先生

「ただいま」

「お父さんおかえり」

「おかえり!」

 待ちわびていたセプトくんとパヴィちゃんが先生に飛びついていく。

 5歳とはいえシンクロした双子のタックルを容易く受け止め、それぞれ片手で抱きあげてしまう彼は、やっぱり種族が鬼なんだと思う。

「リーネアが子ども生んだの?」

「不思議です」

「いえ、リーネアが生んだのではなく、今は赤子の母を探すところです。オウキと相談中です」

「え、リーネア単体生殖しないの?」

「それではリーネアがタンポポかマムシになってしまうでしょう? 話を聞きなさい」

 天然同士の会話って、外から見るとこんなに怖いものなんだな……

 あたしが温かい目で見守っていると、先生がこちらを見た。

「お帰り、先生」

「ただいま」

 双子ちゃんを抱き上げたままやってきて、あたしの向かいのソファに座る。

「……なんか、凄く不穏な会話が聞こえたわ」

「単体生殖と言いましたが、正式には単為生殖といい、植物ではセイヨウタンポポ。生物ではミジンコやマムシなど――」

「そこはいいから。……で、なんでリーネアさんのとこに赤ちゃんが生まれてるの? もしかして彼女いたの?」

「いえ。あの子は未だに子どもがキスでできると思っておりますので、そこについては大丈夫です」

「大丈夫じゃなくない?」

 あの人、100歳超えてるって聞いたことあるんだけど。

「それはまあ……リーネアが自分の興味あること以外一切の興味がないことで察していただければと」

「妖精さんって大変ね……」

 究極のピュアっぷり。

「キスでできるの?」

「女性の身の危険が大きすぎませんか?」

「キスではありません。ですが、二人に教えるにはまだ早いです」

「わかった!」

「わかりました」

 この末っ子ちゃんたちもまだまだピュアで可愛いのよね。なごむ。

「育てば天然か鬼畜ですよ」

「タウラさん、笑顔で現実に引き戻すのやめて」

 部屋から出たはいいものの、明らかに鬼畜側に属するであろうタウラさんが側についているから緊張してしまう。

「すみません。智咲が楽しそうだったものですから」

「やっぱり鬼畜だ……」

 くすくすと笑っている。

 あんまり言い返す気になれないのは、彼が少し幼い姿で車椅子に乗っているから。

 両親やご兄弟に飛びついてはしゃぐ末っ子二人も、彼にはタックルをしない。

「……タウラさん、その足、大丈夫なの?」

 彼の移動手段は、翰川先生と違ってホイールを自分で回している。回転と制動に電動アシストがついているタイプの車椅子だから、疲れにくいとは思うけど。

「ええまあ。……実はこの足、魔力を通せば動くんだけど、そうすると消耗が激しいんだ。普段は充電中」

「そうなの……何か手伝えることとかあったら言ってね? 食器運んだりならできるからさ」

「ありがとう。優しい智咲」

 とてとてとやってきたセプトくんがタウラさんに両手を伸ばす。

「タウラお兄ちゃん、撫でてください」

「セプト。愛くるしい」

「ソファに座ってやったらどうですか。抱きつきたいのだと思いますが」

 シェル先生に言われて、タウラさんは転移であたしの隣に出現する。セプトくんが嬉しそうに抱きついた。

 そわそわするパヴィちゃんを先生がタウラさんにリリース。

「父上、楽しんでいらっしゃったんですね。上機嫌だ」

「久しぶりに赤子に触れたものですから。やはり子どもは愛しいものです」

「そっか」

 お兄ちゃんに甘える双子ちゃん、かわゆい……!

 あたしがハアハアと興奮していると、先生が首を傾げていた。言葉を迷っているサイン。

「……どうしたの?」

「…………。夕食が終わったら、書斎に来てください。話しておきたいことがあります」

「書斎……わかったわ」

 周りの人に案内してもらおう。

「お兄ちゃん、あたたかい?」

「はい。パヴィは優しい妹ですね」

「んぅ」

「セプトもありがとう」

 末っ子二人はタウラさんの足に手を触れさせたり、胴に抱きついたりと……かわゆい……

「無害な先生、可愛い……」

「……割と友人みんなからそう言われるんですよね……」

「父上はご自身のことを省みた方が良いと思いますよ。僕も無害な弟妹が純粋に可愛いですし」

「修正できるかは別問題です」

 討論している間にアネモネさんが呼びに来て、みんなで夕食を食べる。

 こんなに幸せでいいのかってくらい、すごく幸せ。



「……最終手段に頼ろうと思います」

「最終……なんて?」

 案内してくれたノクトさんは去り、書斎には先生とアネモネさん、そしてあたしだけになる。

「俺は今まで、座敷童を神と捉え、どうにか安定させようとシミュレーションしていました。ですが、どう考えても上手くいかない」

「……?」

「タウラが説明したと思うのだけれど、本当の座敷童は妖怪というより、『その屋敷の中で起こる現象』なの。幸運を運ぶとか、遊ぶ子どもが増えているだとか、いたずらされるだとか……そういうことをひっくるめて全部がそう。お供えは幸運という現象を維持するための儀式のようなもの」

 アネモネさんに言われて、タウラさんに言われたことの意味を考える。

 ……起こっている現象はどれも座敷童の性質で、個人の性格というものが見えてこない。あたしがイマイチ親近感を抱かないのもそれのせいな気がする。

「よほど感受性の高い巫女……紫織のようなスペル持ちであれば、現象としての座敷童にコンタクトを取ることはできると思いますが、意思を感じ取れるかはわかりません。あなたとは違う。将来に悩んだり憧れたり、俺たちの子を可愛いと思って世話を焼いてくれるあなたは意思があるから」

「……」

 不意打ちに涙が出た。

 アネモネさんが顔を拭いてくれる。

「俺の方法で安定させようとすると、智咲は妖怪あるいは神にまで至り、意思が消滅してしまう。それは絶対に嫌だから、最終手段です」

「ん……わかった。それはどういう?」

「……。俺の父を呼びますので、運命操作の仕方を教わってください」

「…………」

 謎に包まれし先生のお父さん。

 以前、『難点はあるが尊敬している』的なことを言っていたが……

「アネモネさん」

「なあに?」

「その人、どういう人?」

 先生のお父さんなら、彼女にとっては義父にあたる。当然、会ったことがあるだろう。

「シュレミアにそっくりな人よ」

 終わった。

「なんでその情報で絶望されなきゃならないんですか?」

「……だって……先生に似てるって……」

「父は精神的に不安定な面もありますが、人格や能力のほぼ全てが俺を上回っています。つまり俺より人柄が良く、空気も読めるということです!」

「自信満々に言うセリフか!?」

 自覚があっても治らないと豪語する先生が悲しい。

「まあまあ。会ったらきっと驚くわよ。ほんとにそっくりなんだもの」

「話は、通じる?」

「通じる通じる」

「頭いい?」

「天才」

「優しい?」

「とっても」

「……」

「ちらちらと俺の方見るのやめてもらえますか?」

 先生が拗ねていた。

 アネモネさんはうっとりと先生の頬を撫で始める。

 ……この夫婦、愛情が重いのよね。アネモネさんは先生の表情を楽しんでる気配がするし、先生は彼女からの愛情表現を受け止めて愛の言葉で返せる人だし。

「まあいいです。お父さんはアーカイブの扱いが上手いですから、あなたのことを必ず良い方向に進ませてくれることでしょう」

「ありがとう。信じるわ」

 彼はいつも、事実ばかり告げるから。

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