◾️◾️◾️◾️4
ちなみに、今いる場所はオウキさんの病室のお隣です。
シンビィさんは点滴を受けながらもお話ししてくれているのですが……
「……大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。ただの栄養剤だから。……ってか、アリスにも元気だって言ったのに、あいつ聞かない……」
「心配なさっているのでは?」
「……フローラにバレないようにすんのも疲れるんだ」
「はわー」
栄養剤とはいうものの、何もなしに医者の一存で健康な人物に点滴をできるとは思えぬ。淡いがところどころ澱となっておるのを見るに、調子は良くないのだろな。
あれれ、口調が変わりました。
お前が私とお前を区別したことにより、私とお前が別人であると認識し始めている。
はわー。
「……お前さん愉快だね」
「すっ、すみません!」
「なんなんだろうな、それ。巫女ってエグいな」
シンビィさん、なんだか楽しそうです。
「……フローラさんには、点滴のこと秘密なのですか?」
「いつも気苦労かけてる。これ以上心配させたくない」
「気付いてますよ」
不意打ちだったからか、ぽかんとする顔には驚きという感情がストレートに出ていました。
「フローラさん、寂しそうでしたから」
「……そうか」
「はい」
「…………」
いつにも増して、私の頭脳と情動は落ち着いている。
漂い揺蕩い夢を見ているような日々は遠く、今ここに在る自分と、相対する青年と向き合える。
「お話の続きを」
フローラさんの前では言いにくいことなのだから。
「……お前さんは、普段は半分寝てる状態だ。鳥なんかの『脳が半分眠る』なんてのとは違う。眠る間際、あるいは起きたばかりの微睡の中だ。延々とそうだ」
「そうですね」
「防衛反応なんだろう。――生まれた時から自分の中に知らない誰かが居たことへの恐怖」
その通り。
私は恐怖し、空想と微睡に逃げ込んだ。
だが、起こされてしまった。
他ならぬ目の前の青年に。
「フローラさん、内側に呪いが渦巻いていました」
「そういう家系だから。家を支配するってことは生活圏全て支配するに等しい。呪詛のプロだよ」
「だからですね」
先祖代々引き継いできた呪いは彼女の体に染みついている。私の中に《私》がいるように。
「私の魂の中で、ご先祖様の魂が芽吹いたのですか」
「ほぼ花開いてたが、きっかけを与えたのは俺だ。責任があるとしたら、」
「私の荷物を取らないでくださる?」
「……」
「と、《私》は言っています」
これは伝言。
「ありがとう」
お話の続き、です。
「卑弥呼は超絶頼りにされてたが、寿命が来る。後継者問題。育て子のイヨってのが後継者にはなったが、そいつらのクオリティが永遠に続く保証はない」
「……」
「一部で考えられたのは復活と反魂とも違う手法。『魂を新しい肉体に受け継いでいけば永遠』って理論」
「失敗します」
「したよ。……一瞬成功してもすぐ廃人になったと思う」
簡単に出来ては私の立つ瀬がない。鬼の立つ瀬もないだろう。
「卑弥呼系列じゃなくても、他の地域でも神の耳目として有能な巫女でなら……似たようなこと試したやつがいるんじゃないか」
「その流れの一つが、《私》の信奉者に伝わった……」
この子の内側に《私》が存在する理由。
「数々の失敗から、贅沢は望まないスタンスにしたんだろう。七海家の場合は、魂って木を直に植え直すんじゃなくて、新たな魂に種を撒いてる。破片って感じか。能力の一部でも芽吹けば御の字……これくらいだったんだろう。紫織が先祖返りしたのは奇跡だ」
「私もそう思うよ」
「……ごめん」
「謝らないでくださいな、女神の息子」
紫織に無理をさせたことへの少しの意地悪を。
「私の可愛い紫織と話させてくれたこと、友であるサチに恩返しする機会を与えていただいたこと……ありがたく思っております」
微睡が晴れた紫織と《私》は長続きしない。
ならばすぐさま片をつけなければならないのだ。
「フローラさんによろしくお願いします」
「うん」
彼は笑って、私に半紙で包まれた服を差し出す。
白衣に緋袴。
「ありがとう、素敵な職人さん」
《私》は、一礼して受け取った。
「……まさか常態アーカイブかき集めるだけで魂に肉付け出来るとは」
「反魂の研究家が見たら噴飯物だったね」
私の中から飛び出した彼女はすぐに肉体を得て、鈴と幣の音を鳴らして舞い、ラーナさんの仕掛けた神棚の元へ向かいました。何もかも凄まじく、彼女は私など足元にも及ばぬ巫女さんです。
ああ寂しい。悲しい。
私のそばに彼女が居ないことなどなかったのです。
「大丈夫。大丈夫だよ、紫織。可愛い巫女さん」
「っぐす……」
「寂しいね」
「帰って、来てくれるでしょうか……?」
「帰って来るよ。行く時、あなたの額に口付けしていったもの」
「……はい……」
フローラさんに抱きしめられるこの瞬間が幸せです。
お礼を言って離れまして、ベッドから降ります。
「ぁー。〔ひいおじいちゃんこんにちは!〕」
「よ、ユーフォ」
点滴の終わったシンビィさんは、ベビーマットの上で、ひ孫ちゃんと触れ合って幸せそうです。
ユーフォちゃんを頼んでいったのはリーネアさん。
「ステラちゃん大丈夫かな」
「大丈夫だろ。アリスが胸張って立ってるんだから」
「……そうね」
「ぁう。〔ひいおばあちゃん撫でてー〕」
かわゆい……!
シンビィさんも聞こえているようで、フローラさんに伝えています。
「ユーフォ、なんて可愛いの……!」
「ぁー。〔好き!〕」
メロメロなフローラさんも、天真爛漫そのもののユーフォちゃんも可愛いです。
「うふふ……ほっぺたもっちり。ご飯は大丈夫なの?」
「あげたばっかりって言ってた。水分補給させてくれればいいとよ」
「そっか。安心だねえ」
「ぁー! 〔ひいおばあちゃん好き好き〕」
先程から私の頭と心臓が爆発しかねないくらい可愛いです。京ちゃんがハアハアしながら写真撮影する気持ちが痛いほどわかります。
「しおりんも撫でてみるか?」
「ふえ!? そ、そんな。私が触れたら不審者です」
「……。いや、普通だから」
「しおりん可愛い」
「ぁー。〔しおりん!〕」
ついにユーフォちゃんにまで『しおりん』が浸透してしまいました……
「で、では」
そっと指を触れさせます。
ユーフォちゃんは笑って、はっきりと言いました。
「わたしのひいひいおばあちゃんをよろしくね」
「――」
バチン!!
と音が鳴って、私の意識は昏く沈んでいきました。
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