第11話 年☆末☆年☆始①
あかりは、さくらとの契約を一方的に打ち切った。
当然だ。
あかりは、さくらの態度に納得していない。あかりの親も、娘が泣き顔で帰宅したら、そんな家庭教師は絶対に許さないと思う。
家庭教師先を失ってしまったさくらは、巫女さんアルバイトの契約を延長し、一月いっぱいまで勤めることにした。
年末年始は、修羅場のごとく激務でしかも寒いし、学業の神さまだけあってその後の受験シーズンも忙しいと聞いていた。巫女姿に憧れただけで、本音では適度なところで辞めておきたかったのだが、神社は人が足りないようで延長は大歓迎された。
冬休み前半は授業の課題をこなすことに消費されてしまい、当然だがクリスマスイベントや年越しもできなかった。
いつものことながら、玲は土日も関係なく仕事に精を出している。
類も、いよいよ間近に迫った受験に向けて勉強に打ち込んでいる。
はじめての、京都での年越し。
除夜の鐘を聞きながら、さくらは思う。
苦しいことも多かったけれど、京都に来てよかった。
けれど、父には、心配をかけっぱなしだった。
この冬休みは巫女アルバイトが忙しくて帰れないが、きょうだいで撮った写真入りの年賀状で我慢してもらいたい。玲はいやがったけれど、三人で肩を組んで祥子に撮ってもらった。
さくらには、お気に入りの一枚。
極上最強のモデルスマイルを振りまく類に頬を寄せられた中央のさくらも、つられてほほ笑んでいる。玲は少し照れた顔で視線を逸らす。
来年は、もっといいことがありますように。
そして、自分の心を、素直に告白できますように。
さくらも、神さまに願った。
***
一月七日。
「もう、十時か……」
ようやく、さくらは目が覚さめたところだった。今日は、巫女さんアルバイトがお休み。一日オフというのは久しぶり。
年末年始。ほとんど毎日、働いていた。
初詣と合格祈願のダブル参拝で、人出がほんとうに多かった。大晦日~三が日なんて、ずっと原宿の竹下通りレベル状態が続いて、まじで修羅場だった。
でも、分かる。
新年だもん。合格、したいもん。
去年は、玲がさくらの代わりに祈願へ行ってくれた。そのおかげか、合格できた。お返しだと思いたい。
今日一日、ゆっくりしよう。
まずは、顔でも洗おうか。
さくらは、あくびをしながらパジャマ姿のまま階段を下りた。
「百年の恋も覚めそうな大あくび。今ごろ起きたの? おはよう」
誰もいないと思ったのに、類が土間のテーブルで勉強をしていた。
「うわっ、じゃなかった。類くん、おはよう……」
「寝起きの顔も、お姫さまパジャマもかわいいけど、十代男子の目には毒だよ?」
しまった。無防備、過ぎた。最近は、気をつけていたのに。
「ごめん……顔、洗ってきます」
「コーヒー、飲むなら淹れてあげるけど?」
「……恐れ入ります、いただきます」
「じゃあ、着替えもしてきてね」
「はい」
センター試験まで、十日を切っている。波風は無駄に立てたくない。
着替えたさくらが土間に戻ると、コーヒーのいい香りがしてきた。
「どうぞ。類くん特製の惚れ薬入りコーヒー」
「はい。いただきます」
「あれ、動じないのか」
「小細工しなくたって、類くんには全世界が惚れています」
「ふーん。言ってくれるね。今度は媚薬入りにしよ」
あたたかいコーヒーの湯気に包まれるさくらの向かいの席には、類が座っている。こういう状況にも、少し慣れてきた。
朝食をどうしようかと思ったけれど、時間が遅いので玲がお正月に大量に焼いてくれたクッキーを何枚か食べた。
さくらのアルバイトがあまりに大変なので、神社へ差し入れをしてくれたのだ。そのときのクッキーを大切に取り分け、少しずつ食べている。
甘すぎず、ほどよい後味。まるで、玲みたいだ。
玲は大晦日まで働いていたが、お正月は数日、休みがもらえていたらしい。
アルバイトでぎゅうぎゅうだったさくらとは、入れ違いになってしまった。
「そろそろ、勉強に区切りがつくから、お昼ごはんは外に行こっか」
「え、いいの?」
ぼんやり、玲のことを考えていたと、悟られてしまったのだろうか。類はさくらの頭の中を現実に引き戻した。
「もう、見直し期間みたいなものだからね」
さすが、なんでもできる子の言うことは違う。去年の自分に、見せてやりたい。
あと少しだけ続ける、という類の邪魔をしないよう、さくらは自分の部屋の片づけをすることにしたので、また二階へ戻ることにした。
***
三十分後、さくらは類と町家を出た。
さくらは、腰丈の白いダウンコートにチェックのミニスカート。黒タイツに長ブーツ。
類はパタゴニアの青いフリースに黒のぴったりパンツ。ハイカットのスニーカー。
「せっかくだから、初詣も行こうか」
「初詣?」
「さくらは、神さま神さまの毎日だけど、ぼくは待っていたんだよ。さくらと初詣に行きたいなって。クリスマスもお正月もなかったんだ。恋人どうしっぽいこと、したい!」
「……恋人どうしじゃないし……」
「ふうん。さくらは好きでもない男と、路上で抱き合ったり、キスできるんだね。ここ最近で、ビッチちゃんになっちゃったもんだ」
「ち、違う! 類くんは、おと……」
「弟だから? 家族だから? そっちの関係のほうが、むしろあぶなくない?」
「……まだ、恋人どうしじゃないし……」
さくらは言い淀んだが、類は笑顔で喰いついてきた。
「えっ、なになに? 『まだ、恋人どうしじゃないし』? 近い将来、恋人どうしになるってことだね! うわあ、うれしいな。さくらが、とうとうその気になってくれたなんて、感無量」
「待って。そんな、深い意味はなかった! 可能性はあるかもってことだけで」
「……あのさ、すごくさ、気持ちが揺れているのは分かるけど、言動にはもうちょっと気をつかったほうがいいよ? そんなんじゃ、まじビッチって呼ばれても仕方ない」
「うう、ごめんなさい……反論、できません」
「ま、類くんの魅力に、徐々に目覚めているみたいだから、今回は許すけど。惚れた弱みか、ぼくも甘いなあ。じゃ、行こう」
類は、さくらの手を握った。
けれど、今はどこの神社も人・人・人で、あふれかえっている。そんな場所に、北澤ルイが降臨したら大騒ぎになる。人が多いということは、ウイルスも集まっているということだ。受験前の類が行く場所ではない。
「だいじょうぶ。ごく近くの神さまでいいんだ。本来、初詣って、地元の神さまに挨拶する行事らしいし」
「近くの神社、か……」
そこで、さくらは考えた。適度に近くて、人の少ない神社?
しかし、答えは向こうから歩いてきた。
「「あ」」
「「あ」」
玲と祥子に、ばったり遭遇してしまった。
「ちょうどよかった、ふたりとも。これから、工場へ行こうかなって思っていたところ。さくらと初詣に行きたいって思ったんだけど、近くでおススメの神社、ある?」
「類が初詣? お前、神頼みなんて、いらないだろ」
玲が鋭く突っ込み、握られていた類とさくらの手を引き剥がした。
「うわあ、ひどいなあ。実の兄のくせに」
「じゃあ、さくらの働いている神社へ行けばいいだろ。学業の神さまなんだし」
「天神さんはパス。混んでいるし、やだ」
「うーん。そんなら、首途(かどで)八幡宮さんへ行こか。ここから三分や」
地元の祥子が提案した。
「「「かどではちまんぐう?」」」
柴崎きょうだいは、三人でハモった。
「平安時代末期、かの源義経(みなもとのよしつね)……牛若丸(うしわかまる)が、平家の追っ手から逃れるため、東北へ旅立つ前に寄って旅の無事を祈ったゆう、いわれのある神社。将来ある若い人には、ぴったりやで」
「じゃあ行く! そこ行く! でも、四人で行くことになってない? いきなり」
「俺も、初詣まだ」
「うちも」
玲と祥子が口を合わせた。
「仕事はだいじょうぶなの、玲?」
おそるおそる、さくらは尋ねた。
「納品を待って中身を確認しただけなんだ、今朝は。おじさん、これから組合の新年会があるんだって。だから、午後は休み」
「じゃあ、みんなで行こう! 初詣したら、お昼ごはんを食べようよ! 初詣に新年会!」
玲と一緒に出かけられるなんて、久しぶりだ。さくらは喜んだ。
しかし類は、つまらなさそうにふくれた。
「そっちはそっちで、『姫初め』でもすればいいのに……」
「おい、さくらの前でめったなこと言うな!」
「え……『ヒメハジメ』、ってなに類くん?」
「てか、そんなことも知らないの? お勉強は、できるくせに。ぼくが、あとで教えてあげるよ。実地で、手取り足取り」
「さくらは知らなくていい!」
一緒になって祥子も笑っていたが、急にぱちんと、手をたたいた。
「お。そうや、野獣な男子ども。十分だけ、待っとって! さくら、こっちや」
「な、なんなんですか、祥子さん?」
強引に、ずるずるとさくらは祥子に連行された。
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