医者と妖精

 数時間後、女の子が目覚めたというので、アリスの立ち会いのもとに対面する。

 彼女の顔にはヴェールがかかっていた。

「あの。……ごめんなさい」

「俺の顔さえそっちに見えてれば大丈夫だよお」

 手をきゅっと握っている。……対人が怖いのか。

「……キミがあの赤ちゃんのお母さんだね?」

「っ」

「責める気は無いよ。名前は?」

「……ステラリア……ヒェンツァーリ……」

 お、この家名は……『蛇の亡骸を得た民』だったかな。神話の武器を作れるレプラコーンだ。

 才能を継いでるんだねえ。

「あの子はどうやって生まれたの?」

「……」

「?」

 彼女が差し出したのは、手のひらに収まるくらいの絵本。豆本っていうんだったかな。

 題名は『力太郎』。

 夫婦の身から出た垢をかき集め混ぜ合わせてできた赤子が登場する、日本の民話。

「…………。遺伝子を手に入れたら子どもが出来るってこと?」

「参考にして……」

 彼女がしたことは神話の再現だ。興奮しそう。

「……あと、これも」

 子宮の代わりにしたり、人工生命を作ったりするのに必要な培養槽……の写真。それと、簡単な仕組みを解説したWebページのプリントアウト。

 天才ってこういう子のことをいうんだね。

「……私は4年前の冬……あなたの息子さんに、助けてもらいました」

「…………」

 その時期は確か……リナリアが故郷に長く里帰りしてたときだ。

「私に意地悪をする人たちを次々に倒して、私が閉じ込められていたお部屋のガラスを割ってくれたんです。……リナリアさんは私に気付かず行ってしまいましたが、綺麗な夕焼け髪はずっと覚えていました」

 何があってあの子が暴れ回ったのか想像がつかないんだけども、助けたのは事実らしい。

「気配を追いかけてこちらの世界にも来ました。監視カメラの映像であの人を追いかけて……3年前に、雪国で見つけました」

「……」

 京ちゃんと暮らし始めてすぐくらいの札幌。

「あの人の髪の毛を手に入れた時はお守りにしようと思って取っておいたんです……それが気持ち悪いことだってわかってましたが……。どうにかして働き口を見つけようと、想いを振り切ろうと、都であるここに来たのに」

 声が震える。

「あの人を一昨年の夏に見かけて……気付いたら、私は……子どもを……」

「…………」

 リナリアは夏に大学に講義をしにくる。その時だろう。

「……子どもが生まれ出たときから最近まで、幸せでした。あの人の名前で子どものこと呼んで。あの人に会いに行こうとまで考えたんです。でも……頭がおかしいって、ふっと思って。でも……足音」

 光太がきたタイミングか。彼はつくづく“持っている”男だ。

「慌ててあのひとの家の番号の箱に隠、し……」

 嗚咽とともに言葉を吐き出す。

「ごめんなさい、頭のおかしい女で。息子さんに、迷惑……最低なこと、しました。身に覚えもない子ども……を……」

 ここで『俺の息子はキスで子どもが出来ると思ってるメルヘン野郎だよ』と言おうか迷ったけど、その場面じゃないや。

 安らぎ毛布を肩にかけて、背中をさする。

「ひぅ、っぐ」

「こらえなくていいんだよ。……あんなに酷いことされて何にも心が変わらない方が変だよ」

 彼女は悪くない。

「落ち着くまで待ってるよ。たくさん泣いていいからね」

 アリスも水を差し出し、彼女に湯たんぽを抱かせて慰めていた。

 やがて落ち着いたステラリアは、涙をぬぐいながら問うた。

「……あの子はどうしていますか」

「リナリアの家で面倒見てるよ」

「っ……!」

 ヴェールに隠れていても彼女が真っ青になっていることがわかる。

「キミが赤ちゃんに魔法をかけて箱に隠したとき、男の子が入ってきたでしょう」

「は、はい……」

「彼が見つけて、リナリアの家に運んだ。紆余曲折あったけど、リナは赤ちゃんのこと受け入れて愛してるよ」

「…………」

 洟をすする音が聞こえた。

 アリスが手ぬぐいを差し出す。

「……ほんとうに……?」

「嘘ついてどうなるのさ。……リナリアも、キミに会ってみたいって言ってる」

「…………」

「残念ながら俺の息子も精神がいい感じにおかしいから、キミのこと恨んだりはしてない。キミが自分を負い目に感じる必要は絶対にない」

「……っぅく」

「万が一あいつがキミに怒るようなことがあったら、先にキミが境遇を話しておけばいい。『殺し直してやる』ってブチギレてくれるさ!」

「っふ、ふふ……」

 やっと笑ってくれた。

 若者は幸せでいてくれるのが一番いい。

「アリスも最高峰の名医だ。信頼するといい」

「ここで紹介するのか。……まあいい」

 ため息を吐いて、ステラリアの前に移動する。

「私はアリス・ヴィアレーグ。これからお前の担当医になる。よろしく」

「あ、そういや俺自己紹介してない。……オウキ・ヴァラセピス。リナリアの父親です」

 二人で名乗ると、ステラリアは明るい声で言った。

「よろしくお願いします。ステラと呼んでくださいね!」

 ……そして、そのまま寝落ちした。

「…………」

 受け止めたステラの上体をゆっくりとベッドに降ろす。点滴していた鎮静剤がようやく効いたみたいだ。

 アリスは脈と呼吸を観察してから舌打ちする。

「薬の効きが異様に悪い。この症状はかつてのひーちゃんに似てるな……妙な薬物を無理に投与されていたのだろう」

「…………」

 ひぞれも割と悲惨な扱いを受けていた子で、アリスとサラちゃんが彼女のサポートをしていた時期もある。今ではサラちゃんがひぞれの主治医。

「クソどもめ……」

 アリスの手の中で、ステンレスのトレーがアルミホイルのようにぐしゃぐしゃになっていく。

「ほんとう、皆殺しにしてやりたいものだ」

「もうリナリアがやってるよ」

「もう一度やってやりたい」

「あはは。……ほんと、同感」




「……って感じ」

「……わかった。話してくれてありがとう」

「先に言っといた方が早いよね。細かいとこはステラからも聞いて」

「うん。……でも、なんで振り切れちゃったんだろ」

「切羽詰まったとき、自分がどうしてあんなことをしたのかっていう感情をすべて把握できてたら苦労しないよ」

「……」

「たぶん、ステラは俺とおんなじような環境だった。言われるままに何か作る生活。手を失わされるような場所で何作らされてたか知らないけど。そこから出してくれたっていうのは、ステラがキミに惚れ込むのに十分な理由だったんだと思うよ」

「ん……」

「生命を残すって生きてることの証明じゃない? あとほら……原種のレプラコーンが無理やり作らされる物体なんて、ロクなものじゃないし。『自分の技術でも大切なものを作り出せるんだ』とか思いたかったのかもね」

「…………」

「手段は褒められたことじゃなかったけど、キミへの恋心も本気だったんだよ」

「ひぞれにも、言われた」

「そ。……もの凄い迷惑なのは変わらないかもしれない」

「……」

「でも、女の子からの一世一代の告白だ。きちんと正面から受け止めて答えてあげなね」

「ん。そうする」

「ちなみに、あの赤ちゃんはどうするつもりなの?」

「…………。できれば、育てたい。……ステラと一緒に」

「あはは。良かった」

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