弁天島カイレル良子の未来予知

鍋島小骨

(一) 二〇二二年 七月十八日 月曜日

「ミコ、世界は終わるんだよ」


 明るいピンク色の薔薇ばらが冗談みたいな勢いで咲き乱れる七月の晴れた日のことだった。

 予言通り『さばきの日』が始まることになったよ、と言われた私はもちろん目の前の友人が相変わらずやばい宗教にかぶれてると思ったし、割と冷たい性格なのでほぼノータイムでいい加減こいつとの関係は捨てようと思った。隣同士の家に生まれて二十数年になるが、いよいよヘヴィなものがある。

 にがよもぎの星とか言っている。それは黙示録だ。銀の盆にのせられた首とか言っている。それはサロメだ。このことは誰も知らないけど私ぜんぶ夢に見たの、と言われても正直反応に困る。そこで現実逃避がわりに近くの花を見た。

 花屋の花というものはたせるために冷やしてあって、恐らくその時香りも一緒に冷えてしまう。それに最近店頭に出る切り花はそもそもの香りが弱められているものが多い。私は地植えの薔薇ばらの、夜の冷気以外の何ものにも冷やされたことのない、日向ひなたで温まったいい香りが大好きだ。

 ほがらかといってもいいような香りを放ちながら花壇で元気よく咲き誇るピンクの薔薇。毎年大事に世話してきた、一重咲きのワイルドローズ。青く高い空。

 彩度の高い世界。

 そんな中、私の友人である弁天島カイレル良子――本名である。べんてんじまカイレルながこ、と読む――は一生懸命に言うのだ。ひつぎで眠る女だけが救われるの、と。それはあれじゃないか、女優サラ・ベルナールの奇癖か吸血鬼の話ではないか。


「だから私、一昨日おとといのうちにやすらぎ葬祭に電話して棺のカタログ送ってもらった。普通は何日も使うものじゃないから短期間もって軽くて燃えやすいのがいいみたいで、今は段ボールでできた棺もあるんだよ」


 いやそれは知っているのだけれども。うちでも去年、行方をくらましていた大叔父が死んで見つかったものだから。

 立派に葬式を出してやりたい見栄っ張りの祖父と、長年出奔したままだった一族の鼻つまみ者になんか一円も余計に使いたくない大伯母との間に様々の小競り合いがあり、その中で私は斎場用意の棺やらスタンド生花、盛り籠、死装束などの価格表を目にし、葬儀の場であってもあらゆる装いはピンキリであり金次第だということを学習した。

 確かに段ボール製の軽い棺は見た。今時の少人数の葬儀だと持ち運びも大変だし段ボールなら軽い上に気持ちよく燃えて無くなるだろうからなるほどこれはアリよりのアリだな、と思った記憶がある。


「裁きの日が始まるのは七月二十一日の朝なの。だから私たち、少なくとも二十日の晩は棺で眠るようにしないといけない。てことは、注文するなら急がないとだめなの、もう十八日だから。それも在庫があればの話になっちゃう」


 いつの間にか薄っぺらいカタログを取り出して開いた弁天島べんてんじまカイレルながはページを私に向けており、まるでそれが当然であるかのように言った。


「私、この一番お手頃な布張り棺のピンクにするけど、ミコはどうする? なんか、側面とかに取っ手がつくと同じやつでもすごい高くなるみたい」


「あ、そういう和風なやつでいいわけ」


 我ながら気乗りしない声で私は言った。


「キリスト教向けっぽいデザインもあるんだけどなんか高いんだよねえ」


 カイレルは唇をとがらせてそう言い、でも棺は棺でしょお、とやや小さい声で付け足した。私は完全に上の空でカイレルと色違いの空色の棺を、まぁ色的に言ったらこれかなぁ、なんて言って指差したような気がする。



 とにかくカイレルにはもうこちらから連絡しないようにしよう。SNSにメッセージが来ても時差でスタンプだけレスとか既読無視とかにして、付き合えませんよ、よそを当たってちょうだい、というスメルをお出ししていこう、と思っていた。だって、世界滅びます系の宗教はやばい。そんなことは私たち、前世紀の末によくよく思い知らされたのではなかったのか? まだ生まれてもいないけど。

 大丈夫、カイレルを切っても私は孤立しない。はずだ。多分、大丈夫。



 ところが翌日の正午きっかりに私が目を覚ますと、世間は大騒ぎになっていたのである。

 七月二十一日木曜日に世界は滅び、棺に隠れた女だけが生き延びる、と。

 いや、でも待ってほしい。それは都合が悪い。何で今週だよ。何で二十一日なんだ。私は認めないぞ。やるならせめて来月にしてほしい。だって観たかった映画が二十二日の金曜に封切りになる。『シルバー・ブラッド・ストライプス2:アラーテッド』。私の神ツムシュテーク監督の三年振りの新作。あのアラステア・ケラハー主演作。金曜日にやっとその上映が始まるのに。

 大体カイレル、別にSNSでもアルファとかじゃないのにこんな大騒ぎになってるの、絶対おかしいだろ。何だこの爆速の影響インフルエンスは?



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る