猪突猛進
「は、初めましてですよ。ステラリアと申しますのです!」
「…………」
病室に入るなり、女の子から不思議な日本語で挨拶された。
「ちょ……ステラ?」
父さんやアリスとの会話は英語だったと聞いてたから、俺もそのつもりで脳を英語モードにしてたんだけど、なんで日本語?
「リナリア……さん、の。母語は、日本語! なのでわたくしステラリアは頑張る! ますのです!」
「なんでだ!?」
どう見ても俺の見た目じゃ日本語を母語にしてるように思えないだろ!
混乱したが、よくよく考えてみたら、ステラが俺の喋る姿を見たのは北海道と東京。そのどちらとも、誰を相手にしても大抵は日本語で話していた。
妙な勘違いで思い込んでいるらしく、宥めて理解してもらうのに30分くらいかかった。
「……すみません……」
「いや……うん……」
今は英語で話している。
「お前が、母親なんだもんな」
髪色は桜色。瞳は濃いピンク。表情の感じはステラに似てたんだな。
「はい。すみません……」
「……お前すごい可愛いな。目がピンクで、あの赤ん坊と同じだ。火傷痕、綺麗になってて良かったよ。女の顔だもんな」
「アリス、ステラが気絶した! どうしよう!?」
「はあ? ……ちょっと待ってろ」
*
ステラが目覚めてテイク2。
「……先程は、ごめんなさい……」
「い、いや……ほんと、ごめん。想像よりもお前がずっと可愛くて綺麗だから、言おうと思ってた文句も何も吹っ飛んでるんだ」
「アリス……」
「今度はなんだ」
*
テイク3。
「…………。その。私、いま。興奮したり極度に緊張したりすると、貧血が起こってしまうみたいで」
「大変だな……」
「……ごめんなさい、リナリアさん……私、あなたにご迷惑をおかけしました」
「いいよ。……お前を追い詰めた奴らが悪いし」
「でも……」
「実は最近、赤ん坊の世話してたら、母親はどんなやつなんだろうとか、ここまで育ってきたなら、愛情受けてきたんだなとか考えるようになったんだ」
「はうっ」
「名前あるのか?」
「ない、です……呼び名だけ……あなたの名前……」
「……。そ、そうか……」
「初めて、顔赤いの見れました。ドキドキさせられて嬉しい」
「最初からずっとドキドキしてるよ。お前に会いたかったから楽しみにしてたんだ」
「アリス……!」
「お前らはなんなんだアホなのか!?」
*
テイク4はアリスからドクターストップがかかった。ステラの寝顔が可愛い。
「もういい。……素で蕩けたセリフを吐けるお前と純朴乙女のステラを引き合わせた私が悪かった」
「なんで文句言われなきゃなんねえんだ……」
思ったことしか言っていないのに。
「治療には本人の治そうとする意欲が重要。お前との面会を餌にしようと思ってな」
「打算……」
「それで患者が立ち直れるなら打算も大いに結構!」
堂々と言い放ってから、俺を指差す。
「?」
「英語だと言葉が直裁的になり過ぎるからな……また倒れさせられては困る。ステラには日本語を教えよう。お前も手伝えよ」
「……わかったよ」
日本にいるならその方がいいだろう。なんだかんだで基礎は出来てたから、習得も早そうだ。
「ところで、ステラって何歳なんだ?」
「17歳だそうだ」
「…………俺、154歳なんだけど……」
「年の差夫婦なんて珍しくないだろう。お前の父母だって歳が離れているし、祖父母もそうだぞ」
「……そりゃどうも」
まだ結婚どころか付き合ってもないけどな。
ステラはまだまだ検査があるらしかった。
治療した顔の皮膚の状態とか、壊死しそうになっていた腰の傷の経過観察とか……とにかくいろいろ。
アリスたちに任せればきっと大丈夫だから、信じて家に帰ってきた。
「お帰りなさい、先生!」
「ん。ただいま」
ケイが俺を出迎える。
「……どうだった?」
リビングに揃ったケイ、光太、佳奈子に向けて問う。
「「「合格でした!」」」
寛光大学の合格通知を掲げた。紫織と美織が拍手を送る。
「良かったな」
「めでたいことだ」
ひぞれはフライングで卵焼きを食べている。
「……乾杯してからにしろよ」
「んむ。光太の卵焼き、美味しい」
「あざっす」
今日は合格祝い。
俺の家に集まったのは赤ん坊がいるからで、急変があってもすぐに動けるようにとのこと。
「……」
タオルを取りに洗面所に行く途中で、子供部屋になったリビングの隣室を開ける。
父さんと姉ちゃんが、幸せそうに赤ん坊にミルクをやっていた。
「かわゆいでしゅねえ。伯母さんだよお、赤ちゃん」
「飲みっぷりがいいよお。よく食べる子は育つよ」
「あっ、いまけふぅってした。可愛い」
俺は無言で扉を閉めた。
ステラと話してから三日三晩、仕事も放棄して考えた末に結論が出た。
俺はステラに恋しているわけじゃない。
でも、子どもは可愛いし愛しい。
ということで、まずは互いを知るところから始める。
ステラが罪悪感を抱く必要もない。
赤ん坊の名前は二人で考える。
その三つを伝えようと思い、退院するステラを病院前で待っていた。
「……」
とたとたと走ってきたステラが転びそうになるのを受け止める。
「わ……あ、ありがとうございますのです……!」
「…………」
手のシルエットが、人体らしい形に変わっていた。
「腕、綺麗になったな」
「オウキさんがつくって下さったのでしたよ! とても、すごい職人さんでした!」
「お、おう……」
皮膚の治療も受けたステラは、妖精らしく可愛らしい美貌が際立つ。
黒と白のモノトーンのワンピースは、シックでピアノのような印象。髪色と調和してよく似合っていた。
「どう、でしょうか……アリス先生が見立てて着せてくだされたのですが」
……うん。一目惚れした。
関係前進の打診から告白に予定を切り替える。
「ひぞれと父さんは?」
ひぞれはステラのための神秘検査申し込み。父さんは義手のことと赤ん坊の健診とで用事があって、ステラと一緒に病院に来ていたはずなのだが。
「ひぞれさんは、『リーネアが待っているからここに行け』と言って赤ちゃんを預かって送り出してくれましたし」
「……」
「オウキさんは『義手のアップグレードするからまたね』と言ってくださいましたのですよ。なんともストロングな職人さんです!」
戦闘兵器に近い父さんがストロングなのは違いないが、ステラが言いたいのはストイックだと思う。
「アリス先生は『一件だけの買い物なら許すから、リーネアに買ってもらえ』なんて冗談を言っていられてましたけども……」
なんだこの外堀埋められてる感。
俺はスマホの振動に気づき、『ちょっと待て』とステラに言ってからメールを開く。
『From: シェル
買い物を頑張ってください』
「あの野郎……」
あいつから『ひぞれとオウキとでステラの必要品を買い物に行ってください』とメールが来たから車で来て待っていたのに、騙し討ちされた。
「?」
ステラはきょとんとして俺を見ている。
「…………。体調、大丈夫か?」
「あ、はい。リハビリもして、もう元気ですよ。まだ治療と検査は残っておりましてですが、一時退院です。ありがとうです」
ぺこりとするの可愛い。
「うん。わかった。……買い物行くぞ。お前の分の服とか家具とかねえし」
「えっ……でも私、オウキさんから、お金預かってて……!」
ステラの手を慎重につかんで、車内に導く。
『横になってもいいから』と言ってはみたが、実を言えば助手席に座られたらとんでもないこと口走りそうで限界だった。
「いいんだよ。退院祝いってことで受け取れ。もうよくわかんねえから全部払う。欲しいもの全部言え」
「えぇっ!? あ、あのぅ。さすがにそれは……」
「いいから受け取れよこの気持ちどうしたらいいかわかんねえんだよ!」
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