへ向かい薄暮押し寄せる道、2人は近くの診療所へ向かった歩き出した。


「千、利どの…?」支えてもらっていることがわかるが、動いているのが自分の足なのか何なのか、どこに向かって歩いているのかわからなかった。ただ、腰に差しした二本の刀が事の決着を物語っていた。終わったのだ。

10年前の亡霊はもういない。


「…千利、どの…は、もし、桂殿との仲が…許されぬ仲ならどうしますか?」


この状態で喋ることができるとは大層な人だと千利は感心した。おまけに突然自分と婚約者のことを聞き出すとは。


「……生きます。生きて互いの幸いを祈ります。最後に、誰も文句を言う者がいなくなった時にあの人を奪えるように」

蛇は執念深いのです、と冗談めかして笑う。


「ふ、ふふ…貴女…らしい、ですね」と微笑んだと思えば体ががくりと傾き膝をつく。


「…申し訳ない…格好つけ、たかったんですが…体が動きませぬ…」担架を呼んで頂けますか?と地面に顔を打ちつけながら頼む。


「えっ? や、ちょっと、ねぇ! しっかりなさって!」


急変に千利は若い娘らしく顔を青くする。

「必ず呼んでまいりますのでここでお待ちになって!」そう人を呼びに行った千利を見送り、刀霊に声をかける「…沙羅双樹、今なら、泣いても、いいんだ…ぞ」『なっ!誰が泣くか!』


「生きてて…欲しかった、よな。好きな人には」お互い別の人を想っていることはわかったが、お互い同じ思いを抱えているのもわかっていた。


『う"っ…ッ』

瞼を閉じていてもその涙は気配でわかった。


「我らは花守、散るその時まで戦う運命…しかし、お前も刀霊としてそれを見送るのが運命だ。その運命を受け入れるなら契約を」


しばらく沈黙が続いたが、ふん、という咳払いの後、変わらぬ高飛車な声色で返事がきた。


『ふん…貴様なんぞ、とっとと自刃して代替わりすれば良いのだ』「ふ…散り際は見極めるつもりだが、私も…生き続けるぞ。文句を言う輩がいなくなるまで、な」と千利の言葉を思い出して笑う。


そして戻ってきた千利と他の人々の助けを借りて診療所へ向かうと、緊張の糸が切れたのかストンと眠った。


その夜、久しぶりに夕霧と会う夢を見た。

夢の中で、芳子は女学生に戻っていた。

「夕霧…私は生き続けるよ」

そう白くて柔らかな頰に触れる。

夕霧は何も言わずに微笑んで、どんどん川に入っていき手を振る。


芳子も夕霧の姿が見えなくなるまで手を振ると、川の水を掬い顔を洗う。

その水が顔から体へ滴り落ちると服が軍服へと変化し、外套が肩を包む。

濡れた手で前髪を掻き上げれば、花守、梔芳子が水面で微笑んでいた。

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花守 梔芳子(禱れや謡え花守よ) 亜雪 @ayuki_sora

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