俺、男だから

当日を迎えた。


つまり、安井くんと巴の顔あわせの日である。


「…本当にやるの?」


メイクをして黒髪ショートのウィッグを身につけた巴に、私は声をかけた。


「やるよー」


巴は返事をすると、

「グロスの色、何色にしよっかなー?」

と、のん気にグロスを選び始めた。


ピンクにレッドにヌーディー、ブルー、パープル、イエローと、いろいろな色のグロスを眺めて選んでいるその姿はまさに女子だ。


と言うか、めちゃくちゃ持っていないか?


私なんてピンク一色しか持っていないんですけど。


もう男じゃなくて女の子じゃないか?


「…巴、無理してやることなんてないんだからね」


そう呟いた私の声は、

「俺がやりたいの」


巴の耳に入ったようだった。


「きゅ、急に声をかけないでよ!」


驚きのあまり言い返した私に、

「めありの声が聞こえちゃったんだもん」


巴は言い返すと、グロスを唇に塗った。


ピンク色にしたみたいだ。


元々の顔立ちも相まって、本当に女の子だよ!


「うん、上出来♪」


鏡で自分の顔を確認した巴は得意気に笑った。


まるで、これからデートに出かける女の子みたいだ。


「めあり」


その様子を見ていたら、巴に名前を呼ばれた。


「何?」


巴はフッと笑うと、私の頭に向かって手を伸ばした。


ポンポンと私の頭を軽くなでると、

「めありは何も心配しなくていいから」

と、言った。


…そう言うところで“男”を見せないでよ。


巴が好きだって、言ってしまいそうになる。


「あっ、もう約束の時間だ!」


そう思っていたら、巴の手が私から離れた。


「えっ…ああ、もうそんな時間だったの」


もう少し、巴を感じたかったな…なんてね。


巴の手が頭から離れたことに名残惜しさを感じながら、私は準備を始めた。


安井くんとの待ちあわせ場所は、個室カフェだった。


高いソファーの仕切りを利用した個室空間に、

「何だか不思議な感じだね」


巴はコソッと私に声をかけてきた。


「もしかしたら、2人きりにされるんじゃない?」


私が返事をしたら、

「店員もいるし、お客さんもいるから何もしないと思うよ。


それに俺は男だし、何かあったら…」


巴は背負い投げの動作をした。


「あんまり乱暴なことはしないでよ…」


そう言っていたら、

「こんにちは」


安井くんが私たちの前に現れた。


「どうも」


私はペコリと頭を下げた。


安井くんの視線が私の隣に座っている巴に向けられた。


「初めまして、藤井巴です」


巴はニコッと愛想よく笑いかけると、安井くんにあいさつをした。


「初めまして、今日はお忙しいところ…」


「いいのいいの、気にしないで。


どうしても伝えたいことがあったから」


安井くんの言葉をさえぎるように、巴は言った。


「えっ?」


安井くんは訳がわからないと言うように首を傾げた。


「実はね…」


巴はニヤリと妖艶に笑った。


悪女だと、私は思った。


性別は男だけど、悪女にしか見えない…。


そう思っていたら、巴の端正な顔立ちが私に近づいてきた。


えっ、何…?


そう思った時、巴の唇が私の唇と重なった。


…えーっと、何が起こったんでしょうか?


ニヤリと妖艶に微笑んでいる巴の顔が離れたのと同時に、目を大きく見開いて口をポカーンと大きく開けている安井くんの顔が視界に入った。


「女の子にしか興味がないから」


そんな顔の彼に向かって、巴が言った。


私は私で、何がどうしてどうなったのかわからない…。


と言うか、今…!?


「――えっ…?」


何も言い返すことができない様子の安井くんに、巴はウィッグを手にかけるとそれを外した。


「俺、男だから」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る