(五) 七月二十一日 木曜日

 本当のことを言うとカイレルが心配した通り外はまあまあ不穏な感じで、映画館に来ているのも男が多く、私も売店コンセッションに並ぶ間にからまれたりした。

 つまんないことしてないで映画観ようよ、お互いこれが最後かもしれないじゃん。そう言うと相手の男はめそめそ泣き出してしまい、うわあうぜえと思ったらなんと席が隣で、本編開始までめそめそされたのには参った。そう、なんとこの状況下でちゃんと予告編も上映されたのである。

 いや、世界滅びるんだったらもはや予告編とかいらなくない? 滅びるといっても生き残る女がいるから上映可能性はあるのか? だとしても予定されてた日に公開できます? そういえば生き残りがいるとしても『さばきの日』の後の映画界ってどうなるの? 役者が女ばっかりでタカラヅカみたいになるの? それともCGと合成音声で男を作成するの? それか映画作る余力自体がない世界になるの?

 そう思いながら十数分の予告編をこなしたあと、『シルバー・ブラッド・ストライプス2:アラーテッド』の本編が始まった。



 本編のことはここではく。

 まあていに言って、ちょっと何をされたのか分からないくらい面白かったし一体どうやって撮ったのかも分からないような超絶映像の連続でこっちの処理能力を簡単に超えてしまったし、クソデカ感情にぶちのめされて私のHPはもうゼロ。

 前作で死んだと思っていた悪役のトリスタンが冒頭めちゃくちゃ美少女かよみたいな可憐な作画で出て来て記憶喪失なうえ主人公イーライにしか心を開かずイーライ側にもトリスタンを失えない理由ができて、何やかんやでイーライはそのトリスタンを守りながら闇堕ちしたかつての恋の相手でもある師匠と戦わなきゃならなくなるとか完全に同人誌で一万回見たエモです。ツムシュテークてめえ的確に殺しに来たな私を。尊い。

 『裁きの日』のあとも同人イベントは開かれるのだろうか。SNSは続くのだろうか。信頼する映画TLタイムラインの皆様の産み出す二次妄想が読みたい。頼むよ世界滅びないで。『裁きの日』とかやめてくれ、ツム神とアラステアちゃんの続編観たいにもほどがあるだろうよ。マジでやめてくれ、男を殺さないでくれ。何なんだよその滅亡レギュレーション。バカなのか。


 それで問題は客電がいた瞬間に判明した。

 まあ何となく、そうかなとは思っていたのだ。

 本編終盤のいいところで銃撃戦が始まった頃、そのやかましい金属的なサウンドの中に、小さなうめきが幾つも聞こえたから。

 上映が終わると、シートに座ったまま男だけが絶命していた。私の隣でめそめそしていたあいつも半眼をいて死んでいた。皆、額を一発ずつ撃ち抜かれていたのは何故だろう。発砲なんてスクリーンの中でしか起きていなかったのに。

 3Dシアターを出るとあちらこちらに店員の死体が転がっていた。そちらには銃創はなし。映画館を出ても同じだった。

 午前二時台だというのに空が禍々まがまがしくだいだいいろに光り、血色の夕方みたいに明るい。

 何より、映画館の外は一面焼け野原になっていた。

 駅のあった方に降ってきたらしき旅客機が斜めに刺さって炎上したのだろう、骨格のような巨大な影が見えた。

 上物うわものが焼けてなくなったあちこちの区画には、きれいなひつぎだけが残って幾つも安置されている。光景としては不気味が裏返ってちょっと可笑おかしくなってしまうようなシュールさだ。

 スマホは既に電波をつかまなくなっていた。念のためかばんに入れてきた手巻きラジオをつけてみると、国営放送の電波で喋っているのがアナウンサーではない女性局員だということがその発音から分かる。

 つまり、だ。

 状況開始が、予言より遥かに早かったのだ。


 家に帰ると、予想通り家はずみになっており、残っているのは真っ黒ながらをかぶったピンクの薔薇ばらのアーチとピンクの棺。やはりシュールだ。私の空色の棺は焼けたらしい。中の人がいないとちゃんと焼けるのは律儀で面白い。

 どこか遠くから轟音のごりが届く。何が墜ちたのか何が撃たれたのか、もはやどうでもいいような気がする。

 映画館からここまでの片道十分、焼き上げられたような地上を歩きながら私は、

 一歩、一歩、踏みしめながら。

 読み直した。

 照合した。

 間違いだ。

 そうだな、間違いがあった。

 どこかので。

 ギュッと眉間にしわが寄るのが分かった。

 どこを修正すべきか?

 考えながら私は、灰をかぶったピンクの棺の蓋に手をかけた。




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