(六) 赤い未明と灰かぶりの薔薇

 蓋を開けると、今度は私がため息をつく番だった。

 ひつぎの中のカイレルは天使のように美しく眠っており、もちろんそれは演技で、間もなくパカッとその両眼を開くと不機嫌そうにこちらを見上げた。

 そして一言。


「ド下手くそ」


 言いたいことは分かる。分かるがムカつく。

 私は段ボール製の棺のひどく軽い蓋を力任せに放り投げて天を仰いだ。棺の中からカイレルが起き上がった気配がする。


「今回はまじでコンセプトが分かんない。どうやって私が死ぬと思ってた?」


「いやもうこの際白状するけどこれは何もかもうまくいってない回です……」


「ですよね」


 足音。欠伸あくびをする声。首の骨だか背骨だかがぱきりと鳴るのが聞こえた。


「前回まではまあまあ仕上がってたのにな。特にあの世紀末の、ノストラダムス騒ぎに乗ったガチンコカルトの教祖になってアメリカの警察屋さんと銃撃戦になったやつはよかったよ。ちょっとした戦争になってこれはなかなかと思ったのにさ、その後どんどんトンチキになってきて今回なんか何ですか? この雑魚キャラ仕上げ」


「いや、だいぶ早い段階でなんか間違いがあって、本当はあんたがダンゲルマイヤーさとみになる予定だった」


「はあ? あんなしょぼいゆるスピセミナー商法の小銭稼ぎ女かよ。グレードダウンまじ笑う」


「時代的にはああいうのが来ると思ったんだもん」


「だもんって、おまえ……」


 カイレルの薄い笑い声が聞こえる。ああ、本気で失笑されている。ムカつくけど何の反駁はんばくもできない。

 そうですよ。失敗ですよ。

 ちょっと珍しいくらいの失敗だ、今回は。


「初期設定を派手に間違ってるよなあ……」


 カイレルは自分の棺を蹴飛ばした。段ボール製のそれは一切の重厚感を持たない動きで少しだけその位置を変えた。


「滅亡の日が来て一部の女が生き残ってそれでどうやって私が殺される段取りだったのさ?」


「予言テキストの中の『銀の盆にのせた十二の首が捧げられ』だよ。生き残った女の中から旧世界に殉死させるため、くらいの高い十二人を選ぶ。その一人にダンゲルマイヤーさとみが選ばれる予定だった」


「へえ、ふわふわスピリチュアルのヒーリング女ふぜいがそんな重視されるかな?」


「SNSでバズらせた主犯、っていうか主要因として、『さばきの日』の広報に最も大きな貢献をしたってことで推される予定だったんだよね……」


 それで誰かに首を斬られればカイレルは死ぬ、予定だった。

 人間しか、カイレルを殺すことはできない。私にはできない。

 だからこんなにもしち面倒くさいやり方しかできない。

 私は世界の始まりの前に、ある種の設定を与えることしかできないのだ。その後は観測するだけ。


「しんどい」


 私は再び天を仰いで眼を閉じた。

 まじでしんどい。カイレルが死なない。どんなに工夫しても死なない。何度やっても。何度も何度も何度も何度もどんなに考えても。

 これまで無数に繰り返した世界のそれぞれで私はカイレルを、病人にした。為政者にした。災いを告げる占い師にした。将軍にした。大陸一の美人にした。犯罪者にした。魔女にした。無能にした。詐欺師にした。異常者にした。貧乏人にした。富豪にもした。何とか人の殺意を呼び起こすように配置しようとし続けてきた。

 なのに一度も殺されることがない。

 毎回こうして世界の終わりを目前にお互い記憶を取り戻しては、私がカイレルに呆れられるのだ。


「私が思うにはさ、神のやつ、あんたの機能を削り過ぎたんだよ」


 満開のワイルドローズを雑に撫で回して灰を撒き散らし、どこか伸び伸びとした様子でカイレルは言った。


「一瞬しか会ったことないから知らないだろうけど、あいつ、まじで疑り深くて怒りっぽくてすげー明るい顔で残忍なことやれる上そのこと記憶もしないタイプで、ほんと信じられないくらい狡猾だしをめちゃくちゃ憎んで殺意持ってる。

 それがミコにはまるっと欠けてるよね。本当に機能削り過ぎ。善性だけ多めに残ると鈍くなるのかな、それとも元からポンコツなのかもしんないけど、どっちにしても神、チューニング放棄したよなこれ」


「神を誹謗するな」


「無茶言わないで。私は悪魔だよ? ののし嘲笑あざわらい誘惑し堕とすのは呼吸みたいなもの」


 とげが刺さるのも構わず薔薇の一輪を引きちぎって、カイレルはそれをまるで紳士のように私に差し出した。

 滅ぶ世界に温められた花のいい香りがする。


「ミコが全然私を殺せないから暇で暇で遊ぶしかない。それというのも神のやつがミコみたいな粗悪品を送り込んだせい。私は大歓迎だけどね、おかげですぐ殺されずにすむんだから」


 カイレルの額の眼が開いていた。蛇のような山羊やぎのような金色の瞳が三つ、私を見ている。薔薇の花が私の口元に触れた。焼け焦げた何かの匂いがする。

 そうしながらカイレルは凄絶なまでに美しく微笑み、言葉を続けた。


「ねえ天使ミコ、もう少し悪魔らしいことを言ってあげようか。

 あんたはそろそろ天使じゃなくなってきてるんだよ」



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