(四) 七月二十日 水曜日 二
向かいの家が燃えている間に、空色の
例えば、ネット上での
それから、駆け込み結婚が増えた話。これは大災害の後などにみられる現象らしいが、今回はイベントの後に生き残れない可能性を考え事前にピークが来たのだろう。
他には
現状もう相手がいる者は駆け込み婚でも何でもすればよいが、そうでない場合はこの土壇場になって新規に相手を見つけることは難しく、しかも土壇場だからと言って誰でもいいわけではない、という極めて人間らしい欲求とリアル条件のせめぎ合い現象である。
ネット上では幾つかのマッチングサイトが発生したが、もちろんそのうち何割かは詐欺目的のもので、滅亡は明日というこの状況でも人間の考えることはそれほど進歩しない。
根本的に冥婚と同じ考え方が根にあるのだろう事件も起きている。『
また、一部の国で従来から認められていた死後婚姻、つまり婚約状態にあって結婚前に片方が死んだカップルについて、死亡前に
それから最後に、私にとって非常に重要な情報が飛び込んできた。『シルバー・ブラッド・ストライプス2』についてだ。
大都市の大きな映画館では、封切り日の二十二日金曜日になった瞬間の午前零時で初回上映するところが幾つもあるのだけれど、私の住むこの街はそうではない。古い小さなシネコンは近年慢性的な人手不足で、深夜早朝帯の上映回をやれないでいた。それに、設備も古い。
元々は、『シルバー・ブラッド・ストライプス2:アラーテッド』の初回上映は二十二日の朝八時五十分が予定されていた。最速上映はやれない代わりにファーストショー料金でどうぞ、というこのシネコン恒例の設定である。
それが、この『裁きの日』騒ぎで二十一日の朝九時以降は状況がどうなるか分からないということで配給元などとの折り合いがつき全世界で一日前倒しが決定、うちでもゼロ打ち最速上映やります、とメールが送られてきたのだ。
3D字幕版は、予定より一日早く、二十一日になる瞬間の零時から上映されるという。零時三十分からは通常字幕版。一時二十分から通常吹替版。
つまり、今から一時間後には上映開始だ。
私は思わず声を上げ、棺の中で
隣の棺で動画を観ていたカイレルも半身を起こした。
「どうしたの、ミコ」
「『アラーテッド』、この後二十四時から上映になるから行く」
「ええ? やめなよ、今晩は棺で眠ってないと」
「観たいもん。
「行き帰りが危ないじゃん……」
「行きます」
言い切った私に向けて放たれたカイレルのため息が聞こえる。
私の殺し屋アラステア・ケラハー。ツムシュテーク神の恐らく最後の作品。
世界がどのように滅びようとも、彼らの
私は既に、3D字幕版の座席指定画面をスマホに映し出している。お気に入りの後列中央を素早くタップすると会員番号を超速で打ち込み料金画面で『会員価格(3Dメガネをお持ちの方)』を選択、あらゆる確認了承事項のチェックボックスを連続タップして進み、速やかにクレジットカード購入を決めた。クレカ決済生きててくれてありがとう。
私は観る。長い間待っていた作品を観るといったら観るのだ、この世の
イーライ、と私は、作中でアラステア・ケラハーが演じる殺し屋の名を心で呼んだ。
何だったらもう、あなたが私を殺してくれたらいい。
スクリーンの中からでも、座席を取り囲む薄暗がりからでも自由に出てきて、あなたがこの世を滅ぼしてくれるならよかった。
きっといい眺めだろうな、と思う。イーライは民間人として唯一、高レベル武器の遠隔召喚コードを制限なしに使用許可された殺し屋だ。どこからでも、何でも持ってくる。この世のどんな銃でも化学兵器でも、その気になれば核だって。
けれどもそうはならないということを私は、もう知っている。
知っている、ではない。知ったのではない。
カイレルの言う通りだ。
それは私の記憶に書き込まれて蓋をされていた。
その蓋が開いたというだけのことなのだ。だから、疑いようがない。
私は、忘れていただけなのだ。
他人の家が燃える音を聴きながら、私は思い出した。
この世界は滅びる。
そんなことは、この私が、私こそが、一番よく知っていることだった。
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