6マス進む:ゴール

「京」

「……光太?」

 地下から出た先、異種族対応科の部屋で、恋人が待っていた。

 ど、どうしよう。今の私、絶対汗臭い……!

 そんな私の葛藤も気にせず、彼はいつもの暖かい笑みで私の手を握った。

「アリス先生から待っててやれって言われてさ。なんだろうって思ったら、京だった。……なんか嬉しいな」

「……しゅき……」

 抱きつきたい。

「? 京、どしたの」

「はっ」

 危うく思考が口から垂れ流しになるところだった。

「だ、大丈夫。……アリス先生と知り合いだったんだね」

「だったっていうか、今日知り合ったというか……」

「光太、何かあったの?」

 病院に来るような用事があるのなら、体調不良か怪我か。しかし、彼にそういった不調は見受けられない。

「あー……俺じゃなく、翰川先生の付き添い。で、アリス先生に会ってご挨拶して。京をここで待ってたんだ」

「そうなんだ」

 話続けようとして、ふと思った。思ってしまった。

 こんな私が。攻撃されたら躊躇なく反撃して、人を殺しかけるような私が。

「……」

 こんな私を、彼は受け入れてくれるだろうか――

「あ……」

「京?」

「…………」

 光太は真剣な表情で私に向き合い、握った手をさすっている。優しくてあたたかい。

 でも私は。

「こ、光太は……私が……」

「……うん。なに?」

「私が。誰かに傷つけられたら、過剰防衛するような……最悪、殺しかけるような人だって、知ったらどう思いますか?」

 聞いてしまった。

 もっと言葉の選びようがあったと思うのと同時、これ以外に表現しようもないと痛感する。

 彼は目を見開いてから、やがて私を撫で始めた。

 確かな幸せを感じて涙が出る。

「パターンシンドローム、だよね。……でも、京は優しいままじゃん」

「……」

「酷いことされても優しいままだった。反撃しようと思ったら出来たし、その方が楽になれるのにしなかった。凄いよ。俺なんか昔はやさぐれて荒れてたし八つ当たりしまくってたし態度悪いしで最悪だったよ」

「でも、私……叔父さんのこと、殴ろうとして……」

「その叔父さん、京に優しかった?」

「……私のこと殴ろうとしてた」

「じゃあその叔父さんが悪い」

「でも……!」

「でもじゃない。どう考えたって先に攻撃してくる方が悪い!」

「っ」

 息をのむ私に、光太は言う。

「やられる方とかやり返す方にも問題あるって風潮、大嫌いだ。一億歩譲ってそうだったとしても、理由があれば人を傷つけていいなんて考えるヤツの方が、精神か頭のどっか変なのに決まってる」

「…………」

「……もっと早く会えてたら、守れたのにな」

 頬が生ぬるい。

 彼はこんなにも優しい。

「光太、好きです……」

「おわっ」

「ありがと……!」

 抱き着くと、柔らかく苦笑した。

「どういたしまして。……こんなに素敵な女の子なんだから、もっと自信持ってよ」

「はふにゃんぅ……」

「いまの声なに⁉」

 彼といると勇気をもらえる。

 奇声に謝罪してから、少し離れて手をつなぐ。

「……光太、これから帰り?」

「俺、翰川先生にタクシーチケットもらっちゃってんだよね。これを見越してたんじゃないかって思うのがあの人の凄いとこっていうか……」

「あははは……」

 翰川先生もアリス先生も、いつも常人の上をいく人たちだ。

「一緒に帰ろ」

「うん」

 二人で歩けば、立ち止まってもまた歩いて行ける。

 出会えてよかった。

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