女神7
教員室を出ると、おろおろするパフェさんと、彼に抱きつく末っ子さんと目が合った。
「こ、光太。部屋の中、誰が……」
「あなたの奥さんと息子さんと、娘さん二人が居ます」
「うう……出遅れた」
「書類片付けないから学部長に怒られるんだよ」
呆れる娘さんにパフェさんが涙目になる。
「シュビィとお嫁さんがこっち来るの知ってたらボクだって準備したよ!」
「そんなの未来予知頼まないと無理でしょ?」
ぶつぶつと呟く父親から離れ、末っ子さんが笑って手を振った。
「光太くん。お兄ちゃんたちがお世話になりました」
「あ……いえ。……少しでもお力になれたのなら」
「清々しいね」
「ええと……アルミエさん、でしたよね」
「そう呼んでくれていいよ」
「魔術工芸の教授さんですか?」
「なんだけどお……魔術学部全体が人手不足だから、他の学科に出張して講義したり、他の学科から弟子を取ったりしてて、所属が曖昧かな」
「なんだか……大変そうですね」
「大変だけど楽しいよ。生徒が育つのは感動するしさ」
話しているうちに、教員室からシンビィさんとセファルさんが顔を出す。
二人とも、そっくりな顔に涙の跡を残していた。
「世話になった」
「なりました」
遅れて翰川先生も出てきて微笑む。
「家族に良くしてくれて、ありがとう」
「……良かったです」
先生は俺の手を握ってふわりと笑う。
この笑顔が見られるなら、何度だって彼女を幸せにしたいと思える。
シンビィさんは飛びついてきたアルミエさんを抱き上げ、パフェさんと向き合った。
「なんだ、父さんいたのか」
「ひ、酷い……」
ドライなところはリーネアさんに似ているのだろうか。
「……会うつもりなかったし、魔工行ったとき出てこなかったから、許してくれてないと思ってたんだがな」
「頑張ってたんだよ! 学部長が『今日こそは逃げたら殺すぞ』って言うから!!」
「お父さんは締め切り3日過ぎた書類を頑張って書いてたんだよお♡」
アルミエさんによる暴露に、シンビィさんが嘆息する。
「なんだ自業自得かよ。悩んで損した」
「息子が冷たい……!」
言い終えたアルミエさんはセファルさんに構われてはしゃいでおり、二人は完全に他人事である。
翰川先生がこっそり教えてくれる。
「お父さんに限らず、妖精さんたちは書類にルーズでな。中でもお父さんは何の対策も取らないので毎回締め切りをぶっちってしまう」
「対策?」
「本人が忘れないように工夫するか、シェルをお菓子で釣る」
「釣られるのもどうなんですか……?」
「妖精さんの作るお菓子には、抗いがたい魔力があるのだ……☆」
うっとりしているこの人も釣られているのでは?
シンビィさんはお父さんを適当にあしらいつつ、俺に言う。
「今回、ありがとうな。世話になった。……迷惑もかけて、悪かった」
「あ、いえ。俺は翰川先生とお母さんを幸せにできればいいと思ってて……」
だから、この人を助けようとか、そういうところまでは及ばなかった。
「……今回の俺はすげー利己的です。お礼を言われたり謝られたりするようなことではないと思います」
「面白い思考回路してるよな、お前」
翰川先生が抱きつくのを優しく受け止め、シンビィさんは言う。
「お前のお陰であれこれ予定が狂った」
「え?」
「オウキは俺が大学に来るのをひぞれに知らせてて、ひぞれは俺に会って話したいと思ってた。……その願望をお前のアーカイブが全力サポート。有り得ねえレベルでな」
「……」
翰川先生はキラキラした目で俺を見ており、心臓に悪いくらい可愛い。
「最初、オウキとラーナにだけ会おうと思ったんだよ。なのにひぞれ引き剥がすのに魔術学部行く羽目になって弟妹と鉢合わせするし、なんなんだか」
「……会えない方が良かったんですか?」
「いや。……家族に会えて良かったよ。お前のおかげだな」
「か、家族からさらっと抜かれるボクの立場は……? ボクお父さんだよ……?」
半泣きのパフェさんにシンビィさんが吐き捨てる。
「『無能な味方は有能な敵以上に害ある存在だから、仲間にしてはいけない』って、シュレミアも言ってた」
「なんでゆっくんはボクをディスる!?」
「父さんトロいし天然だし、連絡回せばどうせ他の奴らに感づかれる」
「酷いよシュビィ!!」
お互いに暖簾に腕押しな言い合いを始めた親子から少し離れ、翰川先生に質問する。
「……どのシュレミアさんですか?」
「シェルのお父さん。つまり《王様》だ。お兄ちゃんは彼とその奥方からあれこれ影響を受けているのだ。生来の直感天才と教え込まれた謀略が化学反応を起こして厄介なことになっている」
「なんか、大変そうですね」
「お兄ちゃんに悪気がないのがなんとも言えないところだったりする」
シンビィさんはお父さんに対し冷静に指摘を続け、『味方に引き入れると足を引っ張られるから嫌だ』ということをこれでもかとわかりやすく説明している。
その度お父さんは泣きを深くし、娘さんたちに適当に慰められていた。
「光太」
呼ばれて振り向くと、京が小走りにやってくるところだった。
「取り込み中?」
「大丈夫だよ。……シアさんは?」
「シュリさんに呼ばれて鬼神さんのところ」
「……そっか」
なんだかんだで鬼畜さんたちは家族だもんな。
京は俺に会釈してから、翰川先生に頭を下げる。
「翰川先生、こんにちは」
「こんにちはだぞ」
「……あの人、リーネア先生に似てますね」
「リーネアのお祖父さんだ」
「! やっぱり」
仲睦まじく話し始めた女子二人の光景に眼福である。
「?」
鼻の奥から、たらりとした鼻血の感触。
顔を上げてティッシュを当てるが血がつかない。
「なんだろ」
「鼻血かい?」
「うわっ……!?」
耳元の声に振り向くと、ラーナさんがにこにこ佇んでいる。
「やあ、光太くん。父さんとひぞれとおばあちゃんがお世話になったね」
「あ……いえ」
「謙虚だなあ。父さんが逃走してないこの状況を作ったのはキミなのにさ」
「……俺は、何もできてないんです」
俺自身には制御も操作もできないから、味わうのは空白感だ。
感謝してもらうたびに申し訳なく思う。
「神秘の操作なんて最初はそんなものだよ。っていうか、未熟なままでも効果発揮してんだからすごいよ。才能ありありだって」
「がふっ。……そ、そうだといいんですが……」
ラーナさんに豪快に叩かれた背中をさする。
「そーそー。……んで、どうしてうちの父さんはおじいちゃんを泣かしてるのかね」
「さあ……?」
「……ま、仲良さそうだしいっか」
シンビィさんには右側からセファルさんと、左側からアルミエさんが抱きついており、孤立無援のパフェさんはさめざめと泣いている。……どこらへんで仲良しと判断したのかわからないが、おそらく大丈夫なのだろう。
家族だからこそ、お互いの距離感や性格を分かり合っているのだと思う。
「……」
未だ仲睦まじい京と翰川先生の方を見てから、ラーナさんは俺に耳打ちする。
「場が収まったら、父さんにリナリアん家来るように伝えてくれないかな。私、これから卒研生向けの講義に行かなくちゃならなくてさ」
視界の端に見えた時計は、授業の合間の時間。彼女は通りすがりだったらしい。
ならば伝言役を務めよう。
「わかりました。授業、頑張ってください!」
「ありがと!」
ラーナさんは俺の手を握り返し、颯爽と歩き出す。……かに見えたが、なぜか俺を凝視し始めた。
「……光太くん」
「? どうかしました?」
「どうかしたっていうか、キミがどうかしてるっていうか!!」
鼻にタオルが当てられた。
クリーム色の生地が赤く染まる。
「……あれ?」
頭が軽く、かくりと揺れて。
「どうした、光太!?」
「ひーちゃん、病院に転移用意!!」
じわりと広がる焦燥と心配の声を聞きながら、俺の視界は白く抜けていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます