女神2

「……やっぱり、すごい異世界感だなあ……」

 木材とも金属ともつかない、魔術学部の入り口を示すアーケード。ここを境に、大学内の空気が変わるような気がする。

「弟の気配……会うのやだな」

「苦手なんですか?」

「俺らきょうだい、母親が違うんだよ。俺と双子の妹。その下に双子ワンペア。最後にもう一人いる」

「パフェさん、人畜無害で常識的に見えたんですが……」

「その点に関しては父さんのせいじゃない。いろいろあったし。弟妹たちと喧嘩別れしてるから会いたくないんだよ」

「喧嘩別れですか」

「うん。……まあいいさ」

 アーケードから、瓜二つなエメラルドの妖精さん二人が顔を覗かせている。

「会いたい奴は来てくれたし」

「……言っとくけど、光太くんが呼んでくれたんだからね。感謝しなよ」

「光太も父さん連れてきてくれてありがとうねえ」

 そっくり過ぎてどっちがどっちかわからなかったが、声と表情でわかった。

 ラーナさんと思しき右側の女性がにっこり手を振る。

「初めましてだね、光太くん」

「はい。森山光太です」

「キミの活躍はひーちゃんから聞いてるぜ。入学2ヶ月にして図書館ペナルティ5回の男」

「活躍じゃないです」

「え、すごいね。教員掲示板で共有しておこう!」

 オウキさんがスマホをいじり始める。

「悪魔か何か!?」

 そんなやりとりの最中、新しい顔がひょこりとアーケードの陰から出てくる。

「……お兄ちゃん……」

 シンビィさんにそっくりな女性が涙目。

「…………。来たのかよ、セファル」

「来たもん……お兄ちゃんの気配がして、そばに行かないなんて、ありえないもん」

「……」

 そして、シンビィさんの後頭部に突きつけられるゴツいショットガン。

 構えているのは夕闇のようなグラデーションの髪をした美女。彼女の一歩後ろには彼女とそっくりな青年がいて。

 最後に、パフェさんによく似た女の子がシンビィさんに抱きついた。

 シンビィさんは小さくため息。

 きょうだいによる包囲網に、降参するように両手を挙げる。

 女性がショットガンを消して頰を膨らした。

「抵抗したら撃ち抜いてやろうと思ったのに」

「殺したいのか話したいのかどっちなんだお前は」

「兄さんのこと好きよ。一人の異性として」

「最悪なんだが……旦那さんに申し訳ねえからやめろ」

 彼は俺を振り向き、静かに問う。

「……お前の差し金か?」

「差し金も何も……俺はオウキさんにメールしただけです」

「それがきっかけだろ。……いやもう諦めるけどさ」

 下げた両腕で、パフェさん似の女の子を抱き上げる。

「兄ちゃん、おひさ」

「うん」

 夕闇グラデーションの双子は無言で兄の背を殴り続け、セファルと呼ばれた女性は泣き疲れてラーナさんに支えられている。

 オウキさんは困った顔で俺を振り向く。

「迷惑かけたね」

「あ、いえ。大丈夫ですよ」

「連れてきてくれてありがとう」

「……再会の場が出来て俺も嬉しいです」

 シンビィさんは無表情だが、そこはかとなく楽しそうだ。

「僕たちからもお礼」

「ありがとう。兄がお世話になりました」

「ありがと」

 ご兄弟さんたちから頭を下げられ、俺も会釈を返す。

 部外者がいるのも野暮だと思うから、挨拶してその場を去る。

 しかし、去ろうとした瞬間に、シンビィさんに引き止められた。

「?」

「出逢ってしまったからには……案外と恨まれてないことをわからせてくれたからには、お前に礼をしよう」

 彼はため息をつき、俺の額を指で勢いよく弾いた。

「鬼神に恩を売らせてやるよ」

「――――」

 頭に、映像が雪崩れ込んだ。



  ――*――

 銀糸の髪。青くて青い瞳。その女性は、鬼神と呼ばれる女神によく似ていた。

 彼女は鬼神のしろしめす社会学部の学部長室の扉の前に立ち、ノックをしようとしては震えて止まっていた。

 5分ほど経った頃、気配に気付いてか、あるいは見兼ねてか……部屋の主人が扉を開けた。

「何か用」

 鬼神に対し、女性は顔を不安で翳らせつつも口を開く。

「あ……その。……この度、正式に……こちらで講師として……」

「知っている。他に何か?」

「…………」

「……講師になったのだから、準備で忙しいでしょう。私にかかずらう暇があるの?」

「申し訳……ありません」

「謝らなくていい。じゃあ」

 泣き出しそうな女性を顧みることもなく、鬼神は部屋を閉ざした。



  ――*――

「!???!!!」

 視界が戻ってくる。

 周囲にいるのはシンビィさんと、彼に抱きついてなんらかのアーカイブを行使する妹さんだけ。

「……うん。やっぱり悪用しやすいな」

「調整したのボクなんですけど? お礼とかないわけ?」

 彼は小さく呟き、妹さんは唇を尖らせる。

「ありがとよ」

 くしゃくしゃと妹さんの髪を撫でつつ、視界の移り変わりに混乱する俺に情報を投下する。

「さっきのは、今から3時間後の未来だ」

「はい?」

「あの挨拶を成功させろ」

「はい??」

「じゃ、頑張れ」

「頑張ってねえー!」

「はい!?」

 話を聞かないのはデフォルトなのか、呼び止めるまでもなく、シンビィさんと妹さんの姿が掻き消えた。

「…………」

 なんて言ってたっけ。そうだ。『鬼神に恩を売らせてやろう』みたいな発言が聞こえた気がする。

 言いたいことと文句は様々。

 しかし、そんなことよりも……

 あんなに冷たい対応をしていた鬼神さんが、3時間でなんとかなるとは思えない。

「ええー……?」

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