先生の両親

 先生がオウキさんと《母親》探しに出た直後。

 その人は

「…………」

 違和感と威圧感に硬直してしまう。

 パヴィちゃんとセプトくんは珍しくも満面の笑みを見せ、その人に飛びついた。

「おじいちゃあん!」

「おお。……パヴァーヌ。見ないうちにまた大きくなったな」

「んぅー」

 ぐりぐり。

「その癖も変わらずか」

「おじいちゃん!」

「セプトも背が伸びたな」

 虹灰色の瞳は視線がわからない。彼の髪は光を浴びると黒に染まる虹色。

 あたしの目の前に、《王様》がいる。

 理屈もなしに絶対の支配者だとわかる生命体がすぐそばに。

「そう固くならずとも良い、座敷童」

「ひゃいっ!?」

「見ての通り、俺はどこにでもいるような一般人だ」

「……どこらへんが?」

 ああ、そっか。この人――

「俺はシュレミア・ヴィアレーグ。悪竜たちのオリジナルだ」

 ――本当の意味で先生とそっくりなんだ。

 先生は彼に似るように神様に調整されたんだから。

 パヴィちゃんとセプトくんを抱きつかせたまま、王様はあたしと向き合う。

「……その。王様なのよね。本物の……」

「退位して久しいが、かつては。今は一般人だ」

「どこの世界に行ったらこんな一般人がいるの?」

「俺ほどどうしようもないのも居ない……」

「……へ?」

「手伝いをすれば皿を割るし、パンを焼けば焦がす。掃除も窓を破り床を傷つけ、『王は何もしないでください』と臣下や使用人達に懇願される始末。所詮はそんなもの。仕事でもしていなければ役にも立たない世間知らず……」

 なんか落ち込まれてしまった。パヴィちゃんが慰めている。

 セプトくんは申し訳なさそうにあたしに頭を下げた。

「おじいちゃん、仕事してないと精神が不安定になる人なんです……」

「……」

 先生の言ってた『難点』って、これかー。

「おじいちゃん、今日はお仕事したの?」

「しようとしたら、病み上がりなのにやめろと、妻に叱られて……」

「おばあちゃんが怒るの、当たり前。おじいちゃんのこと心配してるよ」

「……。そうだな」

 目に意思の光が戻る。切り替えが早い。

「セプト、パヴィ。佳奈子と話があるから、リビングに行っておいで」

 二人は頷き、手を繋いで姿を消す。

「……」

 今、自分が智咲なのか佳奈子なのかわからなくなった。

「なぜ自分が揺れているのか……わかったかな?」

「うん……」

 今のあたしは自己認識が上手くいっていない。

「お前は親愛の印に智咲と呼んでほしいと伝えたのだろうが、それが案外と影響を及ぼしているというわけだ」

「でも智咲呼びは譲れない。なんだかすごく幸せな気持ちになるもの……」

「俺もそうするつもりはないよ。お前が好きなように名を呼んでもらうべきだ」

 どうしてか最近、涙もろくなった。

「……あり、がと」

「どういたしまして」

 王様はストレートで、あたしはミルクティー。

 ティーカップに口をつけているだけなのに尋常ならざる気品に満ち溢れている。

「……王妃様も来てるの?」

「ああ。今はキッチンでアネモネたちと焼き菓子を作っている」

「仲良しなのね」

「あの息子を選んでくれた女性だ。アネモネは、俺たちにとって娘ができたようなもの。幸いにも今まで良くしてくれている」

 以前、アネモネさんは家族に憧れていたと言っていた。なんだかあたしまで嬉しくなる。

「佳奈子もよくアリアに付き合ってくれている。息子がご迷惑おかけして申し訳ない」

「……だ、大丈夫……」

 深々と頭を下げられてしまった。



 改めまして自己紹介。

「あたしは生前が天樹智咲で、今は藍沢佳奈子です」

「どちらで呼ぼうか」

「佳奈子でお願いします」

「わかった」

 こくりと頷く仕草も先生を思い起こさせる。

 ただ、違うところもある。

「……ところでその。目……」

 光の加減か瞳の色のせいかはわからないけど、視線が全く感じ取れないから怖い。

「生まれつきでな。俺は視界の情報処理の方法が違うらしい」

「そうなんだ。……ごめんなさい」

「謝ることはない。視線は対話をする上で重要な要素。その一つが消えた人間と話すのは違和感が強いだろう」

「……なんでもお見通しなのね」

 彼は自分が人間とは違う種族であることをわかっていて、相手が恐怖や違和感を抱くことも知っている。分かり合えることもそうでないこともあると認めている。

 その強さが一番先生に似ているかもしれない。

「そうでもないよ。特に、王から降りた後は自分が無知であることを知るばかり。日々が楽しくてならない」

「…………。コウみたい」

「ああ、ひぞれお気に入りの少年か? 彼とも会ってみたいものだ」

「翰川先生とも知り合いなのね」

「もちろん。あの子に位置情報転移を教えたのは俺だからな。可愛い愛弟子だ」

 ……?

「さて。どうしたものか」

 なんだか、この人、変。変。あたしと似てる? ……違う。似てるのはあたしじゃなくて。

「お前はまだ定義されていない。いないからこそ、何にだって定義できる。どうしたらいいだろうな?」

 あたしの、名前もわからないチカラ。

 この人は同じものを持ってる?

「俺のアーカイブはオーダー。……説明がしがたいのだが、簡単に言うと『何にでも支配権を持つ命令アーカイブ』」

 京が世間話に出会った悪竜さんのことを教えてくれたことがあった。

 彼女はお父さんゆずりの竜らしい絶対命令を持っていた、と。

「京と出会ったアリスは俺の育て子だ。アリアやリルとも同じ場所で育っている」

「…………」

「おや。……すでに聞いていたかと思ったが」

「聞いたことあるわ。大丈夫」

 先手を読んでしまうのも、先生は彼を見て学習したんだろうなとわかる。

「ならば話は早い。オーダーは強力で万能でもあるが、大抵はどこかに得意分野がある。例えば、俺の息子の一人は時空間に支配権を持っていたりするな」

 出す例が訳の分からん規模なところがすごい。

「人間に出ることはまずないのだが、お前はそうなってしまう」

「…………」

「ちなみにサイズダウンするとパターンにできるのだが、どうか?」

 京やリーネアさんと同じ神秘。

「……ごめんなさい」

 そうなったらあたしはあの二人の顔を見られなくなる。

「意地の悪い質問をしてしまった」

 くすりと笑って、音も気配もなくあたしの目の前に出現した。空間の揺れもなく、魔力の感覚もない、翰川先生と同じ転移。

「よく感じ取るものだ。素晴らしい」

「……ねえ、あなた、ほんとうに、なに? 本当に竜なの?」

 悪竜さんたちともアネモネさんともかけ離れている。

「竜神と呼応してしまっただけの善良な一般市民だよ」

「そんな一般市民がいてたまるかってのよ」

 ちょいちょい天然だから、緊張が持続しない……

「まあ良い。あの子から頼られるのもなかなかないことだ。可愛がっている佳奈子のため、頑張ってみようか」

 あたしの手を掴む。

 あたしのチカラと、王様の《支配権》が繋がった。

「……あ、あぁ?」

「成るように成ると信じて、触れさせようか」

 オパールの瞳がゆらゆら輝いている。

「七代魔法竜王の名に恥じぬよう、オーダーの性能を座敷童に提示する」



「…………」

 脳が限界を超えてフル回転した気がする。

 ぽけーっとしたまま、青空色の髪をした女性に抱きしめられてはっぴー。

「シュレミア、無理させてないよね?」

「させてはいないと思うが……オーダーを引っ張り出したから、少し発熱していると思う」

「もー」

「はぇあう」

 世界の裏側のようなものに触れた。

 なんだか、ゲームを外からプログラムとして見たような気持ち。

「……あなた、だれ?」

「私はシュレミアの妻だよ。ガーベラ」

「王妃様、きれい」

「ありがと。佳奈子もかわゆいよ」

 ほっぺもちもち好き……

「あぁ〜……もち肌」

「王妃様、いい匂いがする……」

 放熱のつもりで抱きついてみる。

「可愛い甘えんぼさん。なんて呼んだらいい?」

「佳奈子……」

「そう。佳奈子ね。これからよろしくね、佳奈子」

「うん」

 少し落ち着いてきた。

 でもまだ抱きついていたい……

「む。……リナリアのお嫁さんか。めでたい」

「まあ。あの子に彼女が!?」

「子もいるそうだ」

「いつの間に大人の階段を?」

「いや、毛髪からのDNA採取と生命錬成神話の再現によるものだそうなので、あの子は未だにメルヘンだ」

「……リナリアとぴったりの女の子がお嫁さんに来たね」

「らしいな。オウキは頭を痛めているらしいが……まあ、仕方なかろう」

 王様はスマホを虚空に消して、あたしの額に手のひらを当てた。

「……熱が引いたな」

「うん。……ガーベラさんごめんね。ありがとう」

「うふふ。まだ居てもいいのよ?」

 さすがにそれは……

 丁重にお断りして、向かいに王様王妃様ご夫妻という形で着席する。

「……あたしは安定したの?」

「ああ。オーダーの制御に訓練は必要になるが、外に出て足が消える事態にはならない」

 ほっとした。

 これでコウや京、七海姉妹とも会える……!

「ありがとう王様」

「どういたしまして」

 続いて先生にメールを送ると『すぐ帰りま』と返信がきた。

「お前のことが可愛いのだな」

「焦ってる」

 お父さんお母さんからの評価は容赦ない。でも嬉しい。

 シェル先生の帰還まで、世間話。

「生命錬成ってなに?」

「オウキの専門分野だよ。きっと、お嫁さんを義理の娘として歓迎することだろう」

 あの人とんでもないな。

「カッコいい名前ね」

「命なきものに命を宿す。そういった神話は形を変えてあちこちに存在する。それの総称というだけだ」

「どんな感じ?」

「神の息吹で岩や水から生き物が生まれたり、神の涙などから神が生まれたり……今回は力太郎だったらしいな」

 貧乏なおじいさんおばあさんの垢から、力持ちの子どもが……みたいなやつだっけ。

「ガネーシャもそうなんだよ」

「あの……象の頭の福の神様?」

「そうそう。あれはインドの女神様が自分の垢から作った神」

「ほんとに神話なんだ……」

 会ってみたいなあ、リーネアさんのお嫁さん。

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