(二) 七月十九日 火曜日

 SNSを眺めて十分も過ごすと状況が分かってきた。

 ここまで話が大拡散した理由は割と単純で、まず一つにはカイレルではなくカイレルの指導者、ニューエイジの流れをむスピリチュアル系代替だいたい療法カルトの大物ダンゲルマイヤーさとみ師が情報の発信源だからだ。ダンゲルマイヤー麾下きか活動家アクティヴィストにはいわゆるインフルエンサーが揃っている。

 そしてもう一つには、何故か世界に散在する様々な他のカルト集団も、ほぼ同一と思われるテキストで『さばきの日』の到来を唱え始めたからだ。おかげで、ここ二、三日の間に各SNSで爆発的拡散が起きたらしい。

 ということはカイレルが、誰も知らないけど私は夢に見た、と言っていたのはまあ、嘘だ。よしんば指導者とやらが夢に出て教えてくれたのだとしても、誰も知らないけどという前書き部分は真っ赤な嘘だ。名だたるカルト・スピリチュアルのお歴々が寄ってたかって知らせまくっているのだから。

 特に腹は立たなかった。カイレルには元々そういうところがある。昔から、聞きかじった話をさも自分のオリジナルのように話す癖があった。

 そんなことより、TLタイムラインには焦燥を装った興奮と優越感、そして商機を掴もうとする投稿が次々流れてくる。

 私はいち早くひつぎを手配しました。どこそこの業者はまだ在庫ありますよ。親戚が棺業者なので運よく手に入りました。早めの終活で棺を手作りしていたのが役に立ちました。棺のお譲り希望です。取りに来られる方のみ、NCノークレームNRノーリターン厳守。子ども用探してます。ひとつの棺に二人以上入っても大丈夫な理由、知ってる方いませんか?




『私たちの棺、発送されたみたいだよ。

 配送ステータスはここ見てね』


というテキストと共に配送業者のお荷物追跡ページURLが送られてきたのは、その十九日火曜日の、おやつの時間のことだった。


『私のも注文したの?』


 既読無視しようと考えていたのに思わず返信してしまったのは、早くも棺を求めて業者・斎場に言いがかりをつけたり暴行する者が出てきたとニュースで見たからだ。今後、棺らしきものが自宅に届くとそれだけで狙われかねないという。棺は今や明らかな品薄で、ネットではすでに悪質業者による詐欺や異常な高値の商品が飛び交い、棺強盗に備えて組立式で配送時にバレない軽量棺というものが取り沙汰されるようになっていた。というか何だよ棺強盗って。しれっとトレンド入りしてるけれども。


『二個一緒なら合計金額で送料無料になるから、私んちに届くようにした。

 うちは骨董屋でデカい荷物なんかいつものことだから目立たないし。ミコの分は庭から運べば大丈夫でしょ』


 視線を向けると、窓の外には私の背より大きく育った薔薇がアーチの形に茂り、ピンク色の花をいっぱいに咲かせている。この花の向こうにカイレルの家がある。確かに人目に触れず搬入が可能。

 しかしだね、カイレル。私は本当に棺を買うつもりはなかったんだけどな。返品不可だったような気がする。一万六千円……、軽く買ってくれたもんだな。


『なんか大騒ぎになってるじゃん。

 指導者氏は理由知ってんの? 裁きの日がきて滅亡する理由と、棺で寝る女だけ助かる理由』


『裁きの理由はないんだって。元々そういう計画で世界を創ったからこの世界が終わって新しい世界に代替わりする前には裁きは避けられない。日時も決まってたけど私たちが読み取れずにいただけ。

 棺の女だけ新しい世界に行けるのは棺で眠ることが次の世界が来る運命を肯定する祈りの行為だから』


 うん、よく分からない。

 私は今度こそカイレルとの会話を既読無視にして、甘エビおかきをボリボリ噛み砕きながらTLの速読に復帰した。二十一日朝九時に滅びが始まる根拠とやらを掴まないことには到底納得できない。その翌日の二十二日に辿り着けるかどうかはっきりしてもらわないことには。

 大事なことだから何度でも繰り返すが、私がこの五年というもの心待ちにしてきた、そのためだけに生きてきたと言っても過言ではない映画『シルバー・ブラッド・ストライプス2:アラーテッド』。ヘルムート・ツムシュテーク監督の大ヒットしたバイオレンスアクションSF、その続編の、待望の世界同時公開日が二十二日だ。大好きなアラステア・ケラハーが再び孤高の殺し屋を演じる、ゴリゴリに仕上がったヴィジュアルのスタイリッシュ大虐殺トレーラーを何百回繰り返して観たことか。

 その大事な大事な世界同時公開日の前日に、リアル滅びの日なんぞ開催されてたまるかよ。



 夕方頃には、ネット各所で男が噴き上がっていた。女だけ生き延びるなどということは不自然だし理屈に合わないのに、女たちが夫や父や男性の友人を救おうとせず自分たちの生き残りにばかり執着して棺探しに騒いでいるのは頭がおかしい、というのである。まあ確かに不自然な話ではあって、新しい世界とやらに女しかいなければ人間は自然繁殖ができなくなるはずだ。

 ただ、もしかするとその時点で母親の胎内にいた男だけが助かって生き延びるのかもしれない。

 やがて男の子を持つ母親たちが、子どもはまだ神に近い存在だとか性的な存在ではないはずだとか言い出した。つまり生物学的に男の子であっても私の子が救われないなんてヒドイ、という感情が何か御託を言わせているのだと思う。多少、気持ちは分かる気がする。彼らはそうした感情を、男の子であってものではないか、のではないか、と様々な形にしてSNSなどに射出し始めた。

 控え目な穏健派は息子を女装させ棺を買ったと書いた。過激派は息子の去勢や性転換手術を手配しようとした。さすがに本人が性違和を感じてもいない男児に手術を受けさせるというアイディアは批判を浴びたが、親たちは子供の命が何よりも優先されるとして、緊急避難措置としての手術の正当性を主張していた。普通にやばいな。

 当然、成人済みの男(性染色体的な意味で)も一枚岩ではなくなった。様々なボーダーラインがその意味を改めて問われる。女装家は救われるのか? TSトランスセクシャルは? 中性・無性Xジェンダーは男ではないからセーフか? が救われるのか、が救われるのか? 性別とは何だ? 助かる可能性に賭けて今から性転換手術を受けるには?

 しかしそれにしても、もう十九日である。二十一日までに手術して性別を変えることは普通に考えればまるで現実的ではない。

 懸念された通り、自力であるいは切り落としかけた男が緊急搬送される事例が報道され始めた。


 その日の夜遅くには、『裁きの日』滅亡騒ぎを直接の原因とする初めての自殺者が出たと報じられた。死んだのは例のスピ師、ダンゲルマイヤーさとみの信奉者男性だったという。




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