女神4

「会いに行くの、シアさんとシェル先生のお母さんなんだよね」

 合流した京はウキウキしている。

 可愛いなあ。

「きっと綺麗で優しい人なんだろうね」

「たぶん」

 なんせあの鬼畜の双子の実母さんだからどういう方かは想像もつかないが、聡明なのは間違いない。

「シェルさんからも連絡来てて、数学科のフリースペース空けてくれてるってさ」

「そっか」

 歩くうちに、数理学部の標識と数学科の看板が見えてきた。

 教員室前のテーブルに銀髪の女性が座っている。

 軽い挨拶と会釈をして同じテーブルに着いた。

「……は、初めまして……」

 シュリさんはもじもじとしている。

「初めまして、森山光太です」

「三崎京です」

「息子と娘が、お世話に」

「こちらこそ良くしていただいてます」

「なら、良いのだけれど……」

 身長が低めな関係で上目遣いに見つめられているように錯覚するためか、京が胸を抑えている。

「光太。私の胸が爆発したらごめんね」

「いやそれ普通に大惨事だよ!?」

「最近、可愛い人を見ると、ときめいて心臓が痛いの……」

「あ、あ……えっと……」

 シュリさんが赤い顔で困っている。確かに可愛い。

「ん……ひ、ひーちゃんから……あなたたちが、わたしに用があると、聞きました」

「あ、はい。その、京は気にしないでください。少ししたら落ち着くと思うので……!」

「大丈夫、です」

「……」

 話し言葉のリズムと言葉の切り方が、シェルさんとそっくりだ。

「それはわたしの母に関わることなのですね?」

 その明晰さもよく似ている。

 俺の表情から読み取っているのか、彼女の顔は晴れない。

「……親交の深いあなたが来るのなら、会わない方が良いのでしょうね」

「えっ、いや、」

「良いのです。……母に疎まれていることは……幼い頃から分かっておりましたから。いつまでも幻想を抱くわたしを止めに来てくださったのでしょう?」

「逆ですよ!」

「……優しいですね、光太くん」

 尚も言葉を続けようとする彼女を、京の手が止める。

 手のひらから青い火花が散っていた。

「光太の話、聞いてあげてください。……私を引き合わせたの、お母様と会ってもらうためです」

「…………」

 火花の散る両手で、シュリさんの右手を優しく包んで微笑む。

「鬼神さんが本当に冷たい人だったら、光太は慕いません。優しい彼は、傷つくことになるあなたを止めます。……勝算があるから、こうして今も話してます」

「でも……」

「大丈夫ですよ。大丈夫」

「……」

 泣き出しそうなシュリさんの背をさすりつつ、京は俺へと彼女を前向かせてくれる。

「結論から言います。学部長はあなたのことを可愛いと言ってました」

「っ」

「あの鬼神さんがですよ。孫さえ殺してやりたいとか言うし、俺のことはしょっちゅう首絞めようとしてくる鬼神さんが、明確にあなたのこと可愛いって言いました」

 以前シェルさんと鉢合わせした場面を見たことがあるが、ものすんごく険悪だった。

「だから大丈夫……です」

 俺が言うのはここまで。

 あとは、京に託す。

 恋人はにっこり笑ってOKマークを作った。

「だそうですよ、シュリさん」

「あ……」

「私のパターン、リラックス効果があるそうなので。会いにいくまでどうかこのままに」

「……ありがとう……」

 潤んだ瞳ではにかむ笑顔の威力。

 直撃した京が胸を押さえた。

「む、胸がずきゅんって」

「京……」

「あぁ……かわ、かわっ……!」

 なんだか、出会った頃より彼女が自由に明るくなっていて、すごく安心する。

「光太くんも、ありがとうございます。勇気、出してみます」

「応援してます」

 どうか、あの不器用な学部長とお話ししてあげてほしい。



 京に任せて数学科を後にする道中、妹さんを肩車して歩くシンビィさんと行き合った。

「よう」

「……ちわっす」

「ちわちわ」

 はしゃいで動き回る妹さんを乗せてもブレないシンビィさんの体幹が恐ろしい。

「何してんすか?」

「アルミエが大学案内してくれるっていうから、一緒に歩いてたんだ」

「歩くのに飽きたから肩車してもらってるの!」

 ツッコミどころが多いが、ツッコミを入れても会話が長引き、タイムリミットは迫るばかりだろう……

「……楽しんでください」

「おう」

「楽しいよ!」

 シンビィさんはとてもとても薄く笑って俺を見た。

 認識阻害が切れているからこそわかる、ごく微細な変化。

「鬼はなんとかなりそうか?」

「……一応は」

 そして少しの意趣返しをする。

「ご両親には会わないんですか?」

「うん」

 頷きにはなんの躊躇いもない。

「合わす顔ないからさ」

「……ですか」

 妹さんは唇を尖らせて兄の頰を引っ張っている。……可愛い顔を彩る表情が満面の笑みであることが恐怖を煽る。

「あるひえ、いはいよ」

「お兄ちゃん。やっぱり、手足切り落としてお父さんの前に転がした方がいいのかな……」

 なんであのセリフ言いながら笑ってんだこっっわ。

「切り落としても生えるし、その場合は全力で抵抗するぞ」

「うー……」

 彼はため息をつき、俺にひらひらと手を振る。

「俺たちの家庭の事情聞いたって楽しくはないだろ。リミットあるし、これでごめんな」

「あ……はい」

「じゃあ、また」

「またね」

 二人の姿が景色に溶け込み、認識できなくなる。

 レプラコーンの……妖精の特性。限りなく目立つ彼らに与えられた特権。

 認識できるのは特別な異能の持ち主くらいだと翰川先生も言っており、そして彼女と《お母さん》はそれに当てはまらないとも言っていた。

「……合わす顔ないと思ってるの、シンビィさんだけじゃないか……」

 パフェさんも《お母さん》も、彼に会いたがっているのに。

 逃げ回る彼が卑怯に思えた。

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