第4話 都に・恋の・火花・舞う②
「ちょっとお茶でも飲もうか」
類が、玲を誘った。
神社脇にある有名老舗和菓子店に、玲と類は移動していた。玲が類を引っ張って歩きはじめたはずだったが、いつの間にか立場が逆転していた。
和菓子店は古い歴史を持っているものの、しっとりモダンな白壁な外観。瓦が黒光りしている。店内にも、落ち着いた雰囲気が流れており、手前には色とりどりのお菓子が並び、その奥が茶房になっていた。さくらにもお菓子を買って帰りたい、玲は思った。
迷わず、類は喫茶スペースへと進む。
「こんにちはー」
「あらまあ、ルイくんおこしやす」
中年のおばさん店員が類の姿を見るなり、満面の笑顔で迎えてくれた。
「こんにちは、良枝(よしえ)さん。今日もおきれいですね。いつもの奥の席、空いています?」
かなり親しいようで、類はおばさん店員を名前で呼んだ。店員が胸につけているネームプレートには、『浜田』(はまだ)としか書かれていない。
「ま、相変わらずうれしいこと言わはる。どうぞどうぞ、もちろん」
「兄です」
誰かと問われる前に、類は玲を紹介した。
「お兄さんか。よう似てはって。男前やね」
似ている、と言われて柴崎きょうだいは顔を見合わせた。幼いころは、確かに似ていると言われていたけれど、指摘されたのは久しぶりだった。
「似ている?」
「こんなやつと?」
お互い不満そうに、しかしとりあえず、類が指定した奥の席に着いた。自分の正面に、類が座っている。見れば見るほど、愛らしい顔。姿勢もいいし、しぐさもきれいで(以下略)。しかも、男ふたりで和菓子屋でお茶って……なかなか、ありえない。
さくらのアルバイトが終わるまで、あと一時間ちょっとある。自宅へ帰るほどの時間はない。それまでの我慢だと、玲はこの諦めてこの状況を受け入れた。
「いつものお姉さんは、どないしたん?」
「今日はアルバイトなんです。天神さんで、期間限定の巫女さんをはじめたので、よかったら冷やかしてやってください」
「まあ、巫女はんアルバイト。似合いそうやね」
「今、様子を見に行ったんですけど、ほんとにほんとにかわいかったですよ~」
と言いながら類は、求められてもいないのに、携帯で撮った巫女姿画像を店員に見せ、さくらのかわいさを賞賛して自慢する。視点がおっさん的というか、まんま『パパ』である。なんかこいつ、涼一さんに似てきたな……と玲は感じた。
「ルイくんは、ほんまお姉さんにめろめろやね」
「さくらは特別なんですよ、ぼくの」
玲がひとこともしゃべらずとも、会話がどんどん進んでゆく。浜田さんなる店員が、あたたかいお茶とおしながきを置いて、類のコートを預かると、いったん下がった。
コートの下に類が着ていたものは、淡いクリーム色の長袖シャツに杢グレイのベスト。下は、脚にぴったりのブラックパンツ。まさに、雑誌モデル。
玲は、近所まで出るようなつもりで、しかも類に遭遇する予定などなかったので、スポーツブランドのパーカーにジーンズの軽装だった。差、ありすぎ……!
「……お前ら、この店にはよく来るのか」
「うん、たまにね。さくら、甘いものすきでしょ。ぼくも、疲れた頭に糖分は効くから。和菓子は、洋菓子より身体にやさしいし。ここのお店の人たち、ぼくの立場をよく分かってくれていて、すぐに席を用意してくれるところが助かっているんだ。お店には、おいしいだけじゃなくて、そういう気遣いも必要だよね。この席、ぼくとさくらの『愛の特別席』なんだから、ありがたく使ってよ。さて、なにを頼もうかな♪」
お店の名前は玲も知っている有名店。余裕で徒歩圏内だれど、一度も来たことがない。類は情報のアンテナを張り巡らせ、ちゃっかりさくらと京都観光を楽しんでいる。受験生のくせに。
「ふうん」
つまらない嫉妬にかられる自分を、玲は感じていた。
超・ハイスペックな類と真正面から勝負しても、勝てるはずがない。分かっているのに、もしかしたらさくらだけは違うかもしれない、と都合のいいように考えてしまう。
「玲、決まった? ぼくは、お抹茶と季節の生菓子」
「お、おう……」
ケーキは焼けるが和菓子は未体験。玲は少し迷った。
お茶席で出てくるような生和菓子。くずきり、ぜんざい。抹茶パフェや抹茶フォンデュなど、いわゆる『京スイーツ』的なものはない、正統派のお菓子屋さんである。人気のかき氷も、夏季にしか提供していないようだ。
「さくらは、わらび餅がすきだよ」
「じゃあ、それにする」
珍しく、類はいいことを教えてくれたので、玲は飛びついた。
「あ~、引っかかった。情報代として、ここは玲のおごりね」
「なんでそうなる?」
「だって、玲の知らない、さくらの趣味を教えてあげたんだよ。対価が発生するのは、当然でしょ。良枝さーん、注文お願いします」
こいつ、今度殴ってやる……!(主に、顔を)
季節の生和菓子は、栗きんとんだった。栗の形に再現された栗あんが、うつくしい。崩してしまうのがもったいないぐらいに。わらび餅は、山型というか半円のドーム状。見た目はわりと地味だが、中に隠れているこしあんのなめらかさ具合が楽しみだ。
和菓子を、丁寧にきれいに食べながら、類は笑顔になっている。食レポとかも、そつなくこなしそうだ。
「うん、おいしい。でも、さくらと食べたら、もっとおいしかっただろうなあ」
「……みやげに、買ってやれよ」
「そうする。でも、さくらって、もうちょっとぼくにやさしくしてくれたら、言うことないんだけどね。ぼくが外出から帰って来ると、おかえりなさいの次はいつも『類くん、手洗いうがいして!』だし。ごはんのあとは『食器は下げて! 水につける!』。こんなにつくしているのに口うるさいなんて、まさか伝わっていないのかな」
「まあ、それは性格上の構造というか、お前もいいかげん慣れろ」
「……で、本題に入るけれど、玲はいつ、さくらを諦めるわけ?」
いきなり核心に触れてきた。思わず玲は、食べていたお菓子が喉につかえそうになった。わらび餅だけに、つるっといってしまいそうになった。
この話題……家の中では、できない話だった。
「諦めない。何度でも言う。俺は、さくらの答えを受け入れるだけだ」
「頑固だなあ。さくらは、類くんに夢中だよ? 毎日見ていて、分からない? いつも、目で追ってくれている。ぼくが笑顔を返すと、あわてて目を逸らすんだけど、かわいくて。あとは、玲をどうやって説き伏せるか、だけ。さくらはやさしいから、玲を傷つけたくないって思っている。玲の態度はさくらまかせで、後ろ向き。よくないよ。ほしいものは、奪わなきゃ!」
そんな理屈、通用するのはこの世に北澤ルイぐらいしかいない。ああ、なんでこんな面倒な物件が弟なんだろう。いっそのこと、他人だったら割り切れただろうに。玲は柴崎家の血を呪った。
「最近……祥子と、たまに寝ているでしょ、玲? 類くん、なんでもお見通しだよ☆ 秋に入ってから、再縁? ブライダルフェアの写真に、動揺した?」
「おおお、お前。笑顔で、なんてことを……!」
誘われてつい、祥子にふらついたのは事実。けれど、さっそく類に知られてしまうとは。
「さくらが、類くんの耳掃除をしたいって言うから、ちゃぶ台の横にある、戸棚の引き出しを開けたんだよね。いちばん下の段。あんなところに、避妊具を置かないでくれる? 潔癖なさくらに見つかったら、どうすんのさ。しかも、きょうだいの町家で」
「引き出し? 祥子が、適当にしまったのか……てか、耳掃除ってなんだ。お前、さくらにそんなことまで強要しているのか」
「いいじゃん。頼んだら、やってくれるんだし。いいよー、膝枕。それより今は、玲の話。はー、やっぱり祥子と。類くんの名推理、当たりだね。いくら聖人君子ぶっても、若き荒ぶる性欲はコントロールできないってか。まあ、男として、気持ちは分かるよ。今のさくらじゃ、対象外だもんね」
「そういうお前だって、昔はいろいろと」
「ぼくは、さくらに決めた。もう、ぶれない。次に抱くのは、さくら。さくら以外の女はいらない。玲に本気の祥子とは、よくないよ? 遊びたいなら、割り切った付き合いのできる女の子を紹介してあげるし」
な、なんなんだ、こいつ。急に、しおらしくなった。玲は、全身全霊で冷や汗を流した。ひとつも、言い返せない。
「『さくらの代わりでもええねん』、とか口説かれた? 玲も案外、意思が弱かったね。フラれても傷つかないように、逃げ道を作るなんてずるいな。ま、そのほうがぼくには好都合だけどさ。いずれ、さくらは東京に連れて帰る。母さんもオトーサンも喜ぶでしょ。さくらをしあわせにできるのは、玲じゃない。ぼくだけ、だから。さ、そろそろ行こうか」
さくらが好きだという、わらび餅の味はまるで味わえなかった玲だった。
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