5.祈りと願いの差異
◾️◾️◾️◾️1
「そういえばはじめまして」
魔術学部の畳部屋で、とても綺麗な人と出会いました。
「はじめましてです!」
「ラーナがいつもお世話になってます」
「お世話になってるの、私の方です。今後ともよろしくお願いします」
「ん」
「お茶いかがですか。お番茶飲めますか?」
「ありがとう。ぜひ」
「わかりましたのですよー!」
サファイアの髪をしたこの男性がどなたかはわかりませんが、魔工のセファル先生に似ていらっしゃるのでご兄弟だと思います!
「しおりん、キミは警戒心をどこに置いてきたんだい?」
「わー。ラーナさんこんにちはです」
ラーナさん、クッキーとパウンドケーキの載ったトレーを持っていらっしゃいます。
「ケーキ、栗と抹茶。食べられるかい?」
「食べられます。大好物ですっ!」
優しいラーナさんが嬉しいのです。
「ところで、この綺麗な方はどなたなのでしょう?」
「出会って30分でようやく聞いたぞこの子」
綺麗な人はもっしゅもっしゅとケーキを食べておられます。
「……ルピネちゃんに育成された純粋培養っ子だから大目に見てやって」
「そか」
「? ルピネさん、良い人ですよ。綺麗で優しいお姉さんなのです」
たまに遊びに来て私や妹をハグしてくれます。
ハッピーです。
「ルピネのことはよく知ってるよ。素直な子だな、しおりん」
「素直すぎるんだよねえ……」
ラーナさんはお菓子を配り終えて、私に綺麗な人を紹介してくれました。
「こちら、私の父さん」
「シンビジウム。シンビィでいい」
「そうなのですか。道理で似ていらっしゃると思いました!」
「うん、どうも……」
「ん。……番茶美味いな。ちょうどいい湯加減で好みだ」
「わー。喜んでもらえて良かったです。光太くん……お友達に教えてもらったんですよ」
「ふうん」
あ、口癖。これを聞くと、ルピネさんとルピナスさんの会話を思い出して微笑ましくなってしまいます。
「ていうか私が来るまで何話してたの?」
「魔法陣のお話ですね」
魔術学部の1年に出された課題なのです。
「あー……そっか。もうそんな時期かあ」
「楽しい課題ですよね」
雨水にだけ反応し、魔法を発動する魔法陣を考えて書け……なんて素敵な宿題です。
「発動するとこまではいったの?」
「はい」
まずはお手本を渡されて、『雨が当たると光る魔法陣』の練習をするのですが、ルピネさんから教わっておりましたので上手くできました。
ここからが発想力と勉強の成果の見せ所で、去年の先輩たちのお手本は『猫のシルエットが踊り出す魔法陣』だとか、『ステンドグラスのように色とりどりに煌めく光を投影する魔法陣』だとか……いろんなものがありました。
「学園祭のピザ券を賭けた魔法陣品評会で勝ち進むべく、シンビィさんにコツを教わっていたのです!」
「この子、筋がすごく良い」
「父さんの魔法陣とかワケワカメだからやめた方がいいと思うよ……?」
「え?」
シンビィさんに教わったことを、魔法陣を指差しながら復唱します。
「魔法陣のここがふにゃんとしてパキッと囲むから雨で発動するんですよね?」
「うん」
「だそうですよ!」
「あっはははははは! 天才って理不尽!」
本日はゴールデンウィークも明けましての学校初日なのです。
「ポータブル神棚の算段がついたからしおりん呼んだんだけど、父さんはなんで先にいたの?」
「わかんないけどしおりんと会った方が話早いかなーって」
「……いやまあそうかもなんだけどお……」
ついにポータブル神棚の実現!
私の悲願が叶うとき、です!
「喜ぶしおりんは相変わらずのド天然だし……」
「なんかあーちゃんを思い出す子だな」
「はー……」
ラーナさんが私を撫でてくれました。
「えへー」
「ラーナ先生はしおりんの流されやすさが大変気になります」
「? 美人なお姉さんに撫でられるの幸せです」
「あはは、可愛いなあもう」
幸せです……ラーナさんからいい匂いがします……
「ラーナさん、好きです」
「ありがと。私も好きだよ。……神棚を作るにあたって、協力してほしいことがあるのね」
「なんでしょう。私にできることでしたら」
「……父さん」
促されたシンビィさんは、静かに言いました。
「嫁が妊娠した」
「! おめでとうございます」
「だが、なんとなく、怖くてな」
「……」
この人は、オウキさんとラーナさんを失った時のことを、今でも……
「気休めかもしれない。それでも……お前さん、巫女さんだから、縁結びとか向いてる。頼んでもいいか?」
「もちろん。ですが。その……私、未熟な巫女でして」
上手いこと縁結びできるほど器用でもなく経験もなく。
「んー……説明しづらいけど、そこは大丈夫」
「わ、わかりました。私にできることでしたら、喜んで」
「ありがとう」
待ち人が来るまでしばし歓談なのです。
「シンビィさんのご専門はなんでいらっしゃるのでしょう?」
「ものづくりではカラクリが得意。ほら、えーと……歯車とバネとか組み合った時計とかあるだろ。あんな感じの仕組みのカラクリで魔法にしたり、コードで物理現象動かしたり」
「もしや翰川先生の義足も?」
翰川先生は生粋のコード持ちさんですから、単純な魔法だと反発して危ないと思うのです。この方が作ったのならば納得なのですね。
「うん。プロトタイプは俺が作った。今の義足は家族親戚がありとあらゆる手を尽くしてるから合作だけどな」
「はわー……すごいです!」
「照れる」
「ラーナさん。シンビィさん、表情豊かで綺麗な人ですねっ」
「この究極の無表情を見てもそう言えるしおりんツワモノ」
「いろいろ不安になる子だな」
「はれ?」
シンビィさんはルピネさんと同じで、無表情な中にも確かな温かみと優しさが見える方だと思うのですが。
悩んでいると、ドアがノックされました。
「開いてるぜ」
ラーナさんの声に応じてドアが開きます。
そこにいたのは愛しい親友の佳奈子ちゃんと、その相棒さんのノアさん。
ノアさん、佳奈子ちゃんを背丈で追い抜いてますね。
……異種族さんは心の傷が癒えるたびに止まっていた成長が前進していくそうですから、佳奈子ちゃんと過ごすことは良いことだったのだと思います。
微笑ましいのです。
「紫織ー!」
〔こんにちは〕
半泣きで私に抱きつく佳奈子ちゃんと、杖をついたまま冷静に挨拶するノアさん。
ラーナさんは気持ちの良い爆笑をしています。
「よう、ノア」
〔お久しぶりです〕
「見ないうちに育ちやがって。元気してたかい?」
〔おかげさまで〕
お知り合いな様子のノアさんと妖精さん親子の横で、佳奈子ちゃんはぷんすかしています。
「ノアがね、あたしのこと追い抜いてね、ひどいの!」
「そうなのですかー」
でも、佳奈子ちゃんとノアさんの手に赤い糸が見えているのですよねー。うふふー。
「うー……抱っこさせてくれなくなっちゃったし……ひどい」
〔僕はお前より年上だ〕
「ノアー……」
佳奈子ちゃんは私から離れてふらふらとノアさんに抱きつきました。
ノアさんは少しだけ固まってから、仕方ないとでもいうように佳奈子ちゃんを撫で始めます。
うふふうふふ。
目が合いました。
「?」
「……」
少しだけ逡巡したような気配を感じた直後、私の脳にノアさんの意思が入り込みました。
これがノアさんで、彼に悪意がないことがわかるのは理屈ではない。
〔紫織。あなたのみに繋いだチャンネルだ〕
〔はわー〕
公然の状況で行われる力技の内緒話。
私は率直に質問します。
〔佳奈子ちゃんのこと好きですか?〕
〔……好きだ〕
〔では応援しますのですよ〕
ノアさんは小さく会釈しました。
〔ところでこれの原理なんでしょう?〕
私はノアさんのアーカイブを知りません。
〔わからないで応対するあなたが怖いのだが?〕
はわー。
「ノア、おっきくなったねえ」
私がぽけっとしていると、ラーナさんはお構いなしにノアさんを抱き上げて撫でます。ラーナさんはおよそ170センチで、ノアさん160弱くらいなのでまだ体格差ありなのです。
〔大きくなったから、何も抱き上げなくとも良いと思うのだが〕
たぶんノアさんは佳奈子ちゃんの前で抱っこされていることを気にしていますが、佳奈子ちゃんはラーナさんに羨望の眼差し。
「噛み合わねえなー……」
「あ、シンビィさんも分かるのです? 可愛いですよね!」
「しおりん天然って言われない?」
シンビィさんはため息をつかれましたが、暖かな眼差しで三人を見守っていらっしゃいます。
「ところで、どうして佳奈子ちゃんたちと待ち合わせなのですか?」
「座敷童も幸運を司るだろ。ノアは病院行くついでに……」
ノアさん自身、体の検査がある人で、病院にご兄弟や知り合いが多い方ですもんね。
「なんだろな。今回のはほんとに、思い付きで、ただの気休めなんだよ。それをラーナが拾ってさ……」
シンビィさんはぼうっとしていても、心の傷は根深いものだ。
「必要なことなんですよ」
「え」
「神頼みとか、祈祷とか、縁結びとか。そういうの、普通の人には何にも感じ取れないし、意味もないって思うようなことかもですが。自分の心と向き合ったりするのには向いていて、だから必要だと思うんです」
「……」
「気休めでいいじゃないですか。私はそれでもいいと思います」
「…………。うん」
頷いて、私に向き直りました。
「ありがとな、紫織」
「あ……は、はい。どういたしましてです……!」
直面すると恐ろしく綺麗で緊張してしまいます。ラーナさんやオウキさんと似ていらっしゃるのですが、雰囲気がまた違うのでちょっと人見知りです……
あの女神様の息子だから仕方ないな。
「ラーナ、そろそろ行こう」
「えー。もうちょっとノアをいじ……げふんげふん」
〔ひどい〕
たぶんノアさんはシンビィさんと同じで、本来なら表情豊かな人だと思います。
今も佳奈子ちゃんに抱きつかれてドギマギしてますし。
微笑ましい光景だ。
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