2.図書館へ

災害先祖

「ということでここは図書館です」

「どういうことで?」

「私が、静かな場所が好きだからだ」

 せっかく着替えたスーツから普段着に戻り、俺は鬼神の学部長さんと図書館にやってきていた。

 彼女の容姿ではどうにも目立つと思うのだが、視線を集めている様子はない。

「言ったでしょ。幻術を使っている。……見抜かれたのが不愉快だな」

「ちょいちょいシアさんとも似てる……いやまあ、ご不快な思いをさせたようで、すみません」

 見抜くも何も意識すらしていないのにどうしろというんだ。

「ちっ……」

 彼女は明確に舌打ちした。

「幽霊が見えないのもそうなのだろう。……幽霊の存在が優勢な世界でなら幽霊が見える。正の宇宙?」

「あの、置いてけぼりにされても困るんですが」

「なぜ私がヒトなどに歩調を合わせねばならないの。おまえが全速力で走ればいい話でしょ?」

「無茶振り激しい!!」

 面倒臭そうに言われたセリフに、思わず全力でつっこむと、司書さんにしーっと指を立てられた。

 俺は口を押さえて会釈する他ない。

「全く。図書館では静かにするのは小学生だって知ってることなのに」

「誰のせいだと思ってんだこの人」

「自分で言うのもなんだが、私を例えるならば男の方の孫から人に合わせて喋る機能を引っこ抜き、殺戮本能を自制する機能を無理やり後付け搭載した感じ」

「考え得る限り最悪だ……」

「ナイスツッコミ」

「ボケに言われても嬉しかねーやい」

 足首のミサンガが後付け機能のようだ。彼女の内に巡る力がそこで変化している。よくわからないがそう感じるし……初対面時に指摘して、あれだけ沸騰されればもう確定だ。

「……で、翰川先生の足のあれそれをどうという本題は?」

「私の前ではいいけれど、この大学、翰川の呼び名を使えるのが二人いるから気をつけなさい」

「あっ……はい」

 そういえば、妹のみぞれさんも『翰川先生』だ。

 学部長は頷き、本題を切り出す。

「おまえのアーカイブ、その人の根底から幸せを見て、望むような事態へと運命を突き動かす。凄まじい」

「……」

「ただし、デメリットも」

「……完全無意識型ですか」

「うん。ひーちゃんの足をどうこうするのに限って言えば最大のデメリットだ」

 自分でも薄々気づいていた。

 器用な操作ができないからには、狙った効果をピンポイントで及ぼせる訳もあるまい。

 ましてや完全記憶で自身の記憶を保全している彼女の精神外傷を、なんて。どうすればいいのか想像もつかないのだ。

「そのデメリットは強力な命令アーカイブを持ってる人が居たらなんとかなるので、おまえのすることは自身のチカラを理解すること。どうだ簡単だろう」

「理解するにはどうしたら?」

「いろんな神秘持ちに接するしかない。観測装置をつけて」

「観測装置……?」

「要は私の孫やひーちゃん、オウキなど」

 なんか、この人の物言い好きになれないんだよな……すごく遠くから箱庭を眺めてるみたいに人ごとに聞こえる。

 翰川先生やお子さんお孫さんを想っているのは事実なのだから、普通に喋ればいいのに。

「都度手配する予定ではあるが、突発的に出会うこともあると考え、これをやろう」

「……腕時計?」

 デジタルな腕時計だ。ストップウォッチにアラーム、移動距離のレコーダー。その他にも機能は多く、タッチパネルと併用なので使い心地もいい。

 俺がかつて陸上部時代に欲しいと思って諦めていた機種をグレードアップしたようなレベルの……!

「パフェとその双子の姉の合作。超豪華」

「え、これ、普通に買えば8万はいくやつでは……?」

「『ひーちゃんを喜ばせてくれたから』って、いかれた量の札束をおまえに送りつけようとしていたのを止めたの」

「……なんでそんなぶっ飛んだ発想に……」

 止めてくれてよかった。

「代わりに、『光太に役立つものを』と提案したら、これを作ってくれた。アーカイブの計測については自動でやるから、おまえは腕に巻いているだけでいいよ。もちろん、家で一人の時や風呂場では外していい」

「ありがとうございます。……パフェさんとお姉さんってまだ学校いますかね?」

「また明日にしなさい」

「ですよね」

 何か手土産を用意して、お礼しに行こう。

「……おまえ、私を怖がらないね」

「え。怖がって欲しかったんですか?」

「別に。ひーちゃんがおまえを気にいる理由がわかっただけ」

「?」

 会う異種族さんみんな言ってくれるが、なぜなのだろう。

「おまえは自分の眼に映るその人を信じているから」

「……信じるもなにも、どんな人にだっていいところとか、ちょっと怠け者だったりやさぐれるとやつあたりしたりとかするところがあるから……誰でもそうでしょう、そんなの」

 生まれつきの善人悪人など存在しない。良い面と悪い面を持ち合わせた人が、ただ当たり前にそこにいるだけだと思う。

「その信念を疑わないのがすごいよね。おまえ、いじめられていたと聞くよ?」

「さくさく刺してくスタイルはお孫さんに受け継がれてるんですかね……いじめは今でも大嫌いですが、そいつらにもいいところあったんですよ」

「たとえば?」

「産休前の英語教師のために、背もたれになるクッション用意したりとか、細々と」

 この目で見たのだから間違いないし忘れない。

「無視したり陰口だったりは許せなくても、そういう善意は否定したくないといいますか」

 良い面と悪い面があるのは誰でもそうだ。そいつらのうち何人かは同じ高校になって、しばらく経ってから謝罪もしてきた。真剣に謝ってくれた奴らとは普通に友人だ。

「…………。末恐ろしいこと」

「さっきからなんなんですか……」

「綺麗事を並べるだけなら誰にでもできる」

 綺麗事のつもりはなかったが、まあ、俺単独の感覚だし、相互理解をするにはこの人と交流が足りない気がする。

「おまえはそれを異種族相手だろうと神相手だろうと実行するから、恐ろしい」

「えー……そういうもんなのかな……」

「ところで……図書館を舞台に設定したのはここの司書が怪物だからなのだけれど、何も感じるところはないのか?」

「……特には」

 司書さんは男性で、純日本人に見える。

「おまえに大声を出させるためにおまえを挑発したのだけれど。制約を破るたび司書のアーカイブがたまって行動を制限していくのだけれど。おまえ平気そうね。驚き」

「あんたなんてことしてくれてんですか……!」

 鬼畜の祖母は結局鬼畜ということか!?

「生ける災害の始祖をなめないで」

「なめる気はないです」

 甘く見ても碌な目に遭わないのはわかっている。

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