女神終
真っ白な場所。
まずは床と壁、天井があることがわかり、床の上には卓袱台と座布団があることがわかった。
座布団に、姿の認識できない誰かが座っていて、俺を待っている。
「……あのー?」
「こんにちは」
「こんちはっす……」
「話したいって言ったじゃない」
「はあ……どうも……?」
声すらも、音の印象が脳の表面を滑って沁み込まない。
「女性の方ですか?」
「わかるの?」
「話し方と、仕草で辛うじて……」
体型もいまいち認識できていないものの、口調と指先の繊細さと、急須を使う手つきの優美さが女性らしく思えた。
「男だったらどうする?」
現実でその手の人と出会ったことはないが……
「だとしても、その人の心か自己認識が女性なら女性判定でいいかなと」
「っふふ、あははは!」
笑われてしまった。
「えっ……す、すみません、デリケートな話ですよね! 軽く話して申し訳ないです……」
「笑ってごめんなさい。あなたの強さが清々しくて楽しかったの。◾️はあなたの直感通り、女よ」
「は、はあ。……はい」
なぜかは不明だが、一人称の部分が認識できなかった。
困惑する俺に向かいの座布団を勧める。
「どうぞ」
「では失礼して」
会釈して座布団に座る。出されたお茶は番茶だ。
「味はどう?」
「ほっとする味です。温度もぴったり好みですよ。ありがとうございます」
「良かった。もてなしを喜んでもらえるのって幸せ」
ほんわかして可愛い人だなあ。
……顔わからんけど。
「で、その。あなたは……どなたなんでしょう?」
「あなたの神秘」
「…………。お、俺の精神状態がヤバいというお話ですか?」
「楽しい発想ね」
「笑えないんですが否定してもらえませんか……!?」
いくら不安だったとはいえ、擬似人格を持たせて会話しようなんて無意識にも考え実行したとなれば、自分自身に恐怖を覚える。
「大丈夫よ。◾️があなたが生み出したものでないことは保証するわ。でも、◾️が元はなんだったのかは思い出せない」
「……思い出せないから見た目が認識できない、とか?」
「どうなのかしら。そもそも、あなたの神秘とそれに伴う知覚能力って、基本的には多数決なの」
「多数決?」
どこのどなたと多数決なんだろう。
「あなたの神秘は人を幸せにする。でも、頭が狂ったようなシリアルキラーにとっては、自分の思うままに振る舞って人を殺すことが幸せな訳だけど……それは他の人には全く幸せではないのね」
「あー……世の中全体における幸せを測るみたいな。そういう機能があるんですか」
社会学入門で習った公共福祉だとか、国家・社会ごとの倫理規範などのワードが思い出される。
「著しく倫理を外れたりする幸福は、他の人のためには見過ごせないですもんね」
俺の神秘で後押ししたら恐ろしいことになる。
「そうそう。それにね、あなた幽霊見えないじゃない?」
「……見えたときもありますが」
「その時ってね、『今この状況では幽霊が見えない人の割合の方が高い』って判断したら見えないし、逆なら見えるの」
思ったよりも多数決だった。
「あとね、公共の幸せは満たしていても人による幸福はまちまちってことも多いでしょう。そこは最終的にはあなたの好き嫌いで決まる。あなたがその人にどう幸せになってほしいと願うのか」
「……恐れ多いのですが」
「かもね。……でも、あなたは今までいろんな人にそうしてきたのよ」
「…………」
「あなたにこのアーカイブが発現した理由は、◾️にもわからない。……ただ、あなたが無意識にも人に幸せであってほしいと心から願える子だから、上手く制御できていると思うの」
彼女は柔らかく笑っている。顔も認識できないのに、よくわかった。
「不便でしょうから、スイッチのオンオフ。アーカイブの稼働がわかるようにしてあげるね。操作は自分で頑張って」
「あ、ありがとうございます!」
「いいのいいの。ひーちゃんに心配をかけてしまったから」
「……先生のこと知ってるんですか?」
「ええ。これ以上は秘密」
彼女は背筋に芯の通ったような綺麗なお辞儀をして、俺に優しい声で言う。
「これから、末永くよろしくね」
「……こちらこそ、よろしくお願いします」
この人も幸せになってくれたらいいな。
「バイバイ、光太。また会いましょ」
白い視界に色が戻っていく。
見えてきたのは薄クリーム色の天井と白い壁。白いカーテン。白い布団に無機質な白のベッド。
そして、目の前には赤ちゃん。
「……んん?」
「ぁう?」
目が合った彼女はくりっとした瞳をぱちぱち瞬きして可愛い。
「ぁー!」
「お、起きたか」
混乱したものの、なんのことはない。ユーフォちゃんを抱っこしたリーネアさんがそばにいただけであった。
……あれ?
「え。ええ? あれ?」
俺は大学にいたつもりだったのだが、見える景色はどう見ても病院の個室。
リーネアさんはうごうごする娘さんを抱っこしたまま教えてくれる。個室備え付けの日付つきデジタル時計を見せながら。
俺の覚えていた日より2日ほど時間が進んでいた。
「……なぬごと!?」
「まあ落ち着け」
「ぁう」
時計を俺に持たせ、彼は淡々と説明する。
「お前の最後の記憶は大学でラーナさんと話してたとこだと思うが、その時に鼻血ふいてふらつき始めたらしい」
鼻血が出たところまでは記憶にある。
「そんで病院に転移。アリスが鎮静剤打って寝かした」
「……」
「なんで俺がそばに居るのかって話だが。ケイとひぞれがお前を心配してついてて一睡もしようとしないもんだから、寝床に押し込む代わりに見守りを引き受けた」
「ありがとうございます……」
「礼なら二人に言え」
小さく笑ってから、『呼んでくる』と部屋を出て行った。
少しして、京と翰川先生が飛び込んでくる。
「光太……!」
「わーん、光太ー……!」
遅れて、リーネアさんと、金髪三つ編みの天使:サラノア先生もやってくる。
サラノア先生は今にも泣き出しそうな女性二人を宥め、綺麗な瞳に赤い火花を散らして俺の手を取る。
「……ん。問題なさそう。意識もはっきりしたな」
「えっ、意識?」
「何を話しかけても『大丈夫です』と虚な目で返すばっかり。どうにもならんから薬で強制寝落ち」
全然大丈夫じゃなかったらしい。
「本当に怖かったぞ。無事で良かった……!!」
「今度こそ大丈夫だよね? 良かったよお……!!」
泣いて俺の手を握る翰川先生と泣き崩れそうになる京。
心配をかけてしまったことが申し訳なく、心配してくれたことが嬉しい。
「大丈夫です。……二人ともありがとう」
「ひーちゃんと京、とにかく落ち着け」
サラノア先生は人を落ち着かせる手際が良く、二人を壁際のベンチに座らせ寝かしつけてしまった。
「は、速い……」
「無理して起きてたから。……とりあえず、医者として症状と治療の説明」
「よろしくお願いします」
こくりと頷く。
「神秘持ちの体内は、その神秘が流れて循環してる。特に頭と心臓のラインは太い。今回のお前は、頭から他に流れ出す道筋が全体的にぶっつり切れてた。ついでに頭の血管がいくつかぶっつん」
凄い淡々と言われているのだが、これ、結構な症状では?
今更ながらに恐怖を味わう。
「慣れないアーカイブを酷使し、キャパシティを超えた人間にありがちな症状。どんな神秘持ちも最低限の自己修復機能は持ってるけど、限界はある。なので一時は最悪の事態と後遺症を覚悟したけど、いまは問題なし」
「よ、良かった……」
「お前の恋人や先生がずっと手を握っていたおかげもあるかな。ひーちゃんはコードでお前の脳を修復してたし、京はパターンで暴走するお前の謎神秘を抑えてた」
彼女はにんまり笑って俺の額をつつく。
「起きたら二人にお礼言ってやれ」
「はい。サラノア先生もありがとうございました」
「ん」
白衣の天使はひらひらと手を振って部屋を出て行く。
「……」
翰川先生には恩返ししてもしきれないし、京を幸せにしたいと思っても、彼女はいつの間にか俺を助けて幸せにしてくれている。
……頑張らなきゃな。
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