第8話 クリスマス気分とその代償①

 「今日も冷えるね、寒い」


 十二月に入り、京都にもいよいよ冬がやってきた。

 紅葉の名残を見届けようとする、観光客の波は絶えないけれど、確実に冬は訪れようとしている。


 類は、高認に全科目合格した。さすがだ。これで、大学への受験資格を取得できたことになる。

 手抜きをして、毎日遊んでいるようで、やることはきちんとこなし、目下、本命の大学受験にへ向けて勉強を続けていた。



 息抜きと称し、さくらはクリスマス会を企画した。

 いよいよ、教え子のあかりに類を引き合わせる日が来た。お互いの都合がつかなくて、だったらいっそのこと、あかりの期末テスト後に、という話に落ち着いてクリスマス会になった。忘年会という歳ではない。


 類に話したら、最初は面倒そうだったのに、わりと乗り気でレストランの個室をさっさとおさえてくれた。

 京都在住歴はさくらより短いけれど、各種の情報アンテナを張り巡らせているため、類の感度は敏感である。お店選びも安心して任せられる。


「先に言っておくけど、私の大切な教え子だから、手を出したりしないでね? 絶対に絶対に」

「はいはい、そんなことは当然だよ」


 そう言われても、信じきれないのが、類。さくらは、類の顔色をじっと観察した。嘘をついていないか。やましいことはないか。いかがわしいことは。


「へえ、見惚れるほど、ぼくのことが好きなのかー。さくらは正直者だねっ」

「……違うってば」


***


 類が予約したのは、あかりの家からも近い、御池(おいけ)にあるレストラン。気取らない南欧料理のお店で、ガレットなどがおいしいらしい。


 とはいえ、あかりは高校一年生、十六歳。

 夜遅くにならないように、注意しなければならない。門限は八時半。あかりの親の許可を得て、さくらが送迎することになった。


「中間テストだけじゃなくて、期末まで優秀な成績で、先生はうれしいです」

「おおきに。先生のおかげや。しかも、今日はご褒美とか、うち、ほんまうれしゅうて、昨日はよく眠れへんかった」


 恥ずかしそうに俯くあかりは、とてもかわいい。


「少し早目のクリスマス会を兼ねて、ね。じゃ、類くんが先にお店で待っているから、行こうか」


 さくらはあかりに、友人も招待していいよと提案したが、あかりはあくまで三人で会うことにこだわった。三人だけだと、緊張するかもしれないと思ったのだけれど、あかりは多くの他者が介入することを拒否した。

 提案しておきながらも、少人数のほうが、さくらも類もありがたい。『北澤ルイが弟』という秘密は、なるべく広めたくない。



 サプライズの意味を込めて、類は店で待機していた。


「こんばんは、あかりちゃんだね。さくらの教え子の。北澤ルイです」


 本物の北澤ルイに会えたあかりは、ひどく感激していた。

 類は上にジャケットこそ着ているが、下はぴったり細身のラフなインディゴなジーンズにブーツだった。モデル体型を存分にアピールしている。

 今日の類は、『柴崎類』ではなく、『北澤ルイ』で通すつもりらしい。


「うわあ、ほんまに! ルイくん、初めまして。うち、あかり言います」

「うん、こちらこそ。あかりちゃん、どうぞ座って。今夜はくつろいでね」

「へえ、おおきに。どないしよ、ほんまにかっこええわ。さくら先生、おおきに。ルイくんが先生の弟なんて、夢みたいや」


 感激しているあかりは、素直にかわいい。さくらもつられて笑顔になる。


 食事会は、類のおごりで楽しくはじまった。あかりの成績に対する、ご褒美兼クリスマスプレゼントでもある。


「メリークリスマス!」

「テスト、おつかれさまー!」


 全員未成年ゆえ、フレッシュフルーツジュースと炭酸水で乾杯する。

 あかりは目の前の類、いや北澤ルイを注視していた。


「雑誌より、十倍かっこええわー。ほんま、どないしよ」

「ありがとう。あかりちゃんも、とてもかわいいよ」


 そつのない、北澤ルイの営業用外面笑顔が光っている。作り顔だなとさくらには理解できても、あかりは頬を赤らめて恥らっている。かわいいけれど、かわいそうでもある。ルイは罪作りである。


「あかりちゃんは、とっても優秀なんだよ。先生自慢の生徒さん!」


 さくらは、場を盛り上げようと話を振った。


「へえ。さくらの教え方は、どう?」

「毎週、うちはさくら先生の来はるのを、楽しみに待っとる。分かりやすうて、大好き」

「受験生のぼくも、さくらに習っているんだよ。同じだね」

「でも、もともと類くんは頭がいいから。私、あまり教えることないんだよ、実は」


 逆に、教えてもらったりしていることは、あかりには内緒。


「ルイくんは、どこの大学を受験しはりますの」


 類は長い脚を組み替えた。


「ぼく? 京都の私大だよ。京都の町が、気に入ったからね。もちろん仕事も再開するけど。平日は京都、週末は東京の二重生活になるだろうね」


 目をぱちぱちさせて、あかりはとても驚いている。


「京都、の大学? 東京かと、思うてたのに。うちも受ける、ルイくんが在籍しはる大学を絶対に受けるで!」

「うん、一緒にがんばろうね。じゃあこれ、私たちからのプレゼント」


 さくらはあかりに小さな包みを手渡した。


「そんな。招待してもろうておいて、プレゼントまで」

「いいよいいよ、開けてみて」


 あかりが包みを開くと、ペンダントが出てきた。小さいけれど、可憐なオパールが光っている。


「お、おおきに……ほんま、おおきに」


 感激のあまり、あかりは声をつまらせた。


「あかりちゃんの誕生石って聞いて。選んだのは、類くんだよ」

「さくらの、大切な生徒さんだからね」

「お、おおきに。うち、一生大切にするで。憧れのルイくんからなんて、うちどないしよ。今日は、最高の夜や」


 戸惑いつつも、あかりはお返しにと手作りのクッキーをくれた。かわいいハート型である。さくらはさっそくひとつ、いただきますをして食べてみる。


「すごい。おいしい! 形もかわいいし! 私、食事は作るけど、お菓子はできないから。どうもありがとう」

「さくらのごはんはおいしいよ。毎日、楽しみ」

「そんな、類くんってば」

「これ以上、もこもこ太ったら、ぼくはモデル廃業の危機?」


 あかりの前で、類はさくらを堂々と褒めた。うれしいけれど、恥ずかしい。


「はー。ふたりは、ほんまにお似合いやね。ブライダルフェアの写真を見たとき、相思相愛やって感じとったけど。きょうだいなんて、嘘なんやろ? ほんまもんの夫婦ちゃうか」

「あかりちゃん?」


「ルイくんの、指輪が証拠や。ずっとはめてはる。さくら先生は迷ってはるけど、ルイくんはさくら先生が好きやねん。はっきりと分かった。そやけどうち、ルイくんにお願いがある。ルイくんは、うちの初恋。さくら先生にはすんまへんけどルイくん、今日の思い出に、キスしておくれやす」


 さくらは目を見開いた。

 あかりはどちらかというと、おとなしい性格のお嬢さま。こんな突拍子もないことを言うとは信じられない。大反対しようとしたさくらだったが。


「いいよ、ぼくは別に」


 そして、類の答えも斜め上だった。信じられないことに、許可したのだ。

 当然、断ると思ったのに。さくらは、類の身体を取り押さえた。


「あかりちゃんは十六歳、まだ高校一年生。類くん、だめだって」

「なに? さくらは拒絶するの。せっかくの、あかりちゃんの勇気を」

「そうじゃなくて!」


 類は、危険だ。ほうっておけない。なのに。


「どこにしようか。手の甲? 頬? 首筋? それとも……やっぱり唇かな?」

「ルイくんに、お任せします」

「これはおもしろい展開になってきたね、あっはっは」


 さくらの腕を払いのけて席を立った類は、あかりの隣に座った。あかりの肩に手を回し、身体を密着させている。


「やめて、類くん。相手は私の教え子だよ!」

「だから、どうしたの? あかりちゃんは素直にぼくを求めている。答えてあげたい。意地ばっかり張っている、頑固などこかの誰かさんとは大違いだよ」

「頑固で悪かったね!」

「そう思うなら、後ろを向くか、今すぐこの部屋を出て行って。やりづらいでしょ」


 そう言いながら、すでに類はあかりの両頬を、手のひらですっぽりと包んでいた。


「やだ、類くんってば。冗談きつい……待って。嘘だよね、類くん」


 さくらは類の腕にしがみついたけれど、乱暴に振り払われた。


「うるさいなあ。ぼくはさくらの所有物じゃないよ、ねえ、あかりちゃん? 京都の女の子って、積極的なんだね。ぼくの好みだよ。さくら、早くあっち行ってくれない?」

「先生、うちからもお願いや。ほんの少しだけでええ、見逃して」


 あかりは両目を閉じており、準備万端だった。類の腕の中で、女の顔をしていた。

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