第8話 決闘・2

「さて、団三との決闘の前に、華恋お姉さんとカヴァンゲリヨン氏の忖度による八百長が疑われるわ。密月・ビッグシスター先輩、時間溯行同好会の剣会長に決闘の申し込みをしてちょうだい。先程の新入生代表挨拶で挑発しておいたので、華恋お姉さんが私たちの決闘と同時に、デモンストレーションとして異世界研究会会長の実力を見せつけてほしいものよ」


決闘に先駆けて、陽華が華恋に先手を打ちます。


「・・・理屈としてはわかるけど、その要求は後回しにしてくれたまえ。ボクは君たちバカップル(仮)の痴話喧嘩がどんな感じになるのか、興味津々だ」


カヴァンゲリヨン氏が深く頷いています。この会話の内容が通じているか怪しいです。


「やったるで、陽華!世界最大最高級の痴話喧嘩じゃけん!!」

「岡山弁が混ざってるわよ、隼人君」


会議室には長机が用意されて、団三と陽華が対面に向かいあって着席しています。


長方形の短い机の方に密月華恋とカヴァンゲリヨンが対面・・・というには程よい距離感、つまり遠い位置に存在しています。


「改めて決闘のルールを説明します。本来であれば中立委員会、すなわち教員の資格を持つ者によるジャッジが必要だけれど、今回の場合に限りボクが代理人の役目を果たす。一度だけの特別ルールだということを、徹底的に頭の隅々まで叩き込んで、理解してほしい」


「はい」

「了解です」


「まず、候補をいくつか挙げていって、最終的な判断をカヴァンゲリヨン氏に託したい。その前に、先入観をなくすため、ひとまずカヴァンゲリヨン氏には会議室内から退室してもらう」


カヴァンゲリヨンはコクリと頷き、そそくさと会議室から退室しました。「のっそのっそ」という擬音が聞こえそうです。どうやら、陽華の従姉妹である華恋とだけは意志疎通ができるようです。


これで会議室内には、3人だけになりました。


「最初に、今回の討論の内容は異世界研究会内の公式なデモンストレーションとして、録画します。強制です。バカップル(仮)に拒否権はありません」


「バカップルとパイナップルって、言語としは似ているけど、本当はまったく煮てないわね。パイナップルは煮込むと隠し味になるわ」

「痴話喧嘩や!従姉妹同士の!!」


バカップル(仮)による、華恋への集中砲火です。


華恋の端正な額に、十字路が浮かび上がります。漫画的表現だと、「ピキピキ」という擬音が聞こえてきそうです。


「ボクの権限を行使して、異世界研究会内での恋愛禁止を発令しようかな?」


「ごめんなさい」

「謝るのはまだ早いわ、団三。その場合は脳味噌が全部プロテインで詰まってそうな筋肉大好きムキムキ野郎に頭を下げて、時間溯行同好会に所属すればバカップル(仮)は継続できるわ」

「屈辱的だけど、陽華と一緒にいられるのらそれで僕は問題ないや。密月・ビッグハムスター先輩とも敵対関係になれるから、一石二鳥で嬉しい」

「ビッグハムスターって巨大なハムスターの化け物みたいでちょっぴり恐いわ。可愛らしく、公太郎(こーたろー)と名付けましょう」

「公太郎先輩!」

「ボクの一人称がボクだからって、変な愛称がまかり通りそうになるからやめてくれないか?『私』の恐ろしさは陽華が一番よく理解しているはずよ」

「ごめんなさい、華恋おね・・・密月先輩」

「よろしい!じゃあ、痴話喧嘩スタート!適当な挨拶候補、じゃんじゃん出して!ボクは適当に選ぶから!とにかく候補!」


ホワイトボードには、左右で線引きされて、左側に「団三」、右側に「陽華」と華恋がマジックで書きました。


(陽華)「はっぴ・にゅう・にゃあ」


「時期外れだけど、一応書きます」


ホワイトボードの一番右側に「はっぴ・にゅう・にゃあ」と華恋が書きました。キュキュっという擬音が聞こえてきそうです。


「なるほど、ハピキュアかぁ」


「感嘆符?一応、書きます」


華恋の手によって、ホワイトボードの(団三)エリアに「なるほど」と「ハピキュア」と書かれました。


「hello」

「ニーハオ」

「ダンケシュン」


3つとも、陽華の提案です。


「最後は感謝の意味のドイツ語ね」


華恋のツッコミは、親戚だけあって容赦ないです。


「Let's Go!」

「ヒ。カチュウ」

「アンドゥ」

「イーV(イーヴイ)」


団三は華恋からマジックを受け取って、自ら発音しながら直接ホワイトボードに書き込んでいます。


「ボ、ボク個人としては、ヒ。カチュウがツボに入って、もうこれでいいんじゃないかな?」


華恋は右手で眼鏡を押さえながら、左手で脇腹も押さえています。こっそり「。」の位置を「ヒ」の右上に書き換えて、笑いを堪えるのにひたすら必死なようです。


むっとした陽華は、団三に対抗するべく、マジックをむしり取りました。目付きが完全にヤンデレモードです。思わず団三は「ひっ」と恋人らしからぬ声をあげてしまいました。


「ラブラブキッス」

「下半身脳味噌直結野郎(ヤリチ○)」

「痴話好きチワワ」


団三も華恋も、無言でおとなしくなりました。


さらに、陽華のターンは続きます。


「ワン」

「ツー」

「スリー」

「パンツァー・フォー!!!!」

「レベル5」

「シックスセンス」

「ラッキーセブン」

「蜂」

「九九、苦しい・ナイン!」


「はい、数字関係はストップよ団三君」

「くそ!先回り!思考が読まれた!」


華恋が陽華の味方に回ったようです。


「とりあえず、密月妹の提案はこれで終了ね。隼人君も、数合わせの提案を出して。早く」


「圧力に負けへんで!!」


団三も、必死に抗って挨拶をかんがえます。


「こんにちワニ」

「ありがとウナギ」

「こんばんワン」

「さよなランドセルガール」


「最後のは、YESロリータNOタッチの精神を表現する、隼人君の心の叫びだと受け止めておくよ」


異世界語における挨拶の提案が終了しました。


「ここからが大事だけど、2人の意見の中で、ボクが個人的に秀逸だと思う挨拶を、どちらが提案したのかは名前を伏せて、交互に言って、異世界人のカヴァンゲリヨン氏が頷いた方が勝ちということで、よろしいかな?」


「いやいやいや、それだと早い者勝ちになってしまうわ。公正に欠ける」

「カヴァンゲリヨン氏は、頷く以外にコミュニケーションの方法を知らないんと委員会ちゃうか?」

「彼女は今、隣の部屋で何度も首をふる練習をしているわ」


「「逆に心配だよ(わ)!」」


団三と陽華の声が語尾以外ハモりました。


「大丈夫。カヴァンゲリヨン氏には、一番心に響いた言葉だけ頷くように伝えている。どちらが勝っても恨みっこなしよ」

「恨まれる!カヴァンゲリヨンさんに恨まれてまう!」

「首をふる練習がまったく無意味ね」


そんなこんなで、カヴァンゲリヨン氏が再び入室してきました。会議室内に緊張が走ります。


「hello」


なんと、カヴァンゲリヨン氏の第一声は英語による挨拶でした!どうやら、今回の討論はまったく無意味だったようです。


「あ、カヴァンゲリヨン氏はこの世界共通語である英語の練習中なので、今のはノーカウントでお願い」


異世界人との架け橋として、第一人者でもある華恋とカヴァンゲリヨンのコンボ攻撃で、バカップル(仮)にフェイントが炸裂しました。団三はずっこけています。陽華はスカートを押さえながら、額に手を当てています。華恋の性格は分析しているのですが、まさか異世界人と協力して衝撃を受けるとは予想外でした。


そして、結局。今回の決闘の結果は・・・


「ヒ。カチュウ」


カヴァンゲリヨン氏は、最初に挙げた団三の提案した挨拶にあっさり頷きました。

そして、華恋の耳元で何か囁いて、そそくさと退室しました。


「やったー!陽華に勝ったぞー!」

「納得いかないけど、おめでとう、団三。それで?カヴァンゲリヨン氏が選んだ理由は?華恋お姉さん」


「滞在時間が長引いたから、異世界に帰りたいとのことね。ホームシックになると危険だから、準備のために時間をくれと言ってたので、ボクの権限で受諾した」


「納得いかないけど、ありがとう。異世界に帰宅だって。僕もついていきたいなぁ」

「駄目よ団三、異世界には興味があるけど、私たちは現実世界で戦うのよ」

「陽華ちゃん、嫉妬してる?」

「ツンデレよ。ツンドラ気候よ。ハリケーン系女子よ。偏西風かしら?」

「自分で今の属性を説明する女の子は初めて見ました」


団三は真顔で陽華を見つめます。

陽華はそっぽを向きました。


とにかく、ようやく異世界研究会内での決闘が終了しました。

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