探索成功

 ひぞれ・リーネアの住まうマンションから、少し離れた緑深い公園。

 家族連れが遊ぶ広場から、ちらほらとホームレスや怪しげな人々が見えてくる奥の方へ歩いていく。

「ヴァラセピス以外のレプラコーンと出会ったことはありますか?」

 シェルの言う『以外』とは、家名の違いを指している。

「……母さんしか知らないなあ」

 父に嫁入りしたからヴァラセピスだけど、元はルヴェニモという家名出身だった。

「生き残りが少ないですしね。ですが、《母親》はどう考えてもレプラコーン。あの監視カメラに映らない人は神の特権があるか、完璧な『姿隠し』のできる種族しかありえませんので。……あなたのように」

「あはは」

 俺には妖精の特性である《認識阻害》と、自分で作った魔法の道具である姿隠しのローブがある。

 二つを掛け合わせれば、人の目の前で歌を熱唱しようとタップダンスを踊ろうと決して気付かれない状態にだってなれる。やんないけどね!

「……ほんと、その子は腕のいい職人だよねえ」

「はい。神話級の道具を作れるようです。心当たりは?」

「あはー。本人に聞かないとわかんないかな」

 原種のレプラコーンは家名で得意分野が違う。

 俺たちヴァラセピスは好奇心に才能が左右されるけどそこそこ万能。母さんのルヴェニモは料理裁縫何でもござれな家仕事。……だとかね。

「で、探すにあたってサチのお姉さんはどうだって?」

 シェルが自らの能力を解放することについて。

「『探索程度で土地が揺らぐと思われると心外だ。即刻その不敬を改めよ』と返答を」

「そりゃすごい」

 いるだけで魔力の流れを歪める鬼を相手にそのセリフ。見栄張りの啖呵じゃないんだろうね。

「ということなので早速始めます。聞き漏らさないでくださいね」

 詠唱もなしに、鮮やかな人払い。

「はーい」

 シェルはその髪と瞳、指先までも銀色に染めて――

「      ――――!!」

 その口から声は聞こえない。

 ただ、魔力持つものにとっては内臓からひっくり返されるようなおそろしい鬼の声。土地に根付いたアーカイブがめくれ上がるかと思ったけど、少し表面が浮いただけですぐに回復した。

 俺の《瞳》には莫大な量のスペルが放たれたのが見える。

 同時に、そのスペルが奇妙に曲がって弾かれるのも。

「避けたね。捉えた」

「はい」

 怯んでいるうちに転移する。

 姿は見えないが、シェルがいれば問題なし。

 ――見えない人影から、姿隠しの布を剥ぎ取った。

「よいっと」

 逃げようとする女の子を捕まえて、暴れようとするのを毛布を被せて落ち着かせる。

「……」

 ぺたりと地面にへたり込んだ。

「便利だねえ、シェルのそれ」

 妖精の姿隠しは特権だから、さすがの彼でも見えないはずなんだけど。

「それではなく盗神です」

 彼の腰にくっつく、淡く姿の透ける小さな女の子が消える。神さまは理不尽だなあ。

「……さて。少し顔を見せてね」

「!」

 少しだけ毛布をずらす。

「…………」

 その少女は下手をすると、身長144センチの佳奈子より小さく見えるほど華奢。いや、華奢どころでなく痩せこけている。

 つなぎのような作業服を着ているが、それもあちこちに赤黒い何かが染みてぼろぼろだ。

 震える左手は、誰が見ても義手だとわかるくらいに不自然で――顔の半分は、火傷か何かで引き攣れていた。

 いつものカラーリングに戻ったシェルが首を傾げている。これはきっと怒ってるね。

 俺もだけど。

「……ごめんね」

 怯えた顔の女の子に毛布を被せ直し、自己紹介。

「俺はリナリアの父親だよ。夕焼け髪のレプラコーンの父親」

「……! あの。……私」

「孫という生き物を見られて感謝というか……うまく言うのが難しいけど、『息子に迷惑かけやがって』とか『どこの馬の骨』とか言うつもりは全くないよ」

「……」

「聞きたいことはたくさんあるけど……まずは治療が先か」

 傷は彼女の動きにも支障をきたしている。

「アリス姉に連絡しておきました。直接転移してきて構わないとのこと」

「じゃあそうしよっか」

 彼女、気を失ってしまったし。



 アリスの縄張り:啓明病院異種族対応科の診察室へと転移した瞬間、アリスとサラちゃん、ヒウナくんが待ち構えていた。

 彼ら彼女らはすぐに少女を隣室へと運び、診察をしてくれた。

 いまはアリスが結果を話している。

「……失血に加え、怪我のストレスと栄養失調。傷口からの感染症その他諸々……」

 つらつらと述べてから、ニッコリと笑う。

「彼女をそうした全てを皆殺しにしてやりたいものだ」

 同感。

「……治療プランとしてはどんな感じ?」

「まずは傷を治しつつ感染症を食い止める。腕に関しても傷口を処置しよう。クソのような手術だったから、そこも炎症を起こしている。この世のヤブ医者全員くたばれ。……義肢を作るのは貴様らレプラコーン。出来るな?」

「もちろん」

 そうするつもりで、大学のみんなと父さんにすでに連絡した。

「ざっつい義肢だった」

 両腕を失った彼女につくれはしないから、あれは周囲が与えたんだろうけど……今時、神秘抜きの義肢でももっとまともなのを作れるよ。

「腹立たしいよねえ。……腕を奪った挙句に、押し付けたのがあんなのだなんて」

「同感だ。センスもこだわりも感じられない、不愉快な出来だったな」

 舌打ちを連発するアリスに問いかける。

「……ところで、シェルは?」

 病院に着くなり、『急用が出来ました』と言って焦って帰ってしまった。

「佳奈子にかかりきりだ」

 あー。道理で。

「やっぱり土壌が合わないのかな?」

「土壌というより、《家》のイメージの維持が難しいらしい。このままでは東京に降り立った瞬間に存在が崩壊してしまうとのことで、あれこれ手を尽くしているようだ」

「そっか……」

 ローザライマ家も佳奈子も大変だろうな。

「……あ、そうだ」

「?」

「顔の火傷痕、直してあげられるかい? できれば早急に」

 彼女はリナリアに恋している。

 憧れの異性に見せる顔が火傷で覆われていたら、恋する乙女には何より辛いと思うんだ。

「最優先にするに決まっているだろう。女性の顔だぞ。神秘を使ってでも綺麗に元どおりにするさ」

「良かった」

 安心。

「お前の調子はどうなんだ?」

「普通かな」

 ここ最近、ほとんど体調が崩れてない。たまにぼうっとすることはあるけど、それ以外は何の問題もない。

「何かあったらすぐに言え」

「わかってるよ。ありがとね」

「……。ところで、何でさっきからそわそわしてるんだ?」

「……あの子とリナリアが結婚したら義理の娘になるわけだし……」

 ちょっとドキドキ。

「気が早いな。まだ会ってすらいないんだろう?」

「だって、リナが赤ちゃんのこと可愛いって言ったの初……あの子が結婚するなら、懐に飛び込んでくるような女の子じゃないとって思ってたんだ! ただでさえリナは人に無関心で無愛想で極端だから他人に避けられがちだけど、あの子はぴったりだよね!」

 なんだって赤ちゃんという最強に可愛い生命体と一緒に懐に飛び込んできたんだから!

 あのリナリアの心の壁さえ溶かす赤ちゃんってすごい!

「……子どもが出来て、出会って恋が芽生えるのは一般と真逆の順序だが、お前たちらしいとも言える」

 苦笑して息を一つ。

「私たち異種族対応科も、陰ながら応援しよう。彼女はこれからもリハビリと治療が必要になるだろうしな」

「ありがとう、アリス」

「どういたしまして」

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