第12話 年☆末☆年☆始②
高幡家の二階。
「ええ塩梅。馬子にも衣装やね。初詣ぐらい、男どもに着物姿を見せよし」
さくらは、振袖に着替えさせられていた。
袖先と裾に、桜の花びらが舞い散っている、黒い振袖。帯は、淡い赤系をベースに、うさぎと月の模様が入っている。とてもかわいい。
髪も、くるくるとひとつにまとめ、かんざしを挿してくれた。先端に、花模様がついている。
ほんとうに、ものの十分で完成。いつもながら、祥子の作業は手早い。
「祥子さんも着替えます?」
「うちはええわ。愛らしいさくらと比べられたら、勝ち目あらへんし」
慣れない足袋と草履に苦労しながら、さくらは玲と類の前にあらわれた。
先に喰いついたのは類だった。
「ちょっと、まじかわいいんだけど! 写真写真……目線こっち! ドレス姿もよかったけど、和装もさせたいなあ。あとで、じっくり脱がせた……いてっ!」
類の頭をべしっとたたいたのは、玲。顔どころか、耳までも真っ赤である。
「そ、そそそ、それ……!」
玲の異様な反応の理由は、祥子が耳打ちしてくれた。
「玲が染めた糸で作った帯やで、これ」
「ほんとうですか!」
聞けば、近いうちに若手職人の作品展があるという。そこに出品するかもしれない作品とのことだ。
「俺、何種類どころか何十種類も糸を染めて、織り手さんに送ったんだけど、赤系が採用されて」
普通は、制作依頼があってはじめて糸を染めることが多いのだけれど、今回はたくさんの色を見たいと、織り職人が言ってきたため、玲は思いつく限りに糸を染めて渡したらしい。
「はじめて、俺の糸で作られた帯の仕上がりが、桜色になるなんて」
しきりに照れている。
「そうなんだ。すごくきれい、気に入った私」
できたら、欲しい。玲の、はじめての作品。手もとに置きたい。
「非売品やで。もし、値段をつけるとしても、さくらが思っとる値段の、ゼロが一個多いはずや」
「そ、そうなんですか……まさに、ケタ違い。芸術品ですね」
「ぼくが買ってあげるよ」
「売り物じゃないって、言っているだろ。これは、織り手さんの作品だし」
「玲のものじゃないの?」
「ああ。でも、こうやって使ってもらえたら、いいな。壁に飾られるよりも、実際に」
「今日、使うたんは内緒やで。仕上がりを確認するために、いったん返ってきただけ。すぐに戻さなあかんのや」
類はさくらの振袖写真を撮りまくり、東京にいる涼一と聡子に、画像をその場で送信した。
目指す神社は近かった。
けれど、履き慣れない草履が難敵。おしとやかに、うつくしく脚を運ぼうとしても、着物の裾の乱れが気になるし、真冬なのに額には汗をかいている。
しかも、神社に到着して驚いた。
「か、階段……!」
着物と草履で、のぼれるだろうか? 自信がない。
人の数はそうでもない。適度に賑わっているぐらいで、類の正体もまだバレていない。
「あー、そうやった。この段は、無理か」
さくらは神社を見上げた。ここまで来たのだ、みんなで初詣したい。
「えーと。誰か、引っ張って支えてくれたら、たぶん……行けます」
「ぼくぼく! さくら、ぼくにつかまって。とうとう来ました、恋人イベント!」
張り切って類が手を挙げた。
「なんだ、その恋人イベントって」
「じゃんけんで決めよし。恨みっこなしで」
祥子が口を挟む。玲も頷いた。さくらも同意した。多数決である。
「……やっぱ、いいや。玲、譲ってあげる。その帯を締めているさくらを、間近で見たいでしょ」
「いいのか?」
「くどい。ぼくの気持ちが変わらないうちに、早く」
類は、玲の背中をどんっと押した。
「さくら。じゃあ……手を」
「は、はい」
差し伸べられた玲の手のひらに、自分の手をそっと重ねる。あたたかい。
「その代わり、下りはぼくが担当だからね、ぼく! 階段とか山道って、下りのほうがキケンなんだよ。ふふふ……勢いがついてバランスを崩したら、ぼくが抱き締めてあげる」
「えー。うちはさくらと歩けんの?」
「冗談やめて。これ以上の逆ハーレムは禁止」
類と祥子はきゃあきゃあ騒いでいる。
「……先に行こう。あいつらの連れだと、思われたくない。恥ずかしい」
「そうだね、同意」
「ゆっくりでいいぞ」
「はい。では、失礼します。重いかも、だけど」
「遠慮するな」
そっと、さくらは玲の腕に寄りかかった。
「お前に、その帯を使ってもらえるとは、思ってもみなかった」
「こんなステキな帯になる糸を、毎日染めているんだね」
「想像以上だった、俺も」
玲が、ずっとさくらを見ている。帯を見ているのかもしれないけれど、うれしいような照れるような、もどかしさに包まれた。
「類は、少し落ち着いたな。この前まで、レッツ混浴とかバカなことを言って、露天風呂にダイブするようなお子さまだったのに。帯を見て、俺に気遣うとか」
「うん。そう思う。おとなっぽくなってきた。姉の私が、類くんには注意されてばかりだもん」
「……ほんとうに、今でも『姉』なのか……?」
真っすぐな眼で、見つめないでほしい。胸の奥が、ぎゅうっと苦しくなる。
「ごめん、でも玲……そうだ、私! この前、京都の町家を再生する仕事を見つけて……京都に、残りたい……残れるかも……って……思っ……」
ふと、さくらの視界に、類の姿が入った。
まだ、祥子と騒いでいる。少し離れているので、話の内容までは聞こえない。
さくらには、親しくじゃれ合っているように映り、どきりとした。
さくらの前では、わりと気取っている類が、祥子の前だと素を出せているようなのだ。ふたりはいつ見てもお似合いで、心がざわざわする。
先日、さくらは、類が東京にある大学にも願書を送っているのを見てしまった。
『母さんがうるさいから一応、東京の大学もひとつだけ受けるんだ』と説明してくれた。受験生が併願するのは当然だから、なにも言い返せなかった。
類は、将来を見据えているのだと思う。
さくらが町家に残る、あるいは答えをさらに先延ばしにしたり、玲を選んだ場合、類が京都に残る理由はほとんどなくなる。仕事も持っている類は、東京に帰ったほうがいいのだ。
立ち止まって悩んでいるのはさくらだけ。
いずれにせよ、今のぬるい関係……きょうだい三人での同居は、もうすぐ終わる。
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