5番目の人

 お茶会と夕食も終えて、自分に割り当てられた部屋に戻ると、隅っこでじっとしているシェル先生が居た。

「ほ、ホラー映画ばりの登場しないでよ……」

「……すみません」

 体育座りで無表情。

 でもなんだか、ちょっと落ち込んでるみたい。

「俺は精神が不安定なようです」

「まだ自覚なかったの……プリン食べる?」

 お茶会のお土産にもらったココット皿入りの堅焼きプリンを差し出す。

「……いただきます」

 黙々と食べている。

 口を開かなかったら可愛い。

「今日、ひぞれから電話がきました」

「珍しい。何かあったのかな」

「リーネアが子どもを産んだそうです」

「はい?」

 あの人、見た目美少女だとは思ってきたけど、オウキさんと同じ体質だったの?

「いえ。あの体質はルピナスとその双子の兄のものです。リーネアとカルミアに受け継がれたのは眼の異能」

「…………。じゃあなんで子ども……?」

「さあ? ひぞれの言うことなので、突拍子もないことだとは……」

「……」

 電話嫌いだってわかってる先生に電話してるんだから、急ぎの用でしょう。

 あたしより優先すべきだ。

「助けてきなよ。あたし平気だからさ」

 彼があたしをじっと見返す。

「ね」

「…………」

「ほら、気晴らしに。あたしのこと気にかけて気に病んでるみたいだけど、あたしはそんなに深刻じゃないのよ」

「軟禁してしまっていますが」

「この家居心地いいし、しばらく居させて」

「…………」

 先生は淡い微苦笑で答えた。

「夜も遅いので、明日の朝に動きます」

「それがいいわ」



 しかし、この家……

「てめえ、ハノン! 俺のケーキ勝手に食ってんじゃねえよ!!」

「あんた前に私のムース食べたわよね。お返し」

 ツッコミ役がいない上にいつでもどこでも戦いが勃発していて、とても困る。

(シェル先生とアネモネさんがまとめてるとは言うけど、二人がいないと実質無法地帯じゃないの)

 朝ごはんを食べに来たらキッチンで長男長女の双子が取っ組み合いのケンカをしていた。

 どうしようかと悩んでいると、ノクトさんがあたしにトレーを差し出した。

「はい、佳奈子さん」

「あ、ありがとう……」

 目玉焼きトーストとサラダ、ミルクティー。美味しそうなご飯……!

「ケチャップとペッパーはお好みでどうぞ」

「うん。すっごく美味しそう。ありがとう!」

「喜んでくださると嬉しいですね。父様に、佳奈子が困るから朝食を取り分けておいてやれと言われておりましたの」

「あのケンカを予見してたの?」

「予測できることと止められることは別なのです」

「……ノクトさんも、シェル先生っぽいとこあるのね」

「まあ。嬉しいような嬉しくないような……」

 くすくすと笑う姿がとっても可愛い。

「とりあえず、姉様と兄様がごめんなさい」

 どさりと重たいものが落ちる音、ふたつ。

「「…………」」

 高度な戦いを繰り広げていたハノンさんとカノンさんが、アネモネさんの足元に転がっている。

 彼女がキッチンに足を踏み入れるなり、二人は瞬時に絞め落とされていた。

「キッチン、ふたつあるの。教えておいた方が良かったかしら。智咲も困るわよね」

「あ……はい……」

 母は強しという言葉があるけど、アネモネさんは物理的に強い。

「長男長女なのに、二人ともいつまでも大人げなくて。ごめんなさい」

「母上、ご飯にしよう。姉上と兄上もすぐ来る」

「そうね」

 テーブルには二つ空席。

 ルピネさんとタウラさんが並んで座り、向かいのノクトさんが末っ子二人の面倒を見ながらトーストを食べている。

 不思議な気持ちだった。

 昔々に憧れた《家族》の中に、あたしがいる。

「…………」

「智咲さん、ヨーグルト食べますか?」

 タウラさんがヨーグルトのケースを差し出している。

「あ……いただきます」

「ジャムと砂糖はお好みで」

「智咲、次、わたしにも回してね」

「うん」

 ローザライマ家のみなさん、あたたかくて、嬉しいからむずむずしてしまう。

 寝起きでうとうとしているセプトくんを撫でつつ、食後のヨーグルトを楽しむ。

「……先に嫌がらせしてきたのハノンのくせに……」

「うるさいわね愚弟。昨日私の部屋の窓割ったの忘れたわけ?」

「こら、喧嘩しないの」

「「……」」

 アネモネさんが『めっ』とするだけで長男長女コンビが沈黙する。

「……いつもこんな感じなの?」

 ルピネさんとタウラさんに聞くと、外見年齢と性差あれど同じ顔の二人は、困った顔で答えてくれた。

「喧嘩するほど仲が良いのを地でいく二人だからな」

「意外とあれで息はぴったりなんですよ」

 指差されてよく見ると、ハノンさんが使い終わったバターナイフをカノンさんは見もせず受け取り、紅茶用のミルクを投げ渡している。

 険悪な雰囲気でも言葉要らず。阿吽の呼吸だ。

「……んぅ」

 周りを観察しているうちに、セプトくんに限界がきたらしい。ノクトさんに抱きついたまま眠ってしまった。

「まあ。……やっぱりセプトは竜ですのね」

「ノクト、お部屋に寝かせてくるからちょうだいな」

「母様はゆっくりなさっていてください。美味しいご飯を用意してくださったお礼です」

「……ありがとう」

 和やかで賑やかな家族だ。



 朝食を食べ終えたところで、タウラさんと向き合うことになった。

「……」

 どうしてこうなった。

「緊張しなくとも良いですよ。僕はこんな見た目ですし」

 14歳くらいの自身を指して言うけれど……

「い、いえその。緊張してるわけでは」

 あたしのこれは嘘だ。

 だってタウラさんは――

「父に一番似ている」

「っ」

 読まれた。

「よく言われるよ。……複雑な気持ちもあれば、誇らしくもある」

「……」

「さあ、座って。お話をしよう」

「う……はい」

 シェル先生は天然具合がプラスされてるから、柔和に見えるんだけどなあ……

 タウラさん、隙がないんだもの。

「僕が受け継いだのは、神話を紐解く才能。智咲のことも前々から相談されていたよ。座敷童の伝承を調べ、考察していたんだけど……智咲ほどはっきりと姿を現す座敷童は初めてで、参考にならなかった」

「……旅館に出る座敷童はダメなの?」

 日本国内にいくつかあると聞いている。

「あれはもはや、その屋敷で起こっている現象とでも言うべきもので、あなたのように人間のような暮らしをしているわけではないのです。座敷童にはおもちゃや菓子などお供えしますが……智咲が日々食べているものはお供えかな?」

「そういわれると……」

 自分で作って食べることさえあるし、お供えとは言えない気がしてくる。

「まあ、あなたがその旅館に泊まって座敷童に会えたらまた違うのかもしれないね」

 くすりと笑う。

「あなたについては、口減らしによって座敷童が誕生することが実証されたのか? ……それとも新たな何かが生まれてしまったのか? 区別しがたいのです」

「でも、あたしの能力は座敷童だと思うの」

 幸運を分けられるし、家があることで存在が安定するし。

「そこは僕も異論はありませんよ。ただ……あなたがしたことは、形はどうあれ死者の復活であり――人が人以外になりうることの証明」

「……」

「座敷童の運命操作も人気です。でも、それ以上にまずいのは復活の方なんだよ、智咲。わかってくれると嬉しいな」

「よく……わかりました」

 ローザライマ家のみなさんがあたしを守ってくれる理由も。

「まあ、脅すように言ってしまったけれど……そんなに気にしないで。あなたを攫ったり傷つけたりしようとするだけで半死半生になるくらいの契約をあらゆる魔術の界隈にふっかけてありますので!」

「タウラさんほんとお父さん似よね!」

 見た目はどちらかというとアネモネさん似なのに、中身は驚くほどそっくりだ。

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