◾️◾️◾️◾️2

 シンビィさんとラーナさんによる転移で向かった先は啓明病院。ここは寛光大学の一部の生徒・教員に行きつけの病院なのだそうです。

 私は足を踏み入れたことがなかったのできょろきょろしていると、佳奈子ちゃんが教えてくれました。

「異種族対応科って部署もあるの。今いる場所はその科の待合室ね」

「なのですか」

「翰川先生とか、ノアとかお世話になっててね。働いてる人も悪竜さんと妖精さんもいて関わりの深い人が多いのよ」

「はわー……すごいのです」

 道理でいろんな淡いが渦巻いているわけだ。

 昔の私なら酔っていたかもしれないな。

「……紫織?」

「?」

 佳奈子ちゃんはどうしてかとても驚いた顔をして私を凝視しています。

「佳奈子ちゃん、どうしたの?」

「や……だ、大丈夫。なんとなく……気のせいだと思うから」

「ふふ。不思議な佳奈子ちゃんですね」

「あんたにだけは不思議ちゃん呼ばわりされたくないわ」

 そんな私たちの会話を尻目に、シンビィさんは待合室にやってきた人影にご挨拶です。

「よう」

「ぁー!」

「こ、こんにちは……!」

 やってきたのは、リーネアさんとそのお嫁さんのステラさん。ステラさんの腕の中に、お二人の娘であるユーフォちゃん。

「え、見た目美少女がショートになってる!?」

「殴るぞ佳奈子」

 佳奈子ちゃんと同じく私もびっくりなのです。

 夕焼けの長髪がトレードマークだったリーネアさんが短髪に!

「結婚したから髪切っただけだ」

 そう言って、幸せそうにステラさんを撫でました。

 ステラさんはもじもじしていますが、ユーフォちゃんを抱っこ中なので恥じらいながらも寄り添っています。

 きゅんきゅんです。

「ぁー」

 ユーフォちゃんは大叔母さんであるラーナさんと、曽祖父であるシンビィさんにご挨拶。きゅんきゅん。

「かわゆいねえ、ユーフォ。私の心が勃つよお」

「その表現やめろ」

 娘さんに低い声で注意してから、シンビィさんはステラさんに頭を下げました。

「ステラ、来てくれてありがとうな」

「い、いえ。リナリアのご家族なら、私も……家族でいたい……です」

「もー。ステラはとっくに家族だよお。今度私とデートしない?」

「っひわ……よ、よよよ喜んで……!」

「ぐへへへ! ……っんん。ありがとう」

「叔母さん、怪しい笑いをやめて欲しいんだけど。ステラは俺の嫁なのに」

「はう……」

 ステラさん、リーネアさんにめろめろですよね。きゅんきゅん。

「ぉぁー?」

「謎声可愛いなあ」

 シンビィさんはユーフォちゃんを撫でて幸せそう。

「また後でな、ユーフォ」

「ぁう!」

 ああ、可愛い……心臓が暴れて息が苦しいです。

 佳奈子ちゃんを見ると同じような顔して胸を押さえています。我が同志!

 ノアさんはリーネアさんによってベビーカーに乗せられるユーフォちゃんと見つめあっていました。何か会話しているのでしょうか?

「撫でるか?」

〔……では失礼して〕

「ぁうぶっ」

「  」

 伸ばした指をユーフォちゃんに咥えられたノアさんが硬直。

 微笑ましい光景に、佳奈子ちゃんはふきだして笑い、ラーナさんは爆笑しています。

 シンビィさんも無表情ながら楽しげ。

「ノア、大丈夫……?」

〔 #@〕

 思考回路もフリーズ中のようで、佳奈子ちゃんがそっと手を引いて助けていました。

 リーネアさんはウエットティッシュを笑って差し出します。

「娘がごめんな」

〔……びっくりした〕

「見るからに赤ちゃん慣れてなさそうだもんね」

〔久しぶりだったものでな。……これでもかつては赤子時代のアリスの面倒を見たこともあるのだが、年月過ぎ去ると薄れるものだ〕

「え、あいつ赤ちゃんの時代あったの?」

〔いやあるだろう〕

 リーネアさんの反応するポイントが素敵です。

「や、だってあいつ生まれた時からアリスって感じだし」

「絵取り持ってるぞ。見せてやろう」

「え……イメージ崩れる」

「お前はアリスをなんだと思ってんの?」

 お祖父さんからの申し出を嫌そうに断るリーネアさん。

「会った瞬間からアリスに説教されて、かつ延々とお世話になってるから頭上がんないのさ。『怖いけど尊敬するお姉さん』にも『可愛くて無力な赤子』の時代があったんだと思うと違和感で怖いんじゃないかな」

「そっか。娘さんがいるからこそもあるのよね、きっと」

 ラーナさんはさらりと暴露し、佳奈子ちゃんが頷きます。

 ステラさんはシンビィさんに写真を見せてもらって『アリス先生可愛い』と嬉しそうです。ユーフォちゃんは『ぁー!』と謎声。

 ここは混沌として楽しい場所だ。

 私もそう思います。

 ……『私も』?

「うーん……」

 まあ、気にしないでいきましょう!



 ステラさんのリハビリに散歩をするのだそうで、リーネアさん一家は病院の中庭に出て行きました。

 私たちは病棟を進み、そしてオウキさんの病室にたどり着きました。

「じ、実は女の子のシュビィとキスしてみたいの……」

「……同意があるならいいんじゃないかな」

「それと、作ったドレス着てほしい。シュビィ綺麗だから」

「うーん」

「オウキだったらどう? お嫁さんに頼まれたら引き受ける……?」

「あはは、すっげー答えにくいよ母さん……」

 名札のない個室から漏れ聞こえる、オウキさんの声と女性の声。

 扉を半開きにしたまま、シンビィさんが壁にもたれています。ラーナさんは必死で笑いを堪えていました。

「し、シンビィさん」

「入らないの?」

 お手洗いから戻ってきた佳奈子ちゃんが無茶を言います。

「……あの空気にどう入っていけと」

〔フローラさんは昔から言っていたが〕

 冷静なノアさんが指摘するとシンビィさんはほんのり涙目。

「ここに来ての唐突な暴露をやめろ」

〔いや、父母と酒を飲んでいると酔ってこぼしていたから〕

「入り口で言ってても仕方ないでしょ。っていうか、夫婦なら体質のそこんとこは織り込み済みなんじゃないの?」

「……まあ、あいつと俺が会ったのも……夕立に降られて目の前で倒れた俺を介抱してくれたからだったりする」

 優しい出会いです。

「初対面からそうだったなら、男女どっちだろうと好きなんでしょうよ」

「だからドレスか……?」

「……。そこは本人に聞いて」

「お兄ちゃん、母さん、来たよー!!」

 待ちきれないラーナさんが元気よく部屋に飛び込みました。

「空気読まねえな俺の娘……」

「妖精さんってみんなあんな感じに無邪気じゃない?」

〔シュビィもそうではないかと思う〕

「うるせー」

 遅れて私たちもお部屋に入ります。

 ベッドには入院着のオウキさん。そのそばの椅子の上には、夕焼け髪した綺麗な女性。

 柔らかい雰囲気がオウキさんやリーネアさんにそっくりで、優しげです。

 彼女ははっと顔を上げて開口一番。

「シュビィ、ドレス作ったら着てくれる!?」

「なんで躊躇なく質問するんだ嫁よ」

 似合いの夫婦だな。

 夫の呪いを誰より理解しているからこそ、甘える範囲を測ることができるようだ。

 素敵ですね。

「…………」

 ………………………………。

 うーん。

「だって言質取らなきゃ! 証拠能力を高めるためには衆人環視の中で録音するのが鉄則!」

「……フローラさんってこういう人なのね」

「俺の嫁は昔からこんな感じだよ」

 ため息をついたシンビィさん。

「可愛いだろ」

 やはり似合いではないか。お互いの距離感を分かり合っている。……佳奈子は引いているがな。

「お兄ちゃんお疲れ様あ」

「ありがと……」

 ラーナさんはオウキさんにヨーグルト飲料を差し入れしてます。

〔オウキ殿、お土産を〕

「お、ありがとね、ノア」

〔共に食べたい〕

「……」

 じっと見るオウキさんに、佳奈子ちゃんが胸を張って答えます。

「一緒に過ごして、リハビリしたのよ。……信頼できる人の手作りか、プロの料理人が作ったものなら、誰かと一緒に食べられるようになったの」

 嬉しそうにノアさんの手を握っています。

 あれは小さいノアさんとの距離感がそのままだからですね。ノアさんドキマギ。

「みんなで食べましょ?」

「ほんとに、ありがとうね」

「紙皿持ってきたよお。盛り付けするね」

 わいわいとするのは楽しいのです。

「ドレスに関してはあれだが……キスなら二人きりの時に」

「っ……う、うん」

「ん」

 シンビィさんは奥さんを宥めて、私を手招きします。

「しおりん」

「はい」

「はじめまして、しおりん」

「し、しおりん……」

 広まる私の愛称。

「……」

 フローラさんのお腹に、小さな命の気配。

「可愛い女の子ですね」

「! 女の子なの!?」

「ふえ?」

 そうそう、女性の魂は柔く丸いんだ。覚えておきなさい。

 なのですか。

「女の子ふたり、です」

「まあ双子……」

 フローラさんはうっとりとしてお腹をそっと撫でます。

 オウキさんとラーナさんはそれを嬉しそうに眩しそうにして、シンビィさんは目を閉じています。

 家族ですね。

 家族だ。

「……」

 フローラさんの許可を得て、お腹に手を添えさせていただきます。

 暖かくて弾むようなエネルギーに祈りを。

「どうか、お父さんお母さんが安心するような元気な子に生まれてくださいね」

 ああ、良い子だ。愛しい小さな子だ。

 祈ろう。私も祈ろう。

 そして願っていよう。まれびとたちの幸福を。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る