◾️◾️◾️◾️3

 フローラさんとオウキさんに撫でられて、ラーナさんにはハグされて、シンビィさんには丁重にお礼されて。

 佳奈子ちゃんとノアさんにも撫でられてしまいました。

「女の子か。妹なんだねえ」

「弟が良かった?」

「どっちでも嬉しいよ」

 オウキさんはフローラさんと話して幸せそうです。

「……こ、こんなに感謝していただけるなら巫女も捨てたものではないのですね……」

 妖精さんたちの心の助けになれたのなら嬉しいのです。

「ここまで王道な巫女も珍しいよ?」

「ラーナさんあったかいです。好き……」

「私も好き」

 いい匂いです!

 シンビィさんが私の肩を叩く。

「……」

 ラーナさんはそっと私をシンビィさんの前に押し出しました。

「どうだった。巫女らしい巫女をしたとき、変な感触はあったか?」

「それは、どういった意図での……?」

「慣れないことをさせたから、お前に異変があれば全て俺の責任だ」

「……」

 慣れないことを『してもらった』ではなく、『させた』か。物言いがやはり竜王に似ている。

 この人の神秘、なんなのでしょう?

 テキスト。不意打ちの命令型。特殊で権限も強くはない……が、この妖精は血のせいか生育環境のせいか突然変異だ。人の無意識を手に取って、他者の神秘と技能を操れるらしい。

 はわー。

 お前にもわかるはずなのだから、よく観察してよく考えなさい。

 なんだかシェル先生みたいですね!

 私に投影されているのがまさに鬼畜だからだが?

 はわー。

「……しおりん」

「はっ。はい!? なんでしょう?」

 自分との会話を打ち切って、シンビィさんを見ます。

「あーちゃんとルピネからなんて教わった? 魔力の制御とか、操作の方法」

「えーと」

 懐かしいのです。シェル先生とルピネさんからいろんなこと教わりました。

「先生は『魔法を使わない自分と、使う自分を線引きしなさい。慣れてきたら切り替えなさい』で、ルピネさんは『暴走さえしなければ思うままに穏やかでいなさい』です!」

「面白い。予想の斜め上に行ったわけか」

「?」

「……どーすっかなあ、これ」

 ため息をついているのに感情は表に出されません。表情の薄さは本人のトラウマ、です?

 そのようだ。

「まあいいや」

 シンビィさんは奥さんに体型を測られているノアさんに呼びかけます。

「ノア、そろそろ予約の時間だろ。佳奈子と行きな」

〔そうだった。……フローラさん、またの機会に〕

「大丈夫。計測できたから!」

〔……服は足りている〕

「佳奈子ちゃんのと一緒に送るねー」

 話を聞かないデフォルト。

 彼女は彼女で、まさに妖精だな。

「そいじゃ行ってくるぜ」

 ラーナさんも移動なのです?

 ラナンキュラスの専門は内世界を媒介する道具の作成。……つまり、文字を書くのが苦手な佳奈子の検査と、それを参考に同じような人のためのサポート器具を作ろうとしている。ノアの場合は発声機能だな。

 はわー……すごい。

 残ったのはフローラさんとシンビィさん、オウキさん。

「しおりんさー」

「はい」

 オウキさんに向き直ります。

「さっきから誰と話してるんだい?」

「?」

 あれ、口に出てましたか?

 いや?

「えーっとお……あー……これ面倒くさいことになってるやつだ」

「だからあーちゃんも経過観察してたのねえ」

「シェルのトラウマど真ん中の案件だもんなあ……ルピネちゃんに至っては天才だから気にしないし……」

 言われているぞ、紫織しおり

「……………………」

 ああ。呼ばれてしまった。呼んでしまいました。

 ならば私は、《私》を区別しなければならないのですね。

「……私の中に誰かいます」

「そうだね」

「いい人なのであんまり気にしていなかったのですが……」

「オウキ、この子ほんとに大丈夫なのか?」

「シェルに聞いてよ俺も予想外だよ」

「巫女さんって境界線のあっちとこっちを行き来するから、多少のことじゃ揺らがないのかも。私の知り合いにもそういう子居たもの」

 何やら話し合いな妖精さんです。

 ……お前、本当に気にしてなかったんだな……

 えーと。小さい頃から、私のこと助けてくれてましたよね? ありがとうございます。

 …………。どういたしまして。

「んー……あー……えー……? これ、俺がやるの?」

「私がやってもいいけど、しおりんの人格が壊れるかもしれないよね」

「俺がやってもいいけど、しおりんの魂が歪んじゃうかもだよねえ?」

「息ぴったりだなお前ら」

 はわー。

「その思考停止音声なんなんだ」

「はわっ!?」

 シンビィさんに聞き取られてしまいました。びっくりです。

「……いや、そうか。これが巫女の特性か……くそ、調子狂うな」

「ねえ、シュビィ、任せて大丈夫なの? 大丈夫ならひ孫ちゃんと孫のお嫁ちゃんに会いに行きたいのだけど」

「…………。いいよ。やれる」

「わーい!」

 フローラさん、キュートな人です。

 私を振り向いて微笑みます。

「しおりん。お洋服作ったら着てくれる?」

「よ、良いのです? 嬉しいのです……」

 私は巫女装束をこそ頼みたい。

「いいよ。袴も作ってみたいからね!」

「……あの。私、声に出てますか?」

 私の中の人もびっくりしています。

「理由はないよ? 大好きな可愛い子の心の声が聞こえないくらいじゃ服職人なんてやってけないもの」

「オウキさんこの人こわいです」

「俺も怖い」

 珍しくオウキさんが半笑いです……!

「うふふ、うふふ……今度またゆっくり話しましょうね」

「は、はい!」

「オウキもゆっくりしてね」

「母さんの方こそ無理しないでね。一人の体じゃないんだし」

「ありがとう。嬉しいわ」

 …………。

 私はずびっと鼻をかみました。



 シンビィさんは見れば見るほど綺麗な顔立ちです。今度、セファル先生のこともじっと見つめたいなと思いました。次の魔法学基礎では最前列の席に着きましょう。うん。

 あの女神と生写しだ。

 あれ、シンビィさんのお母様とお知り合いなのです?

 ……お前が見たのだ。お前は、翰川緋叛を通して女神を見た。忘れたとは言わせぬ。

 はわー? ……翰川先生のことも観察してみますね。

「脳内で会話されてっとタイミング掴めないんだが……」

「はっ。す、すみません」

「……怖くないのか?」

「ほえ?」

「自分の中に他人がいるの、怖くないのかって」

「……」

 思えばこのトランスは小さい頃から起こっていました。

 今ではあることが当たり前で、怖いとか好きとか、そういうことを感じる次元にすらないのです。

「いいえ。ただそこにあって私を見守っている人だから……怖くありません」

「ふうん」

 この人は何かを怖がっているのでしょうか?

 自分の容姿が母に似ていくことに恐怖を覚えている。

「…………」

 ああ、それは。それはとても、寂しい。悲しいことのように思えます。

 だが憐むな。目を逸らすこともするな。真っ直ぐ見ていろ。

 はい。

「……お前の中の人、優しいな。わかってるだろうに」

「! え、ええと……」

「いいよ。そんなに気にすんな」

 少しだけ笑いました。綺麗です。

 彼は私にお辞儀して話し始めます。

「卑弥呼ってわかるよな?」

「はい」

 日本史で最初に名前が登場するのはその人だったような気がします。

「ざっくり言うとカリスマを持った巫女さん。人から慕われる親しまれるどころか、崇められていたくらいの」

「です」

「なんでそうなったかっていうと、予知能力があったからだ」

「予知? 予言でなくてです?」

「まあ似たようなもんだ」

 卑弥呼さんは予言者のようなイメージです。

「今と違って、古代では天気が全てだったんだ。食糧の貯蔵も流通もないからリカバリが効かない」

 ですです。

 育てやすくする品種改良だとか、冷蔵庫や時間停止装置もなく、今の時代みたいに日本各地から食材が流通する仕組みもありません。トラックや大型船も。

 一つの集落ごとで世界がほとんど完結しているから、収穫量が落ちることは死活問題ですよね。

「台風やら大雨はもちろん、日照りでも打撃を受ける。ちなみに稲作だけじゃなく狩猟だとしても天候は大事」

「大雨で狩なんて大変です……」

「ん。だから、なんらかの形で天気予報ができる奴ってのはそれだけで崇められる。卑弥呼がどの形式で予知してたんだかわからんけどな」

「形式?」

「天気は肌で感じる湿度と乾燥度と目で見る空の様相。季節なら日や月の動きと満ち欠け、星の変化。感度が高くて頭の回転か直感がいい奴だったらこれだけで相当な精度で予知できる。そこに訳のわからん理論を足してスパコンを凌ぐ未来予知をかます奴もいる。あーちゃんはこれだ」

「はわー。道理で先生、大学でお天気予報のページ担当してるのですね!」

 大学の掲示板にて、毎週日曜日に、1時間ごとの天気が事細かに更新されています。外れたことがないのだそうで大学ではテレビの予報より信頼度が高いです。

「……相変わらずみたいで安心したよ」

「ほえ?」

 シンビィさんは私に構わず話を進めます。

「で、あーちゃんみたいな予知ってのは、超常的な力……神秘か異能に頼らない。それはもう、与えられた条件と情報のもとで答えを出す数学やら物理やらみたいなもんだ」

「です」

「逆に、超常に頼る予知もある」

「私の妹ですね」

「そうなのか。……卑弥呼がどっちだかわからんけど、ほぼ正確な予知ができたってのは事実なんだろう」

「だから崇められていたんですね」

「うん。……しゃべって疲れたから休憩」

「はい」

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