花の遊郭

※百合表現、微性的描写あり


梔芳子は困っていた。

赤を基調としたケバケバしい装飾、白粉とお香の匂いが混じる部屋。ここは所謂遊郭である。芳子馴染みの、女が女を買える遊郭なら心踊っていたのだが、今日は勝手が違う。

梔芳一として、軍部の上官に連れられて遊郭に来ているのだ。


男と偽って軍部に潜入している身、上官の馴染みだという遊郭で性別がバレるのは非常にまずい。かといって上官に奢ってもらっている建前、あてがわれた遊女を抱かないというのもまずい。いやはや…参った。というわけである。


酒肴を楽しんだ後は待ってましたとばかりに、それぞれ寝所にいそいそと案内される。

男が連れ立ってこういう場所に来るのは中々滑稽だと思うのだが、こういう遊びをするのが男の流儀というのだろうか?私は一人で行って一人で帰るけどなぁ…などと考えているうちに、布団の間に案内された。


芳子の手を引いてきたのは水嶋、という大夫で、中々の美人である。首の綺麗な水仙の花のように瑞々しい女性で、中々芳子の好みで通常であれば素直に喜んでいたところだ。


水嶋がしな垂れかかり、ソッと胸元に手を置いてきたので、その手を掴んで身体から離す。


少し悩んだが、嘘はすらすらと口から出てきた。元より顔には出ない性分。諜報の腕の見せ所である。


「私は女性を抱いたことがないのです」


「あら、嫌だ。軍人さんのような男前がご冗談を」


とクスクス笑う水嶋に耳を寄せる。


「ご存知ですか?処女は弾に当たらないとの験担ぎが転じて、童貞も同じ意味で扱われるんです」


「まぁ」


と、口元を抑える水嶋に更に畳み掛ける。


「恥ずかしながら私は臆病な男です。シベリアから無事戻っても、また戦となりましょう。私はそれでも生き残りたい。貴女の様な美しい女性を前に残念ですが、今宵は貴女を抱くことができません」


手で顔を覆いながら悔しそうに呟いてみせる。私も役者だなぁと思いつつ、芳子は水嶋の肩を掴み、こう続けた。


「しかし、もし宜しければその柔肌だけ触らせて頂けませんか」


そう言うが、遊女の唇を奪いながら布団へ押し倒す。


左手は胸元に、右手は内腿に滑らせて服を弄る。


「あっ、」


と小さな嬌声を漏らすと、後は為すがまま、水嶋は芳子に身を委ねて悶えた。



挿入しないだけでだいぶ仕事が楽になる。

あくる日、水嶋は布団の中で伸びをしてぼんやりと昨夜の客を思い出していた。


水嶋とてこの商売をしていれば、不能の男の相手もしたことがあるし、童貞相手も山ほどしてきた。


しかし、昨夜の客はどことなく違う気がする。自分の服は乱れさせずに、こんなにも女を乱れさせるなんて、とても女を知らない男ではない。


かといって熱に責めるわけでもなく、揺蕩う春の海のように優しい手管だった。

久しぶりに気持ちよくなってしまった。アレが初モノなんて勿体ない…などと一通り思い返した後「童貞が弾除けねぇ…」


軍人さんも大変だこと。

と、独り言て身支度をする。


その後芳子の目論見通り、水嶋から「梔さんは中々お上手」と噂が上官の耳に入り、ますます男として潜入するのに優位になるのであった。




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