魔術学部

「こんにちはだよお、しおりん」

「こんにちはです、ラーナさんっ」

「わー」

「わー!」

 エメラルドの瞳と髪の美人さんとハグです。ハッピーなのです。

「えへー……」

「しおりんは可愛いね」

 現在、魔術学部の懇親会は終了。私は魔術工芸学科のフリースペースにお邪魔して、ラナンキュラスさんことラーナさんと戯れています。

「友達は出来そうかい?」

「はい! フラスコを爆発させたり、トカゲを煮込んだり、みなさん楽しそうでした!」

 魔術学部見学では新入生もいろんな体験ができて、とっても楽しかったです。

「あっはっは。なら安心だね!」

「はわわ」

 ラーナさんは私を抱きしめて撫でてくれます。幸せ……

「……ラーナさん、オウキさんは?」

 本日、魔術学部の教員さんが勢揃いした時、双子のお兄さんの姿が見えませんでした。体調を崩されているのでしょうか。……心配です。

「あのお兄ちゃんは、どこまでも人誑しだねえ」

 くつくつと笑って私の顔を見つめるのです。

 好きです。

「大丈夫だよ。今日みたいな緊張しちゃう日はもともと出らんないんだ。明日以降、お兄ちゃんも授業を受け持つ」

「……良かったです……」

「うちのバカ兄貴を心配してくれて、ありがとう」

「はわ」

 ラーナさんの豊かな胸部が私を包み込んでいます。

「……ラーナさん、好き……」

「しおりん可愛いよお……! お持ち帰りしたい!」

「何をしているのラーナ」

 感情を含まない声音と顔。

 ラーナさんとオウキさんによく似た女性はビオラさん。

 感情を表に出さないのは性格だそうで、別に不快というわけでもないそうです。

「大伯母さん。しおりん撫でる?」

「しおりんがいいのなら」

「はっ、はい。嬉しいです」

「では失礼して」

 ビオラさんの細い指が私を撫でます。

 なんとなく、違和感。

「……ビオラさん、ビオラさんはかみさまですか?」

「父がそうだから近い」

「…………」

 私の直感、かみさまに関わることなら信用できるみたいです。

「日本らしい繊細なスペルね。大切になさい」

「はい」

 ビオラさんから感情は読めませんが、撫でる手は優しげで幸せでした。

「……私は天国に来てしまったのかもしれません……」

 綺麗なお姉さんに撫でられながら自分に必要なことを学んでいけるなんて。

「あはは、死なないでよ」

「はっ……言い直します。この世の楽園に来てしまったのかもしれません!」

「嬉しいことを言ってくれるものだね」

「えへー……」

 撫でられるとハッピーなのです……

「……しおりんはかわゆいなぁ。騙されやすくて最高に可愛い」

「?」

 風景。

 工具と木屑の転がるフリースペースから、古めかしい本を収める図書館へ。

「…………」

 廊下から窓越しに見えた、大学付きの図書館とは違う場所。魔力が流れていて心地よい場所です。

「騙し討ちって、サプライズのことですか? ラーナさん優しいです!」

「……。キミってすごいと思う……」

 ラーナさんは困った顔で笑って、一礼します。

「私はキミの指導教員になりました。礼儀として名乗り直すとラナンキュラス・ヴァラセピス。……こうして名乗ると音が揃って妙な名前だね?」

「指導教員さん?」

「ん。ケアが必要と判断した特殊なアーカイブ待ちに相談役が着く制度があるんだ」

 教導役のような制度みたいですね。

「わー。ラーナさんが私の担当を……嬉しい……」

「ああ、ほんっと可愛い……ルピネちゃんが可愛がるのも納得」

 なでなでしてくれます。

「この図書館、結界が張られていてね。縁とか運勢とか、そういうものを遮断して、本人の状態を見るために……うん。しおりんは清純な巫女さんのままで安心したよ」

「ラーナさん、好きです」

「私も好き!」

 初日にして『この大学に来て良かった』と全身で実感しております。

「……この大学、形はどうあれ、かみさまの血が濃いひとが多いからさ。しおりんに良い縁が結ばれることを願ってるよ」

「努力します!」

「ふふ。……縁は運命だからどうにもならないこともあるけど、スペード様と土地神の加護があるなら大丈夫かな」

「あっ」

 そうです、私はものづくり職人の妖精さんたちに相談があったのです!

「背負える神棚って作れますか?」

「ふぶうっっ」

 ラーナさんが咳き込みました。大丈夫でしょうか?

「んっんん! ……あの……神棚って、あれだよね。天井付近に取り付けるやつ? お札と鏡をセットしたような?」

「はい!」

「えーと……なんで?」

「サチさんに東京の景色を見せてあげたいんです」

 私のご先祖様が仕えた女神様は、私の家の神棚を中継地点にして、札幌の神社から遊びに来ます。

 ですが、私の家以外では活動できないそうなのです。

「うーん……」

 ラーナさんは少し考えてから、私を椅子に促しました。

「とりあえず、日本における神さまを説明するね」



「土地を巡るアーカイブの流れの中で、最も強く豊かな流れに人格を持たせたのが日本での神様。あるいは天からそういう場所に降りてきたりね。だから、山や川、大樹に宿ることが多いよ」

 図書館にあった昔の日本の神社マップを見せてもらうと、確かに森や山、海など自然いっぱいなところに散見されます。

「要所となる地形なことも多いから、島や岬で船を守るとされた神さまもいるね」

「はわー……」

「そんな感じな由来だから、土地にあってこそ万能に近い。逆に言えば、土地を離れれば離れるほど力が弱くなる」

「はい」

 納得なのです。

「サチちゃんだっけ? しおりんとこに遠隔で来られるのは、しおりんのスペルが染み込んだおうちを《飛び地》に設定してるからじゃないかな、と私は推測するぜ」

「《飛び地》……ルピネさんの授業で習いました!」

「お。さすがルピネちゃんだ。説明できるかい?」

「地理的・政治的な理由などで領土が、」

「あははは! 天然と天然の会話って怖え!」

 ラーナさんは楽しそうに爆笑しています。

「うん、ごめんね。魔術での喩えの呼び方なんだ」

「そうなのですか。お恥ずかしい」

「いやいや。私の言い方も悪かった」

 くくくと笑いながらお話ししてくれました。

「支配権のある領土を作ると魔力が伝わりやすい。これを大前提として考えれば、ご先祖様から縁の続く先祖返りなしおりんは、サチちゃんにとって最高に相性のいい巫女。魔力を伝わせて、こっちに姿を現しているのだね。まあつまり、なんらかの形で離れた場所に領土を維持することをそう呼ぶのさ」

 サチさんってすごいのでは……

「キミんちの神棚を制作したのは私たち。で、御神体とお札はローザライマ家。キミとサチちゃんの縁にノイズが乗らないようにチューンしてある」

「すごい!」

「そう、すごい。……でも、ポータブル神棚にするのは難しい」

「?」

 ラーナさんはホワイトボードを引っ張ってきて、携帯電話の絵を書きました。

「しおりんとサチちゃんがそれぞれ携帯電話だとする」

「はい」

 次に、アンテナの立った塔の絵。

「神棚を電波の中継をする基地局だとする」

「……はい」

「持ち運べるってことはサイズダウンするってことだから基地局の機能は弱い。さらに、移動することによって位置が固定されてる強みも薄れる」

「そ、そんな……!」

「スペル全開にすればできなくないと思うけど、しおりんの寿命が縮むし、サチちゃんも許さないんじゃないかな?」

 ラーナさんはやんわりと私の発想の問題点を指摘して、私を傷つけないよう断ってくれました。

 私も現実に向き合えて、断念したほうがいいとわかりました……

「……どうしてサチちゃんをお外に出したいのかな?」

「サチさん、こちらにお姉さんがいるそうなんです……」

 いつも御世話になっている女神様に、会わせてあげたいと思ったのです。

「…………。それを早く言ってよ」

 ラーナさんはエメラルドの瞳を輝かせ、身を乗り出しました。

「きょうだい引き離されてるなんて、神さまが許してもこの私が許さない!」

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