2マス進む:病院の地下へ
地下は思ったよりも明るかった。
というか、少し肌寒いこと以外は、広さと雰囲気ともに他のフロアと変わらない。
「……」
リュックから出したウィンドブレーカーを羽織っていると、前方から足音が近づいてきた。
「いらっしゃい、京」
真っ白な悪竜さんだ。
長い髪も肌も雪のような白。大きな瞳の赤と白衣の下のグリーンの医療着が浮き上がって見えるほどに白い。
「オレはヒウナ・ヴァラセピス」
「!?」
容姿は完全に悪竜さんなのに、なぜファミリーネームが妖精さんのものなのか?
……いや違う。そうではなくて。
「えっと……配偶者の方がレプラコーンの方なんですか?」
「うん、いいねいいね。思考停止しない子は好きだよ」
嬉しそうに手を合わせて答えてくれる。
「妻がキミの先生のおじいちゃんの妹。オレにはファミリーネームがなかったから、今はヴァラセピスってわけだ」
「そうでしたか。答えてくださってありがとうございます」
「どういたしまして……って、それはいいんだけどさ。オレの性別は大丈夫?」
「男性ですよね?」
男女が分かりにくいけれど、この人のことを佳奈子が話していたから知ってる。『ヒウナさんは男』と言っていた。
「お。そういや佳奈子とお友達なんだっけ」
「はい。ヒウナさんたち悪竜兄弟さんで、札幌に集まって宴会したんですよね?」
「いやー、はは。……その節は本当に、うちのきょうだいたちがご迷惑をおかけしてですね……」
目が泳いでいる。
「だ、大丈夫ですよ!?」
「オレたち、竜だから酒には強いけど。場の雰囲気でテンションが上がってはやしたてたり、からかったりとか……佳奈子がツッコミ役になっちゃってて申し訳なく……」
素直じゃない佳奈子は合間合間に憎まれ口を挟んでいたけれど、とても楽しかったと聞いている。
「気にしないでいいと思います。ほんとに嫌でたまらなかったら、佳奈子は遠慮なく断るタイプですし。私にもすごく楽しそうにお話してくれましたよ」
「そ、そう? なら、ちょっと安心だな」
ほっと息をついた。
私も安心する。
「……って、そっか。普通の人には寒いか、ここ。暖房入れるよ」
「あ……すみません。お気遣いいただいて」
「女の子が体を冷やすのは良くないんだから、オレの配慮が足りなかっただけだ。そんなに恐縮するもんじゃない」
優しさが嬉しい。
階段のすぐそばにあったテーブルと椅子を勧められ、座って待つ。
「お待たせ。すぐ暖かくなるよ」
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
会釈しあって、出されたココアを頂く。
「ところで、カグヤは元気だった?」
「……カグヤ……」
「柳瀬カグヤだよ。京の担任だった人」
「! はい。お知り合いだったんですね」
下の名前で呼ばないからとっさに結びつけられなかった。
「うん、仲良しだよ。こっち東京で向こうが北海道だったから。夏に行ったのはカグヤに会うためでもあったんだ」
「遠いですもんね」
時間に余裕のある学生ならともかく、手に職を付けた社会人では予定を合わせるのは難しい。
「リナリアにも会えたし、お酒と海鮮は美味しいしで最高だったよ。やっぱ寿司は北海道だよね」
「東京だって、江戸前寿司があるんじゃ……」
「東京で美味しい寿司食べたいってなると、それなりの値段をかけなきゃ。北海道なら地元回転寿司に行けば肉厚で鮮度抜群の寿司が安く食べられる」
「そんな感じなんですか。……ヒウナさん、お寿司好きなんですね」
海外……というか違う世界の人だけど、日本食を好きになってもらえるのは日本人として嬉しい。
「たまーに食べると贅沢な気分になれるからね。刺身といい卵といい、素材を生で味わえるのは日本だからこそだし」
「たしかに」
外国で生卵を食べるのは危険だと聞いている。
「今度は富山新潟あたりに行ってみたい。そこも海鮮と酒が美味いんだってアリスお姉ちゃんが言ってた」
「お医者さんもあちこち行く機会がありますよね。楽しんできてください!」
「ありがとう。その時はキミやリナにもお土産渡……あ、リナはお嫁ちゃんと娘ちゃんにもか」
「ユーフォちゃん、見ました?」
「超絶可愛いよね」
お互いスマホを出して、ユーフォちゃんのベストショットを交換する。
彼の写真は病院内で撮ったものが多い。
「健診……ここでですか?」
「そうそう。この日はオウキさんが付き添ってた」
「身長測るの、可愛いですね……!」
「お姉ちゃん以外みんな身悶えてたよ。精神力だけで耐え切ったアリスお姉ちゃん凄くね?」
「尊敬します」
病院内でのレアな写真を頂いたお礼に、こちらはリーネア先生宅での写真や動画をお見せする。
「おお、ずり這い」
「先生とステラさんのこと、一生懸命追いかけるんですよ。もうそれが健気で……胸が破裂しそうでした」
「生で見てたらオレも危うかったかもだ。座れるようになった?」
「少しの間なら。でも、おすわりできるようになったらハイハイとたっちまであっという間なんでしょうか」
ネットにはそう書いてあった。
「赤子の発達ほど個人差が大きいことはないね。ただまあ、おすわりが安定するのは筋肉が全体的に発達したってことだから。様子を聞く限りあっという間かもしれない」
ユーフォちゃんが回転運動で移動する動画を食い入るように見ている。
「この動画くださいな」
「いいですよ。そうだ。まとめてアドレスに送りますね」
ユーフォちゃんの写真を先生のご友人と取引することは、ステラさんに予めOKをもらっている。あとでアリス先生にもお送りする予定。
送った画像から一枚の写真を見つけ、ヒウナさんがふわっと笑う。
「おんなじ顔して寝てる」
リーネア先生とユーフォちゃんがお昼寝して、ステラさんが見守っている一枚。これは最高のショットのひとつだ。
「ステラちゃんもいい顔してるね。リラックス出来てる」
「先生と娘さんと触れ合って、表情が増えてきたんですよ。可愛くて、先生にぴったりなお嫁さんだなあって思います」
「だな。今度プロポーズの応援してやろ」
そういえば、ヒウナさんは先生のご友人であると同時に親戚でもあるんだった。
「友達っていいですよね」
「うん。リナリアはいい友達だ。その彼の愛弟子なら、キミのことも愛おしい」
「ありがとうございます」
気恥ずかしい。
「冥途の土産になっちゃうかもしれないんだし、気にしないで」
「? ……――」
体を振った勢いで彼から距離をとる。
寸前で私の頭のあった位置をナイフが薙いでいった。
「おー。すごいすごい!」
転がった椅子に足を取られず起き上がれたのは僥倖というほかない。
ヒウナさんは何も変わらない笑顔のままナイフを振り下ろし、私はそれを転がってかわす。自分になぜこんな動きが出来ているのかを考える間も無く、床から起き上がって距離を取る。
「……なんでですか?」
「勝負をしよう」
放り投げられた棒を掴み取る。……折りたたみ式の警棒だ。
「一本でも攻撃が通れば京の勝ち。オレは走らずに追いかけるから、なんとかして一本入れな」
「っ……!」
この人、狂ってる!
「狂っているとも」
「改めて名乗ろう、小さなフリーク。オレはヒウナ。『無形の化け物』にして、どうしようもない殺人鬼:悪竜44444」
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